「――獣?」

 クラウドが聞き返した。

 「ようするに、セシルたちの呪いを、いったん獣にうつして、その獣を、セシルたちが仕留めれば、呪いは解けるんだね?」

 「そうだ」

 マミカリシドラスラオネザはうなずき、アズラエルたちは幾分か、ほっとした顔になった。

 「なんだ。命を懸けるっていうから、真砂名神社の階段あがるようなことかと思ったじゃねえか」

 じっさいに命を懸けたアズラエルが言うと現実味があった。

 「イノシシとか、牛程度なら、セシルでも仕留められるだろ」

 セシルは傭兵だ。イノシシ程度なら自力で仕留められる。

 

 「だれがイノシシだと言った」

 マミカリシドラスラオネザは、鈴の音で彼らを黙らせた。

 「強き呪だといったであろう。呪は、呪の大きさに匹敵する獣に乗り移る。あれほど強き呪であれば、牛どころではない。この地でもっとも大きな獣にうつるであろう」

 

 「この地でもっとも大きな――?」

 クラウドだけが、その“獣”を予想して青ざめた。

 「この地ってことは、この宇宙船にいる、もっとも大きな獣ってこと?」

 マミカリシドラスラオネザは無言でうなずいた。

 「大きさだけで言えば、ゾウか?」

 グレンが、ゾウはやべえな、と言ったが、「それどころじゃない」とクラウドが言った。

 「――ミシェル、このあいだテレビで見たろ? 地球行き宇宙船に、最近乗ってきたばかりの――“アレ”」

 「――え?」

 ミシェルは思い出せなくて、詰まったが――。

「君、サファリパークに見に行きたいっていってたじゃないか。L48の密林で見つかったっていう、アレだよ。アレ」

 「ええ!? ウソでしょ!?」

 ようやくわかったミシェルは青ざめた。アズラエルたちも分かったようだ。

 「アレか!? 冗談だろ」

 「――アレだよ。きっと、“レボラック”だ」

 

クラウドが言ったのは、テレビCMで宣伝していた――サファリパークの“恐竜”のことだ。

 あれは、恐竜といってもさしつかえない生き物だった。

 ゾウよりふた回りは大きい、カバに巨大なツノを三本、生やしたような、恐竜だ。

 このところ発見された新種の恐竜で、宇宙船のサファリパークで今いちばん人気の動物だ。狂暴そうな見かけに反しておとなしい生き物で、草食動物で人懐こく、危険は少ない。頑丈な網越しにエサを与えることもできる――。

 

 「たぶん、いま宇宙船の中で一番大きい“獣”っていったら、アレだ」

 クラウドは冷静さを取り戻すように、一度解いた腕を組んだ。クラウド一人が冷静さを取り戻しても、たたかうべき獣は、ゾウをみっつ積み重ねたような大きさの恐竜だが。

 

 「アレを!? ひとりで仕留める!?」

 カレンが絶叫した。

 「アレって恐竜だろ!? コンバットナイフ刺さるのかよ!?」

 ライオンやトラ、肉食動物の牙も刺さらない、分厚い皮膚とうろこに覆われた恐竜だ。コンバットナイフ程度の長さでは、たとえ刺さっても皮膚の表面を傷つけるだけだろう。

いくら草食といえど、でかい前足のひと踏みで、クマを押しつぶしてしまう体重に、ココナツの実も簡単に砕いてしまう丈夫な奥歯を持っている。

強敵であることは、間違いがなかった。

 「アレを仕留めろっていうなら、セシルも無理だが、アズやグレンでも、ひとりじゃ無理だろ」

 「条件による」

 アズラエルが両手でおさえるしぐさをした。

 「条件による。そうだろ? なにで仕留める? 銃か? 武器をなんでもつかっていいというなら、方法はある」

 

 「仕留めるには、刀剣一本で向かわねばならぬ」

 マミカリシドラスラオネザが見事に希望を打ち砕いてくれた。

 「刀とは、意志の力そのものを表す。呪には、つよき魂の力で向かわねばならぬ」

 「その獣を倒すのは、セシルじゃなくちゃダメかな? セシルの代わりに、誰かほかの人間じゃ――」

 クラウドが尋ねると、マミカリシドラスラオネザは「構わぬ」といった。

 「呪を受けた人間の依代となる者が打ち倒すことになっても、それは構わぬ」

 

 「レボラック、たしか、草食だろ」

 発見者の教授の名がつけられた、恐竜――教授が毎日エサをあげていたら、やがて懐いた、というウソかホントかわからないようなドキュメンタリー番組をグレンは思い出していた。

 「おとなしいって話だ。食われる危険性はねえ」

 「“呪”を身に宿せば、けものは猛る。呪をかけられた者を食い殺すまで静まらぬ」

 「……」

 グレンは何か言いたげに口をパクパクさせたが、やがて黙った。

 

 「ちょっと待ってください。仕留めるってことは――言い方が悪いけど、殺すことでしょう?」

 セルゲイが割って入る。

 「動物園の動物を、殺すわけにいかないでしょう。しかも、発見されたばかりで、希少種だっていうのに……」

 セルゲイの意見は、社会通念上もっとも常識的なひとことだったが、“呪”というものに常識は通用しなかった。

 「呪はあの親子から離れれば、自然と一番大きな獣にうつるであろう。そうなれば、もはや戻れぬ。もし――動物園で暴れたその獣を、仕方なく飼育員が鎮めたとしても、呪はふたたびよりどころを求めてほかの獣に乗り移る。儀式で屠ったものではないからだ。獣の殺りくが繰り返されることをよしとするか? 大きな獣から順に屠っていけば、やがてイノシシあたりに到達するかもしれぬな」

 

 男たちは、黙った。

 イノシシくらいなら、セシル一人でも仕留められる。呪の効果が加わった猛獣になりはてたとしても、傭兵として生きてきた彼女なら、なんとか――という目算はつく。

しかし、恐竜が相手というのは、論外すぎた。

だからといって、マミカリシドラスラオネザのいうように、呪がうつった巨大な獣を順から殺していって――というのも、論外だった。

むやみやたらに動物を殺したいわけではない。

アズラエルたちも傭兵家業をやってきたが、「殺す」という選択肢は、人間であれ動物であれ、なるべく避けたいのだ。

もし、そんなやり方を選んだら、そこでほっぺたをぷっくりしているウサギや子ネコに、一生嫌われる覚悟をせねばなるまい。