「真砂名神社には前世の罪を浄化してくれる階段がある。セシルが呪いを受けたのも、前世の罪によるところが大きいと、イシュマールは言う。――だが、同時に彼は、この方法は危険だとも言った。君たちのZOOカードの様子を見てね。長年呪いに蝕まれた魂は、階段を上がり切る力が残っていないだろう、おそらく、ネイシャは助かるが、セシル、君は命を落とす可能性のほうが高いと、彼は言った」

セシルは、自分が死んでも、ネイシャが助かるなら、と言いかけたが。

「そ……そんなの、嫌だ!」

ネイシャが、泣き出してしまった。

「嫌だ、ぜったいやだ! あたしだけ助かったって、そんなの嫌だよ!!――嫌だよ!」

母親の手にすがって泣くネイシャに、クラウドは優しく言った。

 

「方法は、ひとつだけじゃない――もうひとつある。もうひとつは、君たちの呪いの正体を見破り、術自体を消滅させる方法だ」

「それは――無理だと、」

セシルがつぶやいたが、

「それを、ルナちゃんが、ZOOカードで探すんだ」

ルナのうさ耳が、ぴこん、と跳ねあがった。クラウドは見ないふりをした。

「ルナちゃんだけじゃない、ペリドットも協力すると言ってくれている。彼は、本物の“ZOOの支配者”だ。――君たちは、今までいろんな術者を回ってきたようだが、さすがにZOOカードってのは初めてだろう?」

答えがないのを、クラウドは肯定と受け取った。

「だったら、ためしてみる価値はあるんじゃないか。心配しなくても、ケトゥインの呪い程度じゃ死にもしない連中がそろってる。――マーサ・ジャ・ハーナの神話を?」

ネイシャが「知ってる、読んだことある」と言った。

「じゃあ、夜の神が、月の女神をとても愛していて、彼女を奪われたために世界を壊滅させた話も知っているよね?」

ネイシャは頷いた。

「このルナちゃんは、月の女神の化身だ。もし、彼女が“呪い”に害されるようなことがあったら、夜の神が怒る、そうなったら、ケトゥインの集落どころか、L82が吹っ飛んじまうだろうな」

クラウドの冗談は、冗談として伝わらなかったようだ。誰も笑わなかった。セルゲイは、またなぜか両手で顔を覆っていたし、ルナは「たいへんだー」とアホ面を晒していたし、ネイシャは、だれよりも真剣に聞いていた。

クラウドは咳払いした。

「とにかく――大船に乗ったつもりでいろ、とは言わないが、俺たちの協力を受け入れてほしい」

セシルは、やはり頷かなかった。

「どうして――どうして、あたしたちなんかに、そんなに――」

「ワタシが、あなたたちを守ると誓ったからです」

だれかが言うまえに、ベッタラが言った。

「ワタシの仲間が、応援してくれている。ワタシも、なんとかするのです!」

ネイシャは、ベッタラの腕にしがみついて泣いたが、セシルは暗い顔でうつむくだけだった。

 

 

セシル親子の引っ越し先は、ルナが宇宙船に乗った当初に住んでいたアパートに決まった。家賃も安かったし、親子二人が暮らす分には、悪くない広さだった。

ピエトの近所に住むことができて、ネイシャの顔も明るい。セシルはそのことだけは喜んだが、“呪い”を解くことについては、顔を曇らせるばかりで、「――放っておいておくれ」と小さな声で拒絶をつづけるのだった。

 

「無理もないと思う」

セルゲイは、ルナと真砂名神社に向かう大路を歩きながら、言った。

「よほど、つらい目に遭ってきたんだよ。何度も希望を打ち砕かれて、裏切られて、絶望して生き延びてきたんだろう。――初対面の私たちが、安直に助けるなんて言っても、信じてもらえないのも無理はないよ。第一、私には、呪いを解くことなんてできないしね」

ルナも同感だった。

セシルとネイシャを助けたい気持ちはあっても、ルナはサルディオネのようにZOOカードを自由に扱うことはできないし、ベッタラのように、「あなたを助けます!」なんて言いきることなどできなかった。

 

