「ちょっと、待ってよ!」

 ピエトが叫んだ。

 「俺、ネイシャも、ネイシャの母ちゃんも、大好きだ! 憎しみなんかわかねえよ」

 「“呪い”が作用するのは、“成人男性”だけだ」

 「!!」

 「だから、ルナやミシェル、ジュリは大丈夫だっただろう? ピエト、おまえも子どもだから平気なんだ」

 

 「あたしは、成人男性の部類に属してたってことだね」

 カレンがため息交じりに言った。

 「なるほど……」

 クラウドがつぶやいた。

 「ピエトとネイシャちゃんが通ってる学校は、校長も女性で、比較的女性教諭が多い。……だから、無事だったのか」

 だから、学校ではトラブルが起きずにすんでいた。

 「算数の先生は、じいちゃんなんだけど、なぜだかネイシャにきつく当たるんだ。いい先生なのに」

 ピエトは、思い出したように言った。

 

 「おまえら、ネイシャが、なんとなく可愛くないガキだと思ってなかったか。悪い子じゃない。なのに、気に食わないガキだと」

 ペリドットの台詞は、アズラエル、グレン、クラウドの男性陣が大いに思い当たった。

 食事の間はよかった。そんなふうには思わなかった。それは、先ほどのペリドットの言葉を借りれば、「セルゲイがいたから、呪いの作用が抑えられていた」ということになるのだろう。

 だが、セルゲイのいないところで個人的に相対すると――呪いの作用が働いてしまう。

 

 「君たちは、昨夜、たいそう大人げなかったよ。ネイシャちゃんの悪いところを掘り出すような言い方をして」

 セルゲイが閻魔声でいうと、みんな、居心地の悪そうな顔をした。

 「でも、ルナをにらんでたって言うのは――」

 ほんとうだ、とグレンが言い訳がましく言うと、ルナのうさ耳がびんっ! と立った。

 「睨んでたんじゃなくて、きっとあたしとお話したかったんだよ!!」

 

 昨夜、ルナはゲームをするんじゃなかったと、今の話を聞いて思い始めていた。食事のときも、ゲームのときも、「おやすみなさい」とあいさつしたときも、ネイシャは、ずっとルナのほうをじっと見ていた。ルナが目を合わせると、恥ずかしそうな顔で俯く。

 なにか、話したいことがあったのではないかと、ようやく気付いたのだ。

 もしかしたら、あれはネイシャなりのSOSだったのかもしれない。

 

 「おまえら、相当、呪いの毒気に当てられたようだな」

 ペリドットは言い、

「アントニオ、あれはどうなってる」と傍らの相棒に顎をしゃくった。

 「今日の夕方には、できあがるんじゃないの」

 「いいか、おまえら」

 ペリドットはためいきをつきながら言った。

 「“夜の神”の神力がこめられた守りをいくつか用意した。アズラエルとグレン、カレンとクラウド。おまえらは、ネイシャという少女と相対するときは、その守りを身につけろ。それで、守り袋はルナ、セルゲイ、お前が真砂名神社に受け取りに行け」

 「あ、あたし!?」

 「おまえが来ると、夜の神のテンションが上がる。つまり神力も上がる」

 セルゲイはなんとなく、両手で顔を覆った。

 

 「それで、ここからが本題だ」

 ペリドットが――彼にしては、すこしためらいがちに言った。

 「――残念だが、あきらめろ。あの“呪い”は解けない。」

 「――え」

 ルナとピエトは、青ざめた。

 

 「二人と、関わるなとは言わない。おまえらふたりに呪いは作用しないからな。だが、昨夜からケトゥインの男衆総出で調べているが、ケトゥインの呪術っていうのは、知られているだけでも千以上はある」

 「なくしものを探したりとか、天気予報とか、簡単で悪意のないものから、人を呪い殺すものまでさまざまね……。それは、L系惑星群各地に散ったケトゥイン族の数だけ、ものすごい数が存在するんだ。とてもではないが、調べきれない」

