「あたしだって、こんな恰好したくなかったんだけど、“男”にまつわる呪いにやられちゃうから、女装しろって言われたのよね」

不機嫌そうに言うアリーは、ヤンキースタイルのために、見えなくてもいいところが見えそうだった。

「しかも、女装するだけじゃダメらしいのよね。中身まで女になり切らないといけないらしいの」

アリーの裏声に、ついにネイシャまで噴き出した。泣きながらだ。

セシルは、まだ助けてもらった礼を言っていないことに気付いた。そうして出てきたのは、「い、いつも、ネイシャがお世話になってます……」という、なんとも型どおりの挨拶だった。

「こちらこそ。ウチのバカ息子が、いつもお世話になって」

アリーが肩をすくめて、片頬を上げて笑った。

 

――信じがたい話だったが、セシルは、ふつうの“成人男性”と、ここまで普通の会話をしたのは、おそろしく久しぶりだと気付いた。

アズラエルは、今“ふつう”とはいいがたかったが、それでも、セシルにとっては稀有なことだった。

セシル自身も、成人男性を避けて暮らしていたので、すべてとは言いがたいが、たいていの男は、セシルたちに対して怒りを抱くか、不審を抱くか、あるいは肉欲交じりの媚びた態度で近付いてきた。媚びて近づく人間も、やがて暴力をふるうようになった。どんなにまともそうに、どんなに優しげに見える人間も、呪いの影響なのか、ことごとくセシルたちに冷たい態度を取る者ばかりだった。
 

「た、助けてくれて、ありがとう」

セシルは、やっと礼を言えた。

「でも――気持ちはありがたいけど、あたしの呪いは――」

「知ってるわ。言えないのでしょう」

最初から生真面目な顔のベッティーは、今度も真面目に言った。セシルは驚いて、ネイシャを抱きしめたまま、顔を上げる。

アリーが気持ち悪いウィンクをした。

「あたしたちにも、ルナにも、呪いが解けるって保証はないんだけど、とにかく、一度きてみない? 話を聞いてみるだけでも、価値があると思うわ」

 

 

セシルとネイシャ親子は、役員とともにタクシーでK27区に向かった。大きなスーパーの横を通って、アパートや住宅が並ぶ道を、タクシーは過ぎた。

ルナとアズラエルの部屋は、業者が入って修繕の真っ最中だった。ルナたちの部屋には入れないため、隣の、ミシェルとクラウドの部屋に人が集まっていた。部屋には、ネイシャがいっしょに食事をしたメンバーのほかに、数人増えていた。

 

「ルナ! た〜だ〜いま♪」

ルナは、帰ってきたアズラエルから逃げの体勢にかかったが、すぐ捕まえられて、スリスリされた。

「アズ! ひげ! ひげのそりあとがいたいです!」

「わざとに決まってるでしょ!」

アズラエルがヤケになっていることだけは、誰の目にも明らかだった。顎ヒゲまでそられたアズラエルは、その時点で確実にだれか殺しそうな顔をしていた。

ルナは、アズラエルが女装したら、エマルのような美女になると信じ切っていた。だが、できあがったのはただの気持ち悪いオカマだった。ミシェルの化粧の腕が悪かったのではない。素材の男性ホルモンが強すぎただけだ。

女装の被害を、「グレンの代わりにワタシが行きます」といったベッタラのおかげで免れたグレンは、生きた心地がしなかった。自分が女装していたら、ああなっていたわけだ。

ベッタラの被った金色のかつらと、くっきり塗られた真っ赤な口紅と、すね毛が見えているガーターベルトのストッキングを、(あれはいらなかったんじゃねえか……)と思いながらながめた。

それにしても、近所のデパートのパーティーグッズ売り場で、かつらから男物サイズのドレスから靴から、あっという間にそろえてきたミシェルの手腕は、だれもが絶賛するところだった。

 

「あの――ルナさん?」

ルナは、声をかけられて、ようやく筋肉質のオカマから解放された。

「あなたが――ピエトのお母さんですよね? ネイシャの母の、セシルです。――昨夜は、ネイシャがお世話になりました」

「あ、――はい! あたし、ルナです! いつも、ピエトがお世話になっています!」

第一声は、たがいに、子を持つ母親同士の挨拶になった。

ルナははじめて、セシルと相対した。ルナもちょっと、どぎまぎするくらいの綺麗な人だった。ネイシャがどちらかというと男っぽい感じなので、ルナはエマルのような筋肉ムキムキの、豪快な美女を想像していたのだが、まるでちがった。

