百二十三話 盲目のイルカ W



 

 ルナたちがいよいよ、マミカリシドラスラオネザに会いに行く日。

 ピエトは朝からネイシャの家に遊びに行った。バーベキュー・パーティーのことを夏休みの日記に書くのだと言って、意気揚々とでかけていった。

 ピエトには、K33区にいくことを伝えてあるが、セシルとネイシャには知らせていない。

 マミカリシドラスラオネザとの対話がうまくいくとは限らない。クラウドが彼女の機嫌を損ねてしまえばまるきり先がなくなってしまうわけで、ふたりに下手な期待をさせるより、呪いを解く方法が分かってから、すべてを話そうということになった。

 

 「準備はいいか、おまえら――なんだその恰好」

 ミシェルもルナも、なぜかTシャツにパーカーを羽織り、カーゴパンツにワークブーツ、帽子をかぶって、ウエストポーチを身に着けている。ウエストポーチには、ミネラルウォーターが突き刺さっていた。

 「山にでものぼるつもりか」

 アズラエルはあきれた声で聞いたが、ルナとミシェルは肩をいからせて叫んだ。

 「動きやすい格好をしただけよ」

 「今日はなにかたいへんなことがあるかもしれません! だから動きやすい格好なのです!」

 クラウドは、「ブーツとズボンの隙間から見えるミシェルの生足は聖域にほかならない」と意味不明にテンションが上がっているので、アズラエルはそれ以上突っ込まなかった。ミシェルがワークブーツをはこうが、登山しようが、クラウドのモチベーションが上がるなら構わぬことにしよう。

 それにしても、何を想像してこの格好にしたのか、アズラエルはもとより、ルナとミシェル以外のメンバーはまったく分からなかった。

 マミカリシドラスラオネザと話しにいくだけで、サバイバルがあるわけではない。

 登山もない。

 

 K33区に向かうメンバーは、クラウドとアズラエル、登山スタイルのルナとミシェル、グレン、カレン、セルゲイだ。

 K33区役所一階のシャイン・システムの扉が開くと、ロビーには、バジとベッタラが待っていた。

 「おはよう!」

 「おはようございます」

 バジはほがらかに言い、ベッタラは生真面目に言った。

 「ルナちゃんたち、登山でもするの」

 「山に登るなら、道案内人が必要だとワタシは考えています」

 バジとベッタラにも登山すると思われたネコとウサギは、「そんなに登山スタイルかな」とはじめて自分たちの格好を見直した。

 

 「朝から来てもらったところで悪いんだけど――実は、マミーちゃんは、夜でなきゃ会わないと言ってる」

 いきなり今朝、そういったんだ、とバジが肩を竦め、ベッタラは、「わがままな人です……」とため息を吐いた。

 簡単に会えるものなら苦労はない。アズラエルたちは、マミカリシドラスラオネザに、ストレートに会えるとは思っていなかった。

 「分かった、じゃあ出直す」

 夜に、もう一回来よう。

アズラエルが言いかけたところで、「いや」とクラウドが遮った。

 「すでに、俺たちは試されているようだ。このまま向かおう。――俺たちは、マミカリシドラスラオネザが出てきてくれるまで、近くで待機する。ペリドットのもとに案内してくれ」

 今回の計画は、クラウドが舵取りだ。だれも反対はしなかった。

 

 以前ここに来たときと同じく、役所を出ると馬が用意されていた。ミシェルはクラウドの馬に、ルナはアズラエルの馬に乗った。

 今回は、みな無駄口を叩かず猛然と馬を走らせた。ルナとミシェルは、やはりこの格好できて正解だと思った。先頭を駆るベッタラが速すぎて、アズラエルたちも馬のスピードをできるかぎり速める。そのせいで、乗馬などしたこともないミシェルとルナは、ジェットコースターに乗ったときのように、悲鳴を上げるか、歯を食いしばりながら彼氏の腕という安全装置にしがみつくことになった。

