「ルナさん」 チャンはルナが座るのを待ってから、ルナに告げた。 「ヤンは仕事で呼び出されたので、帰るところだったんです。ルナさんを待っていられなくて、申し訳ないと伝えておいてくださいと言われました」 「あ……そうだったんだ」 ヤンが急いでいたことも知らずに、ルナは勝手に「待っていて」といって飛び出してしまった。 ルナは小さな頭を抱えて落ち込んだ。 (なんであたしって、こうなんだろ) イマリのあの態度は当然だ。ルナだって、あんなふうにいきなりイマリがやってきて、「会わせたい人がいる」なんて言ったら、びっくりして逃げていただろう。 ルナは不審者丸出しだったのだから、不審者に思われても無理はなかった。 偶然を装って近づいたほうがよかったとか、もっと計画的にすればよかったとか、後悔ばかりが突き上げた。 ――月を眺める子ウサギだったら、もっとうまくやるだろうか。 「ルナ、ルナーっ!! 早く来て!!」 今日は、ゆっくり落ち込んでもいられないようだ。 ピエトとミシェルが、ルナの姿を見つけて、駆けよってきた。ふたりとも、もう泳ぐのはやめたのか、Tシャツと短パンに着替えていた。 「早く! 早く!」 「ど、どしたの?」 ピエトとミシェルに左右から連行されて、連れ出される。今日はよく左右から引きずられる日だ。ふたりはルナを、林の中のコテージに連れていく。 ルナは、扉を開けるまえに、理由が分かった。 「もしかして!」 「うん! “導きの子ウサギ”が、“偉大なる青いネコ”を連れて来たんだ!」 ピエトが勢いよく言った。 最近、ルナがヒマさえあればZOOカードを開けているので、ミシェルもピエトも、気にかけてくれていたのだった。今日も、ミシェルは二回、ピエトは一回、コテージまでZOOカードの様子を見に来ていた。ふたりはカードをあつかえないが、箱は開けっ放しにしてあったので、変化があればすぐわかる。 「さっき俺が見に来たときはなんともなかったんだけど、ベッタラに泳ぐのを教えてもらってるときに、導きの子ウサギが俺のところに来たんだ!」 ルナたちがロフトにあがると、白銀色の光の中に、群青色と空色の光がらせんを描いてきらめいていた。 「――綺麗!」 ミシェルの感嘆と同時に、L03の衣装を着、錫杖をもった青いネコと、チョコレート色のウサギが顔を出した。 『ルナ、ごめんね! とっても遅くなって!』 「マジ遅いぜ! ルナは毎日待ってたんだぜ! 俺だったらきっと、もっと早く探してこれる!」 ピエトの言葉に、導きの子ウサギは拗ねた顔で耳を垂れる。 「ありがとう。“導きの子ウサギ”さん。“偉大なる青いネコ”さんを連れてきてくれて。大変だったよね」 ルナが彼の労をねぎらうと、導きの子ウサギの耳は嬉しげにぴんっと立った。 『わたしに、何か用かね』 青いネコはルナたちを眺めわたし、鷹揚に尋ねた。 ルナは、夜の神様の忠告どおり、セシルとネイシャが陥っている状況を伝えた。彼らがケトゥインの呪いにかかっていて、それがどんな呪いか、わからないことも。おそらくセシルは、呪いの種類を知ってはいるが、他人に話せないようになっていることも。 ルナの説明は相変わらずあちこちに飛んだが、ミシェルとピエトが横から補足してくれた。 「“偉大なる青いネコ”さんは、ふたりの呪いを解けるの」 ルナは最後にそう聞いてみた。ネコは『解こうとおもえば、解けるだろうね』と言った。 「じゃあ――」 とミシェルが言いかけたのを遮り、ネコは咳ばらいをした。 『彼女が呪いを受けたのも、それなりの理由あってのことだ。セシルといったか。前世で呪術師かなにかだったのだろう。彼女が罪もないだれかに呪いをかけて、苦しめた。それゆえ自身が今世、呪いをかけられて苦しんでいる――因果応報というものだ。真砂名神社の階段を上がったらどうかね? あれは上がるのに多少の苦労はあるが、手っ取り早く前世の罪を浄化してくれる』 「……」 ルナとミシェルは顔を見合わせ、セシルの魂には、その力が残っていないことを話した。 『ならば、諦めるほかはないだろう』 「ええっ!?」 『今世ずっと呪いに苦しめられるというならば、今世生き抜けば罪は償える。セシルが死ねば、呪いは終わり、娘に受け継がれるということもない。気長に、待て』 「い、いや〜、それは! あたしの台詞にしちゃ、薄情なんじゃないかな!」 ミシェルが頬をヒクつかせながら言った。 「一口に呪いっていってるけどさ、大変なんだよ? このあいだアリーとベッティーが助けに行かなきゃ、死んでたかもしれないんだよ!? ネイシャちゃんだってセシルさんだって、もう十分に苦しんできたよ! アンタ、あたしでしょ!? そんなつめたいこと言わないでよ!」 『苦しむのは当たり前だ。贖罪は苦しまねば意味がない。人のさだめとはそういうものだ』 悟りきっている青いネコには何を言っても無駄のようだ。 「もういい! あんたなんかに頼んだあたしたちがバカだったのよ! もういい! 行って!」 こんな冷たい奴だと思わなかった! と半分涙目で背を向けたミシェルに、青いネコはもう一度咳払いし、『では、行っていいかね』と言った。 「いいわよ! さっさと帰っ「うわあ! ちょっと待って!!」 ルナが慌てて止めた。帰らせるのは簡単だが、もう一度連れてきてくれといっても、見つけるのにまた何日かかるかわからないネコさんなのだ。簡単に帰ってもらっては困る。 「い、偉大なる青いネコさん、」 ルナは、深呼吸しつつ、言った。 「でもね、夜の神様は、あなたを呼び出して、セシルさんたちの状況を伝えろと言ったの」 『ふむ。そしてわたしは聞いたぞ』 「――青いネコさんは、どう思うの。なにか意見はある?」 『ふむ。最初からそう聞いてくれればよかったのだ』 ネコは、錫杖で見えない地面をついた。 『“ラグ・ヴァーダの女王は、すべての原住民の祖であり、守り神である”』 「えっ!?」 背を向けていたミシェルが振り向き、ピエトが身を乗り出した。 『そこの、ラグ・ヴァーダ族のぼうやなら、知っているであろう。“ラグ・ヴァーダの女王は、すべての原住民の祖であり、守り神である”』 「う、うん……!」 ピエトは無論――ルナとミシェルも、ごくりと唾をのんで、偉大なる青いネコの次の言葉を待った。 『わたしが言いたいのは、それだけである』 ずべり。三人は床に突っ伏した。 「――それだけ!?」 絶叫したのはミシェルだ。 『ふむ。それだけ』 青いネコは満足げにそういい、その姿がうっすらと半透明になった。ルナは慌てて止めた。 「ちょ、ちょっと待って! それだけじゃ分からないよ!」 『分からぬならば、分かる者に伝えよ』 ルナがあけた口をぱくぱくさせている間に、青いネコはすっかり消えてしまった。ZOOカードの箱も自動的に閉じた。慌ててお守りを蓋の上に置きなおしたが、もう開かない。今日は、もうZOOカードをつかえないということか。 ルナとピエトのうさ耳がぴーん! と立ち、ミシェルの猫耳としっぽもびんっ! と立った。 三人は一目散にロフトから駆け下り、コテージから飛び出して、「分かるかもしれない者」に伝えにいった。 |