アズラエルと同じ褐色の肌を持つ身体は、傭兵らしく筋肉質だったが、スレンダーだ。きりっとした太い眉が気丈さを感じさせるが、ゆるやかなウエーブの黒髪と、垂れ目がちの大きな目が優しげだった。

なかでも印象的なのは、透けるような水色、といってもいいくらいの、色素の薄い瞳だ。

(あれ――このひと)

ルナは首を傾げた。

(目が、弱いのかな)

美女に見とれていたルナは、あいさつしたままで固まった。先に口を開いたのはセシルだった。

 

「あたしは、今日はじめて聞いたんだ。あなたが、ZOOカードっていう? 不思議な魔術をつかうって――」

「ええ!?」

ルナはうさ耳がピーンと立って、

「魔術!? だれがそんなこと言ったの――ピエト!?」

ルナが叫んだとたんに、ピエトがベッティーの後ろに隠れたので、犯人が分かった。

「違うのかい? ――でも、どんな魔術であっても、あたしたち親子の呪いは解けないよ。あきらめたほうがいい。あなたにも、迷惑がかかってしまう」

セシルは、いままでたくさんの占い師や呪術師を回っても、お手上げだったと話した。

「あたしの呪いを解こうとして、死んじゃった人もいる」

セシルは真剣な顔で言った。

「だから――気持ちはほんとうにありがたいけど、よしたほうがいい。危ないから――。こんな厄介な身で言えることじゃないけど、ネイシャとこれからも仲良くしてやってください。今日は、助けてくれて、ほんとうにありがとう」

アリーとベッティーのほうを向いて、もう一度礼を言ったセシルは、「帰ろう、ネイシャ」といって娘の背を押した。ネイシャは、何か言いたげな顔で、セシルを、そしてルナを見た。

ネイシャは昨夜、ずっとあの目でルナを見つめていたのだ。

ルナは、あわてて二人を引き留めた。

 

「あのね、あたしのZOOカードは、あたしがあの、あれだから――あんまり役に立たないです」

ルナは、正直に言った。

「でもね、あたしだけじゃなくて、考えてくれる人とか、頭のいい人がいっぱいいます。今日、アズと一緒に助けに行ってくれたベッタラ……ベッティーさんは、アノール族の人」

ベッティーは、帽子を取るかのように、金色のかつらを取った。そこにあった、アイビー・グリーンの髪の毛に、ネイシャもセシルも、目を見開いた。

「それから、ラグバダ族の、K33区の区長さんのペリドットさんに、彼は、L47のケトゥイン族の、バジさん。この宇宙船で、原住民の研究をやってるの」

ペリドットとバジも、かるく会釈をした。

「ケ、ケトゥイン……」

セシルが小さく動揺し、ネイシャもセシルに引っ付いたが、バジは優しく言った。

 

「俺は、L47のマルカリ村ケトゥインの出だ。ケトゥインの中でも一番の平和な集落でね、村のなかに、アノールとエラドラシスの集落もあって、三部族仲良くやってるめずらしいところだ。いつか、遊びに来てほしい。歓迎するよ。

ところで、――君たちが呪いを受けたのは、L82のケトゥインだね? セシル、君はケトゥインの男と恋に落ちてネイシャを身ごもったが、ケトゥインの部族は、君とネイシャの父親との結婚を許さなかった。そして、地球人の女と恋をした男を殺し、君の祖父の傭兵グループであるレッド・アンバーのメンバーも虐殺し、君は、ケトゥインの男をたぶらかした罰として、“男”に苦しめられ、やがて惨殺されるという呪いを受けた――」

 

セシルは目を見張り、目に見えて震えだした。

「母ちゃん……」

ネイシャが、震えだした母親を、守るように抱きしめた。

「やはり、だいたいあってるんだな。セシル、この答えを導き出したのは俺ではなく、この男だ。クラウド・A・ヴァンスハイト。――L18の心理作戦部の出だ」

クラウドが、小さくうなずいた。

 

いったい、この集まりは、なんなのだ。

セシルは、驚愕と、困惑に揺れる目で、自分たち親子を囲む人間を見渡した。

 

「みんな、いいひとばっかりです」

ルナは、セシルの手を取った。セシルが、困惑した目でルナを見た。

「あたしもZOOカードで、いろいろしらべたりかんがえたりしてみます。みんなも協力してくれるそうなのです。だからセシルさんも、ネイシャちゃんも、なにもあたしたちに教えなくていいし、考えなくていいの」

セシルは泣いた。声を押し殺して泣いた。ルナの手を握りしめて。

「セーシル、ネーイシャ。きっと、呪いは解けます」

ベッタラもいつしか傍に来ていて、二人を勇気づけるように、肩に手を置いていた。