「セシルの父親かな……」

 「ちがう。たぶん、おじいちゃん」

 ピエトがいつのまにか、クラウドの隣に来ていた。クラウドはうなずき、解散の年号を見た。

 「ネイシャが生まれた年に一致するな……」

 奇しくも、ネイシャが生まれた年に、傭兵グループは解散していた。

 「ヴィダは、L18出身――わかるのはそれだけか――レッド・アンバーの前歴――仕事先――どこの傭兵グループか――系列もない――こりゃ難しいぞ――最後の任務地はどこだ――それさえ、わかれば――」

 クラウドはぶつぶつ言いながら、ブラウザを次々、開き続ける。

 「認定じゃないと、くわしい記録が残ってない――くそ――かなり、マイナーな傭兵グループだな――この年のデータ、全部ひらくか」

 クラウドが次の瞬間ひらいたブラウザは、ものすごいスピードで記録が流れていく。

 「クラウド! これ、読めるの!?」

 ピエトが驚いて叫んだ。

 「これが、こいつの人間じゃねえとこだからな」

 アズラエルの呆れ声。

 やがてクラウドは、右手をさっとあげて、「たぶん、L82、L43、L06のどこかだ」と断定した。

 「さすがだな……おまえ」

 グレンがあきれた声で嘆息した。

 場所をメモしていたバジが、はたと、思い当たったように、ペンを止めた。

 

 「――L82――アーケンデリヤじゃないか――」

 

 ピエトがL85を「エルト」と呼ぶように、地球人がくるまえからその星に住んでいた原住民には、それぞれの星の呼び名がある。

 アーケンデリヤは、L82の別名だ。

 「――あそこには、一番でかいケトゥインの国がある。クラウド君! 原住民の地図で、アーケンデリヤの、あっと、L82の一番ふるいケトゥインを調べてみてくれ!」

 「分かった」

 クラウドの指が、ふたたびキーボードの上で動いた。そして、心理作戦部のデータを見ながら、一致させる。

 「――ああ! たぶんこれだ。ここだ。この年代に、一番傭兵グループを送り込んだ戦地だ。でかい戦争があった。――あった、レッド・アンバー!」

 クラウドは、ついに、レッド・アンバーの最終任務地を確定させた。

 「すごい! クラウド!」

 ミシェルの拍手に、クラウドは半分涙が出そうだったが、ぐっとこらえた。

「レッド・アンバーは、ここにずいぶんながく滞在してる――この任務は数年単位の長期任務だ。と、すると、ギャラもいいだろうから、認定じゃない傭兵グループからもずいぶん応募があったんだろう。セシルのおじいさんのグループ、レッド・アンバーはこの地域にいた。見てくれ――ここに、ケトゥインのでかい集落と、アノールの集落が」

 クラウドが、バジのほうに画面を向けた。大人たちは一斉に画面をのぞき込んだ。

 

 バジの顔色が、変わった。

 「――最悪だ」

 

 すぐに画面から離れ、部屋をうろうろとうろつきまわった。そして、失望した顔と声で、言った。

 「ルナちゃん、ピエト。――やっぱりあきらめてくれ」

 「な、なんで!? ここまで分かったのに!」

 バジは首を振った。

 「そこのケトゥインの集落は、でかいだろ」

 クラウドも、おなじくらい気難しい顔になっていた。

 「俺もまさか、こんなにでかいところだとは思わなかった。それだけでかいってことは、地球人の侵略を寄せ付けない、おおきな軍事力を持った集落だってことだ。集落――いや、国と言っていい。だとすれば――ものすごい術者がいる」

 

 「――バジの言うとおりかも」

 クラウドが、ケトゥイン集落のデータを心理作戦部のものと照らし合わせながらつぶやいた。

 「この集落は、“国家”だ。ながい戦争のすえ、和平交渉で戦争が終結してる。――考えても見てくれ。――もし、セシルがこのケトゥインの“王子様”と恋に落ちて、王族に反対されて、呪いをかけられたのだとしたら?」

 クラウドがひらいたブラウザに、すべての人間が息をのんだ。

 そこには、アーケンデリヤのケトゥイン国、第一王子の顔写真があった。

 

 ――ネイシャそっくりの、凛々しい顔が。

 

