クラウドは、ミシェルが言った言葉を復唱し、「なるほど」とうなずいた。 「……意味、わかる?」 「うん、わかる」 クラウドがあっさりうなずいたので、二匹のウサギと子ネコはふたたびぴーん! となった。 「なるほど……俺が考えてたことは、間違っちゃいないってことだな……なァ、アズ」 午後五時ちかくなり、観光客の数も格段に減ってきていた。テント内の人数も少ない。みんな空いた湖畔のほうへ遊びに行っているのだろう。朝からコンロの前に立ちっぱなしだったスタッフも、就業時間が終わったのか、ラガーの店長に缶ビールをもらって、帰るところだった。 アズラエルとグレンとクラウドは、今日はあまり動いていない。朝からずっと同じ場所にいた。 「なんだ」 「明後日、マミカリシドラスラオネザに会いに行こうと思う」 「いよいよか」 ルナたちも、携帯椅子を引っ張ってきて、車座になった。 “偉大なる青いネコ”にもセシルたちの窮状を告げた。クラウドは、いよいよ重い腰を上げるようだ。 「おまえの頭ンなかで組み立ててる計画は、俺たちには話せねえのか」 グレンが尋ねたが、クラウドは苦笑した。 「俺は何も計画なんて組み立てちゃいない。最初に言ったろ? “呪い”やらなんやらは俺の専門外だ。俺が、マミカリシドラスラオネザの機嫌を損ねたらそこで終わりだ。おそらく、呪いを解く方法を、彼女は知っている。俺は彼女からそれを引き出さなきゃならないんだろう」 「ペリドットは、やつはケトゥインの呪いのことまでは知らねえって、」 「それはほんとうだろうね。ペリドットのいうことも間違ってないし、彼女が嘘をついているわけじゃない。彼女は、ケトゥインの呪いの解き方は知らない」 「じゃあおまえは、何を聞きに行くんだ」 「呪いを解く、というよりも――おそらく彼女は、ケトゥインもエラドラシスも関係なく、原住民のつかう“呪い”すべてを粉砕させる方法を、知っているんだ」 「ええっ!?」 ルナとミシェルとピエトが叫んだ。 「さっきの、偉大なる青いネコの言葉で、それが証明された。“ラグ・ヴァーダの女王は、すべての原住民の祖であり、守り神である”。エラドラシスの一族は、ラグ・ヴァーダの女王につかえていた神官の末裔だ。おそらく、原住民すべての祖であるラグ・ヴァーダの女王の力をつかって、原住民の種類も関係なく、あらゆる呪いを打ち消す方法を伝授されているかもしれない」 「……だから夜の神様は、“偉大なる青いネコ”に知らせろって言ったんだ」 “偉大なる青いネコ”はミシェルの魂で、ミシェルの前世が“ラグ・ヴァーダの女王”だ。 ルナは腑に落ちてうなずいた。 「バジやベッタラの話によると、だいぶ気難しい女なんだろ」 「ああ――でも俺は、なんとなく、彼女を気難しくさせている理由は、分かる」 「分かるのか」 「うん。でも、的外れだったら、意味はない」 クラウドが珍しく、真剣に悩んでいた。 ルナがZOOカードで“偉大なる青いネコ”を探していた時期、クラウドも、マミカリシドラスラオネザの情報を集めていた。クラウドが何の意図をもって、彼女の出身星や村、家族構成をしらべていたかは分からないが、クラウドのいうように、その調査が「的外れ」だったら、意味はないということだ。 今回ばかりは、クラウドも自信満々で「大丈夫!」とは言えないようだった。 「とにかく、行ってみねえことには始まらねえな――わかった。ペリドットには俺から連絡しておく」 「頼むよ、アズ」 みんなの顔が引き締まった。ルナもほっぺたをぷっくりさせて、気合を入れてみた。 “呪い”なんてジャンルは、クラウドが言うように、みんなの専門外だ。クラウドも、見通しを立てられない。クラウドがマミカリシドラスラオネザの機嫌を損ねれば、すべて水泡に帰す。 ――セシルは一生、“呪い”から逃れられない。 「そういや、結局ロビンはこなかったな」 急に張りつめた緊張をほぐすように、アズラエルが伸びをし、ぜんぜん関係のないことを言った。ミシェルも思い出したように言った。 「ほんとだ。そういえば、アイツの顔、今日は見てない」 ロビンが来ていれば、ぜったいミシェルにちょっかいをかけに現れるはずだ。だが今日は、招待したアズラエルも、ミシェルも彼の顔を見ていなかった。 「ライアンも、いつの間にかいなくなってるしなァ」 アズラエルは朝、ライアンとすこし話したが、ロビンは一緒ではなかったし、ライアンは肉と酒をかっ食らいながらアズラエルやオルティスと話した後、すぐ泳ぎにいってしまった。 「あ、ライアンさんは、もう帰ったよ。アズによろしくって」 「帰った? おまえ、ライアンに会ったのか」 「う、うん――あのね、売店のとこでジュース奢ってもらったの」 「……」 アズラエルは不審な目で(イマリがルナに向けた視線とは違う)ルナを見た。ルナはうさ耳の先から足の先までぷるぷるっと震えた。 「ライアンの奴、おまえになにか、しなかっただろうな……?」 どうしてアズは、こうも鋭いのだろう。セルゲイはごまかせたようだが、アズラエルの目は、ごまかせそうにもなかった。 ルナはでも、「なにも、なにもなかったりします! ジュースを飲んで、ジュースを買って、ジュースをのんだだけなのです!」と冷や汗タラタラで言った。 「ふぅん……」 納得していない顔つきだったが、アズラエルは追及を諦めてくれた。 あとは、ベッタラが口を滑らせないように祈るのみだ。 ルナはウサギ口をとがらせて、明後日の方向を向いた。 「ミシェルも、アントニオも、アンジェも来なかったしね――シナモンやリサが呼んだ子は、あたしも初対面が多かったし――招待状見たけど、半分が知らない名前だったよ」 「今日のメンバーは半分が知らない人だったんだ!」 ルナが呆れ声で言った。 「そういうことになるな」 グレンが言って、何杯目か知らないビールを呷った。この男は、どれだけ飲めば酔いつぶれるのだろう。朝から飲んでいる気がする。 (あ) ルナは、売店のほうに、ヤンの仲間の三人が、新しい恋人と腕を組んで歩いているのを見た。 あんなにいっぱい女の子を呼んだのに。 (うまくいったのは、あの三人だけかあ) 今日は、ヤン君に彼女はできなかった。イマリと出会わせる作戦も失敗に終わった。 ベッタラも、リサが紹介してくれたイルカの中に、運命の相手はいなかったし、つきあえるような女の子はいなかった。 なかなかうまくいかないものだなあと、ルナが肩を落としたとき。 |