 バジが続け、ペリドットも言った。

 「そしておそらく、あの親子は、何の呪いをかけられたかはたとえわかっていても、それを話せない呪術もいっしょにかけられているだろう」

 つまり、彼女たちに、どんな呪いをかけられたかくわしく聞き出そうとしても、本人には、説明ができない。

 それでは、八方ふさがりではないか。

ルナは俯いた。

 「術の種類がわかっても、それを打ち消す方法があるのかどうか――打ち消す方法が、ない場合もある。だから、触らないでおくのが一番なんだ。残念だけれども……」

 バジも、気の毒そうに言った。

 

 「ちょっと待ってくれ」

 ストップをかけたのはクラウドだった。

 「ネイシャちゃんの母親――セシルが、いつごろ、どこのケトゥインに術をかけられたか分かれば、調べやすくなる?」

 

 原住民一行は顔を見合わせた。

 「それが分かり得る方法を、わかり得るのですかクラウド!」

 ベッタラが、叫んだ。

 クラウドは、頭をつかう場面が出てきて、急に水を得た魚のように生き生きとした。それに、そんなつもりはなかったが、小さな少女の素性を興味本位で探ろうとした――クラウドなりの、罪滅ぼしのつもりでもあった。

 「よし――まず、情報を総括しよう。ネイシャの母親の名は、セシル・V・オズワルド。二十九歳だ。職業は傭兵。認定ではない」

 バジが、メモ帳に書き込んだ。

 「ネイシャは十二歳。つまり、セシルは十七歳のときに、ネイシャを生んでいるんだ。――つまり、」

 「――あ」

 アズラエルも思いついたようだった。

 「セシルがネイシャの父親と会ったのは、最低でも十六歳。これは推定だけど、セシルは孤児か、親がやってる傭兵グループにいて、学校には行っていない。認定じゃないってことも、理由になるんじゃないかな――なぜなら、普通その年頃の傭兵は、学校に行っていて、原住民と接触する機会なんてない。――ケトゥインの男とね」

 「なんだと」

 「なんですと」

 ペリドットとベッタラの声が被った。

 「ネイシャの父親は、ケトゥイン族の男だ。なぜなら、ネイシャが、ベッタラとおなじ髪の色だからだ。このアイビー・グリーンは、ケトゥインか、ラグバダか、アノールにしか表れない特別な髪の色なんだ」

 クラウドは劣性遺伝といいそうになってあやうく留まった。

 ベッタラは、自分の髪を、もしゃりとつかんだ。

 「ワタシと――同じ」

 

 「それが分かれば、術の種類も絞られてくる!」

 バジが興奮して、メモを握りしめた。

 「おそらく、セシルと、ケトゥインの男との結婚は、男の身内に反対されていた――」

 「そうか! そうか! わかったぞ、それで、“男”にまつわる呪いを――」

 「ピエト、セシルが席を置いてきた傭兵グループの名前をひとつでも、分かる?」

 「えっと、」

 クラウドの問いに、ピエトは迷うような顔をしたが、

 「全部は知らねえけど、ネイシャの母ちゃんが育ったとこなら知ってる」

 「どこ!?」

 「どこだピエト!!」

 大人たちに詰め寄られ、ピエトはルナにしがみついた。

 「うちのこをおびえさせないでください!」

 お母さんの一喝に、男たちは一歩二歩、下がった。

 「レッド・アンバーって、名前……」

 

 クラウドは、恐るべき速さで自室からノートパソコンを持ち出してきた。サイトに接続し、心理作戦部の傭兵グループデータを呼び出し、検索をかけた。

 レッド・アンバーは三件ヒットした。

 「これは最近過ぎる……違う。認定……解散してる。……これだ!」

 二件の傭兵グループはすでに解散していた。そのなかでも一番古い、認定ではない傭兵グループだったが、記録が残っていた。

 

 リーダーは、「ヴィダ・G・オズワルド」。