「セルゲイ、夜の神様は、呪いを解くことはできないのかな」

ルナは念のため聞いてみたが、

「アントニオさんに言われたとおり、私も時間を見つけては、彼と“対話”してるんだけど、」

困り顔でセルゲイは言った。

「わたしが彼の生まれ変わりだからって、なんでも教えてくれるとは限らないみたいだ。こっちが呼びかけたって、何の応答もないときのほうが多いし、ネイシャちゃんたちの呪いについても、ひとこともコメントがない」

イシュマールさんやアントニオのほうが、彼と頻繁に話してるよ、とセルゲイは肩を落とした。

「でも、夜の神様のお守りが、ネイシャちゃんたちの呪いを防げるってことは、解くこともできるんじゃないのかなあ?」

「私もそう思ったんだけどね――でも、返事がない」

 

セルゲイとルナは、真砂名神社に、夜の神の呪術封じの肌守りをもらいにいくところだった。

夜の神の守りを、セシル親子に持たせることも考えたが、イシュマールは、それはするなと言った。術が完全にとけたあとに、守りとして持たせるならいいが、術の正体も分からないうちから持たせるのは危険だと。守り程度で封じられる呪いならいいが、そうでなければ、呪いが悪化して噴き出し、むしろ危険だと教えられた。夜の神の守りは、あくまでもアズラエルたち成人男性が持ち、ふたりの呪いから身を守るためにつかえとのことだった。

 

「うさこにもどうしたらいいか聞いてみたいんだけど、うさこは出てこないし、」

「うさこって、月を眺める子ウサギちゃんのこと?」

「うん」

セルゲイとルナは、階段の手前で一度立ち止まった。大丈夫なのはわかっているが、やはり一瞬、気構えてしまう。

しかしふたりは、軽々と階段を上がった。運動不足のルナは、へふへふと、途中で止まったりはしたけれども。

拝殿に行き、ルナは作法通りのお参りをし、セルゲイはルナの真似をした。

ルナは夜の神に「ネイシャちゃんたちを助ける方法を教えてください。そして、呪いを解いてください」とお願いしたが、風すら吹かなかった。ルナは無視されている気がして、ぷっくらほっぺたになりかけたが、夜の神の大魔王っぷりを思い出してほっぺたをしぼませた。

そして、お守りが売っている場所に行き、イシュマールが作っておいてくれた、夜の神の刺繍が縫い込まれた、特別な守り袋を五つ、もらった。

ルナがお礼を言って、帰ろうと階段を降りかけると、セルゲイが、明後日のほうを向いて立ちすくんでいる。

「どうしたの、セルゲイ」

「ん? うん――う〜ん――」

煮え切らない返事をかえすセルゲイだったが、しばらくしてやっと、ルナの後を追って、階段を降り始めた。

「どうしたの?」

セルゲイは、階段を降りる間も、何度か拝殿のほうを振り返った。だが、ルナが聞いても、「うん」とか、「ううん」とか、おかしな返事をするだけだ。

ついに、階段を降り切った。

そのまま、ぺぺぺっとシャイン・システムのボックスに向かうルナの襟首を、セルゲイがひっつかんで止めた。

「ぐえ!」

アズラエルならば珍しくはないが、こんな乱暴なやりかたで、セルゲイに止められたのははじめてだった。

「なんなの! セルゲイ!」

セルゲイはやはり、拝殿のほうを向いていたが――。

 

「ルナちゃん、そこのカフェで、コーヒー飲んでいこう」

「ええっ!?」

ルナは、早く帰ってZOOカードを開けたいし、夕飯の用意もある。それに、一分でもはやく、このお守りを皆のところに届けないといけない。なにしろ、生きる呪術封じのセルゲイが、今はここにいるし、オカマのアリーとベッティーしか、セシルたちには近づけないのだ。クラウドも、「セシルに聞きたいことがあるから、なるべく早く帰ってきてくれ」とセルゲイに言っていたはずだ。セルゲイがいなければ、クラウドは、クラウディかクラリスになって、化粧の匂いをぷんぷんさせながらセシルと相対せねばならない。

「クラウドは、女装すればいい。一日くらい夕飯を作らなくたってだれも死にはしない」

さっきまで煮え切らなかったセルゲイは、急に決然とした態度で公衆電話に向かった。

「あ、カレン? 悪いけど、用事ができたから、遅くなるよ。――ああ、うん。ルナちゃんも――できたら外食にしてくれる? ピエトもつれて」

「ちょ、あの――セルゲ――」

セルゲイは受話器を置き、「じゃ、行こう」とルナの手を握って、歩き出した。