 ミシェルとルナの頭が縦横にブレまくって、車酔いのような症状が出てきたころ、ようやく中央広場についた。

 ここはルナたちが、ラグ・ヴァーダの神話を聞いた場所だ。

 今日は井桁に火は入っていなかったが、井桁にもたれかかるようにしてペリドットが座っていた。

 ルナとミシェルはふらふらのまま、ペリドットに挨拶をした。

 

 「ああ、おはよう。バジから話は聞いたか」

 「聞いたよ。夜でなければ会えないんだって?」

 「出直してくるとおもったが――そのまま来たか。そうだな、ちょうどいい。アズラエル、グレン。話がある」

 ペリドットはアズラエルとグレンだけを呼び寄せた。

 「ちょっと長い話になる。おまえらはその辺でも散歩して、時間をつぶしてろ」

 ペリドットは言った。

「夜までヒマつぶしね――寝るか」

 カレンは大草原を眺めつつ、綺麗な酸素を体中に取り込むように伸びをして言ったが、

 「来る途中の集落で、市場が開いていたね」

 セルゲイが「のぞいてこようか」といった。ルナとミシェルはもちろん賛成し、カレンも「悪くないね」とついていく意志を見せた。クラウドは「俺はここに残るよ」といって井桁にもたれかかって手帳を見始めた。

 

 市場でもの珍しい食べ物や服、雑貨を物色し、ルナたちは午前中たっぷり、市場でヒマをつぶした。

 昼食は、ルナたちが市場で買った、野菜と肉を甘辛く炒めた物をごはんに乗っけたものか、聞いたこともない魚のフライと野菜をフォカッチャにはさんだものを、ココナツジュースとともに食した。

午前中で市場は撤収してしまった。

何もない場所でヒマをもてあますのはだいぶ苦痛かと思いきや、好奇心旺盛で怖いもの知らずのルナとミシェルは、あちこち探検し、気のいい原住民からおやつをもらったりして、退屈せずに遊んでいた。蔓でできた橋を渡って山のほうへ行き、ほんとうに登山をしかけたときは、あわててベッタラが止めに来た。この山を登れば、真砂名神社のほうに出るらしいが、とてもルナたちが歩いて行ける距離ではない。

アズラエルたちは、なにもすることがないと分かった途端に寝始めた。セルゲイは、役所までもどって、図書館でヒマをつぶした。

 クラウドは、おそるべきことに、朝から夜まで――マミカリシドラスラオネザが出てくるまで、ずっと井桁のそばから動かなかった。

 あちこち探検しまわったルナとミシェルは疲れ果ててすこし昼寝をした。ルナが起きたのは、五時近くだった。ルナはちかくの家の電話を借りて、ピエトに連絡した。

 

 「まだ、マミカリ? ドラドラザさんは、来ないんだ。会えるのは、夜になっちゃうみたい。今夜、帰れたら帰るけど、遅くなりそうなの」

 『俺もそっちに行っていい?』

 「構わないけど、気を付けてくるんだよ」

 ピエトには、ルナのカードを預けてある。役所にはセルゲイがいるので、セルゲイと一緒に中央広場まで来るように言って、ルナは電話を切った。

 日が暮れて井桁に火が入り始めたころ、セルゲイとピエトも中央広場に来た。

 アズラエルが腕時計を見た。午後八時。マミカリシドラスラオネザは現れない。

 

 「女房がメシを作ったから、食え」

 ペリドットがルナたちを呼びに来た。クラウドは昼食もとっていなかった。彼は、すべて済んでから食事をすると言って、やはり井桁の傍から動かない。

 せっかく作ってもらったので、クラウド以外のメンバーは、とりあえずペリドットの住まいまで行って食事をいただいた。

 中央広場にもどって、九時半。まだ女呪術師は現れない。

 

 「ピエトは、帰る?」

 目をこすり始めたピエトにルナは言ったが、ピエトは首を振った。

 ルナたちは、それからさらに待った。

 日付をまたぐ前にピエトが寝付いたので、ペリドットの妻が毛布を持ってきてくれた。真夏とはいえ、K33区は昼と夜の寒暖差が大きく、涼しいくらいだ。大きな毛布に、ルナとミシェルも一緒にくるまった。