「ジュース買いにって、どこまで行ったんだ」

アズラエルとグレンのツッコミはもっともだった。

ルナが生乾きの頭をゆらゆらさせてもどってきたのを見て、ふたりは口をそろえてそういった。

「あーっ、ルナ、泳いできたの。一緒に行こうって言ったのに!」

ミシェルもぷんすかしている。

「だからミシェル、俺と一緒に泳ごうって……」

「セクハラはお呼びじゃない」

クラウドは綺麗に切り捨てられた。

「なんだよー。じゃあ、あたし、ひとりで行ってくるから、ルナは休んだら来なよ」

ミシェルは浮き輪をもって、湖畔へ駆けだした。クラウドが獲物を逃がした猛獣の顔をしている。かなり情けない顔だ。きっとクラウドは、さっきライアンがルナにしたような様々なことをミシェルにする夢を見ていたのだろう。ミシェルもたいして泳ぎは得意ではない。

 

「さっき、ヤンが来たんだぞ」

うなだれたクラウドを気の毒そうに見ながら、アズラエルが言った。

「えっ?」

ルナはその名に反応して振り返った。

「帰るまえに、おまえに会いたかったのかな――今日の合コン、うまくいかなかったみてえだぞ」

「か、帰っちゃったの!?」

「さっき帰ったばかりだ。まだ駐車場にいるんじゃねえかな」

ヤンには申し訳なかったが、ルナはガッツポーズを決めた。

 

(イマリを! イマリを紹介します!!)

ルナはウサギの全速力で駐車場まで走った。ルナ史上、一番のスピードといっても過言ではない。広い駐車場をちょこまかと探し回り、やっとヤンを見つけた。彼は黒いジープタイプの車のまえにいた。車もヤンも、大きいのですぐわかる。ヤンのほうが先にルナを見つけて、手を振ってきた。

「サ――ヤ、ヤンさん、帰っちゃうの」

ルナはサイさんと言いかけて、あわてて言い直した。

「はい――今日は、ありがとうございました。ほんとに楽しかったです。合コンは、うまくいかなかったけど、」

ヤンはあまり元気がなかった。

「いいなーと思うコ、いなかった?」

「や、俺はいいなと思ったんだけど……」

ヤンの言葉が濁るということは、お目当ての子には気に入ってもらえなかったのだろう。ルナは、勢い込んでいった。

「あ、あの! このあいだは話せなかったけど、あのね、もうひとり紹介したい子がいるの! ちょっと待ってて。連れてくるから!」

「えっ!? ――あ、ルナさん!?」

ルナはもと来た道を駆け出した。

「マ、マジかよ――嬉しいけど、仕事が――」

ヤンは、困り顔で携帯画面を見つめた。

 

ルナは精いっぱいの速度でZOOカードを置いたコテージにもどり、急いで着替え、シャイン・システムをつかえるカードと、自分の携帯電話をひっつかんでシャインに乗った。

(ごめんね、ごめんね。勝手につかうのは、これきりにするから)

ルナは電話のために携帯を持ってきたのではない。中に、以前クラウドが入れてくれた追跡装置のアプリがあるからだ。

このあいだの事件のこともあって、クラウドはイマリのアイコンもつくって、彼女の動向も把握できるようにしてくれていた。

(いた!)

イマリは、K12区にいた。ルナはK12区のオフィス街へ、飛んだ。

 

イマリがいる場所は、ルナにとっても意外なところだった。中央区に近い、ショッピングセンターの位置から離れたオフィス街だ。シャインの扉の外は、ホテルの二階だった。大会社の会議やイベント、結婚式場につかわれそうな、高級なホテルだ。ルナは自分のワンピースとビーチサンダル姿、生乾きの濡れ髪に気付いて、一瞬躊躇しかけたが、もどっている時間はない。そのまま駆け足で階下のロビーに向かう。

(――いた!)

ロビー内のレストランに、イマリはいた。以前のイマリとは別人のように落ち着いた化粧をしていて、服装もシックなスーツ姿だった。イマリは優雅にジュースを飲みながら手帳になにか書きこんでいて、ルナと目が合うと、驚いたように手帳をたたんだ。

ルナに迷っている暇はなかった。いつものルナらしくもないきっとした顔でずんずんイマリの傍に行き、「イ、イマリさん!」とルナは勢い込んで名を呼んだ。

 

「――!?」

イマリのほうは、予想外すぎて言葉を失っている。

「あの――あのね。あ、会わせたい人がいるの――会ってみない」

ルナは最大限の勇気を振り絞って言った。

「ヤン君っていう、傭兵なの。彼女がほしいんだって。それで、――イマリさんみたいな人が、タイプなの!」

「……」

ルナは言いすぎかと思ったが、このくらい言わないと、イマリはついてきてくれないんじゃないかと思ったのだ。

「キャンプ場で待ってるの――あの、よかったら、一緒に来て――」

ルナは、バクバクする心臓を押さえながら、言いきった。イマリは呆然としている。やがて、こくりと唾をのんで、彼女は、

「あんた――何言ってんの」

とそれだけ、ぽつりと言った。

それから、焦ったようにガタガタと椅子を揺らして立って、バッグをもってレジに駈け出した。ルナは追った。

「ちょっと待って、イマリさ――」

「な、何考えてんだか知らないけど!」

イマリは、ルナの手を振り切って怒鳴った。

「もう、あたしはあんたに関わりたくないわけ! 分かる? あたしももう、あんたには近づかないから! 今から合コンなの。帰って!」

イマリは、ルナを不気味なものを見るような目で見た。ルナはショックで、目を伏せた。イマリがかんたんについてきてくれるとは思っていなかったが、不審者でも見るような目で見られたのは、ショックだった。

ルナが黙ったその隙に、イマリは会計を済ませ、逃げるようにエスカレーターを駆け上がっていった。

ルナはレジの女の人の視線を浴びながら、俯き加減でレストランを出た。

イマリが合コンだといったのは、ほんとうだったようだ。吹き抜けの一階ロビーから見える二階には、パーティー・ドレスを着た女性やスーツ姿の男性がたくさんいる。

二階からイマリが、ルナを見下ろしていた。どうして、自分の居場所がわかったのか、不審に思っている目つきだった。

ルナと目が合うと、イマリはふいとそらして会場にもどった。ルナは携帯から、追跡装置のアプリを消した。

 

最初の勢いが完全に失せたトボトボモードでルナはシャイン・システムに乗り、キャンプ場へ帰った。駐車場にもどったら、ヤンの車はなかった。待っていてはもらえなかったらしい。ルナは落とした肩をさらに沈ませて、アズラエルたちの待つテントへ帰った。

アズラエルのそばには、チャンがいた。

「あ、チャンさん」