「……レボラックは、死ななきゃならないの?」 ミシェルが、目に涙をいっぱい浮かべて言った。 「ほかに、方法はないのかな? 死ななくても、気絶させるとか――レボラックの人形をつくるとか! それをかわりに壊すとか!」 ミシェルの聖滴により、クラウドの決意が思い切り揺らぎかけたが、思いもかけず、マミカリシドラスラオネザがミシェルの傍により、細い手をそっと彼女の肩にかけた。まるで、慰めているかのようだ。 「レボラックという獣は、親子の呪を持っていってくれるのだ。そして、親子の守護神となる。レボラックは、天の星座となって、永久に、エラドラシスの民に敬われるであろう」 「……」 ミシェルは、納得がいかない顔だった。しかし、セシル親子の呪を解くには、今のところ、それ以外の方法はない。 マミカリシドラスラオネザに頼るほかはないのだ。 (――レボラックは、“親子の呪を持っていってくれる”?) ルナは、まるで違うことを考えていた。セシルとネイシャのことも、レボラックのことも、呪いのことも、なぜか頭からなくなっていた。その代わり、想うのは、メルヴァのことばかりだ。 (メルヴァ) どうして、今、こんなときに、メルヴァのことを考えねばならぬのか、ルナにはわからなかった。 (メルヴァ。――メルヴァも、なの?) 親子の呪をその身に宿し、屠られようとするレボラックの姿が、なぜかメルヴァの姿と重なった。 ルナが混乱しかけたとき――凛とした声が、ルナを現実にもどした。 「ワタシが、やりましょう」 ベッタラの声だった。 「ワタシは長剣をあつかいます。それに――ワタシなら、ミーシェルに憎まれても、それをやり遂げることができます」 ミシェルは、ふてくされた顔で、 「べつに、ベッタラを憎むとか、はしないけど……」 と鼻を啜った。 「ほかに方法はないかなって、思っただけ」 「ベッタラ、相手は恐竜だぞ」 グレンが一応止めたが、ベッタラは顔色も変えず言い放った。 「あれは、パコより小さい」 パコは、ベッタラがふるさとで戦い続けてきたシャチの名だ。シロナガスクジラに匹敵する大きさを持つという、規格外のシャチ。 「おまえの基準はわかってる。だが、パコより小さくたって、恐竜とドンパチやった経験はねえだろ」 「ありません。ですが、ワタシは負けない」 「ベッタラ……、あのな、」 「ワタシは、レボラックを倒すのではありません。“呪い”を、倒すのです」 ベッタラは、まっすぐにグレンを見た。 「“呪い”とは、悲しみです。かなしい想いです。憎しみは、悲しみでしかありません。セーシルを憎まねばならなかった、ケトゥインの術者の哀れを。呪に苦しめられ続けてきたセーシルとネーイシャの想いを、ワタシは救わねばなりません」 ベッタラは、腰に差していた長剣を抜いた。ベッタラの身長の半分もありそうな、両刃の剣だった。 「ワタシがパコと戦い続けてきたのは、けっして憎しみではありません。ですが、最初は憎しみだった。パコはワタシの父を飲み、母を飲んだ。兄と弟も飲みました。叔父を飲み、叔母を飲み、村長も飲まれた。村人が、何人飲まれたかわかりません。 百日に一度現れる偉大なシャチは、現れるたびに村人を飲み込む災厄でした。ワタシも何度飲まれかけたかわからない。でもワタシは生きている。二十の年をむかえて以降、ワタシは村人とともに何度もパコを撃退しました。三日三晩のたたかいが毎度行われます。 パコも食わねば死ぬ、ワタシは、村人をこれ以上食われたくない。たたかいます。いつも引き分けです。三年前でしょうか。パコはワタシの村を襲わなくなった。 でも、必ず百日に一度現れます。パコとワタシは、三日三晩にらみ合います。それは、友達同士の逢瀬のようでもあり、勝負でもあります」 「それじゃあ、あんたが宇宙船に乗っちゃったら、あんたの村がまた……」 カレンが言ったが、なぜかアズラエルが首を振って止めた。 ベッタラが、泣いていた。 「パコは老いて死にました。それでも、シャチにしてはずいぶん長生きだったのですよ。ワタシが宇宙船に乗った年の春、パコは現れませんでした。死んだのです」 ベッタラは、涙をぬぐいながらつづけた。 「ワタシは、パコの死を知り、はじめてパコを憎んでいないことに気付いたのです。――悲しみだけが残りました。その悲しみは、説明のしようのない悲しみです。ワタシのすべてが、パコに飲まれてしまったかなしみは消えません。でも、パコという親友を失ったかなしみもあるのです、……パコを、恨んではいないのです。ワタシを、アノール最強の戦士にしてくれたのは、パコでしたから」 ブン! と空気を切る音。ベッタラが剣を一回転させたのだ。 「これは、パコの骨を磨いたものでできています」 ベッタラはぐっと柄を握りしめ、刃の輝きを見つめた。 「ワタシが宇宙船に乗ってからのことです。パコが現れなかった春から百日後、村の浜辺に大きなシャチの骨が打ち上げられていました。クジラのような大きさでしたが、シャチの骨格です。みんなは、これはパコだとわかりました。なぜ骨だけが打ち上げられたのか――だれもわかりません。でも、村人たちが、その骨をつかって剣を打ってくれました。パコの骨は、鋼より強靭です。そのうちの一本がこれです。先日、宇宙船に住むワタシに、届いたのです」 ベッタラのたどたどしい独白は終わった。 「ワタシが、これで、戦います」 「バトルジャーヤのアノール最強戦士、ベッタ・ラよ」 マミカリシドラスラオネザは鈴を鳴らした。 「そなたであれば、呪を滅ぼせるであろう!」 オオオオオオオ……! 外野の原住民たちが、おおきな歓声を上げた。山も振るわせるような、巨大な歓声だった。 ルナは、ふとペリドットが自分を見つめているのに気付いて、そちらを見た。 脳に直接話しかけられてでもいるような、明瞭な声が額の裏側にひびいた。 『ルナ――この顛末をよく見ておけ。ベッタラの覚悟を、言葉を、覚えておけ』 ペリドットの口は動いていない。だが、彼はルナに話しかけていた。 ルナだけに。 『いずれおまえがメルヴァと向き合うときに、ベッタラの言葉を思い出すだろう』 |