 

 望みは、完全に断たれたのも同然だった。仲間内で一番かしこいクラウドと、ケトゥインのことを一番よく知っているバジにさじを投げられてしまったら、ルナたちは、もうどうすることもできなかった。

 バジは悔しげに言った。

 「術者が生きているか生きていないか分からないけれども、もし生きていたら、術を解いても、ふたたびかけられる可能性がある」

 「ここまで調べても、どんな術かわからないのは、きついな……」

 呪術とか、そっち方面はさすがに分からない、とクラウドもお手上げ状態だった。

 「それに、もしかけられた術の種類がわかっても、これだけ大きな国で、王族もいるところの術者だ。対抗できる術者は、宇宙船内にはいない」

 バジの言葉に、だれもが黙った。

 

 「……ン? どうした」

 ペリドットが突然、何もいない空間に向かって話しかけたので、おとなたちは訝しげな顔をした。だが、ルナには見えていた。ペリドットの肩に、十センチほどの“真実をもたらすトラ”が乗っかっていた。

 「なんだと……そりゃ、まずいな」

 眉をしかめた。

 「わかった。――ここまで来たら、乗り掛かった舟だな。できるかぎりのことはしてやろう。――おい、アズラエル、グレン!」

 「なんだ」

 「おまえら、今すぐ女装しろ」

 ふたりにもコーヒーが行きわたっていたなら、確実にぜんぶ噴きこぼしていた。カレンも、何も飲んでいないのに噎せた。

 重い空気には、まったくそぐわないセリフだった。ペリドットも、マイペースな分、ジュリ以上の空気クラッシャーだった。

 「ペリー、おまえはもう少し前置きとか、前後の説明をしろ」

 アントニオが噴き出しそうな顔を堪えて、いちおう、ペリドットを窘めた。バジが代わりに、こっちも笑いを盛大にこらえた顔で、説明してくれた。

 「ネイシャちゃんたちの、ぶふっ……呪いに巻き込まれない方法は、いくつかある。ようするに、“成人男性”じゃなきゃいいんだ……ぐふっ!」

 「だから!? 俺たちに女装しろってのか!?」

 グレンの肌色は、怒りによって紅潮しきっていた。

 

 「あと一時間後に、もしかしたら、今度こそセシルが殺されるかもしれねえ」

 

 ペリドットの言葉に、笑いにゆるんでいた空間が、凍り付いた。

 「いま、男が数人、セシルとネイシャのアパートに向かっていると“真実をもたらすトラ”が教えてくれた」

 「――!」

「このままでは、ふたりとも暴行を受けて殺される。あの親子は、男を避けて暮らしているが、さすがにまったく成人男性に会わない生活というのは、無理だろう。あんな“呪い”をかけられていれば、セシルが男に近寄らずとも、悪意に当てられた男どもが寄ってきてしまう。――今までも、殺されかけては、逃げる生活をくりかえしていたんだ」

 

 アズラエルは、ネイシャの言葉を思い出して舌打ちした。あれだけ聞けば、男関係に奔放な母親にしか聞こえなかったが、こんな裏事情があるとは、知らなかった。

 L20の傭兵グループを選んでいたのも、なるべく女ばかりのところを探していたのだろう。それでも、任務となれば、“成人男性”に関わらないというのは難しい。 

 ペリドットがいうように、幾度も男に殺されそうになって、逃げていたのか。

 あの親子は、アズラエルが誤解したように、たくさんの人間に誤解されてきたのだろう。

 そして、ついに、落ちつける傭兵グループがなくなってしまった。

 地球行き宇宙船に乗ることができたのは、不幸中の幸いだったのか――。

 

「……分かったよ。ストーカーから、二人を守ればいいんだな」

 「ちゃんと、正当防衛になるんだろうな」

 グレンが、指をゴキリと鳴らした。

 「それは、こっちでだいじょうぶなようにしておくから」

 アントニオが保証し、ペリドットが追い立てた。

 「ピエトと行け。ふたりを保護して、連れて来い」

 アズラエルとグレンは頷き、

 「やっぱり、女装しなきゃダメか?」

 と最後の悪あがきで、聞いたが、ペリドットとアントニオから返ってきたのは無言の肯定だった。