ルナたちが帰路についたのは、明け方の午前五時だった。 呪いを解く儀式をいつ行うか、セシルたちにどう話すか、レボラックはどうやって譲り受けるか――話し合っていたら夜が明けてしまったのだ。 リズン前の公園にあるシャイン・システムから出て、コンビニエンスストアに寄った。そこで熱いコーヒーや、サンドイッチ、おにぎりを買い込んで、軽い朝食にした。 公園はめのまえなので、公園のベンチでパンの包みを開けた。 ランニング中の老齢夫婦が一組通っていったきり、公園にはだれもいない。 昇りたての朝日がまぶしかった。今日も暑くなりそうだ。 ピエトはすっかり熟睡しきってアズラエルに背負われていたが、ルナもミシェルも目は冴えていた。眠いことは眠かったが、頭だけが高揚していて、眠れないという状態だ。 「……おまえがあの女呪術師に唱えた呪文は、なんだったんだ?」 アズラエルがやっと聞いた。クラウドは苦笑し、「あれは名前で、呪文じゃないってば」と笑った。 「エラドラシスの一族は名前ってものをすごく重んじる。俺が言った言葉を翻訳すると――そうだな、エラドラシス一族のうるわしき姫、パジャトゥーラ星のモヘンダリ区、ラージャ村のマミカリシドラスラオネザさん、父の名はカムトゥーラケムトゥーラカリンジャココラスラ、母の名はクゥリカリモホダンジョザリクザリク、弟の名はテモドゥペペヤートラドンド、カムカムチムの家の隣で、カラリヤ聖拝堂がちかくにあって、……っていうふうに、彼女の個人情報を名前に積み上げていくんだ。まァ、俺たちはここまで個人情報を調べられれば戦慄するけど、彼らにとっては、どれだけ自分を知ってくれたか、名前をコテコテに飾りあげられることが、最高の栄誉であり、祝福なわけ」 「それであんた、彼女の家族構成だの、出身星だの、いろいろ調べてたわけか」 カレンが納得したようにうなずいた。 「いや、でも、俺もまさか、あそこまで喜んでくれるとは思わなかった――がんばってフルネームで呼べば、心証はよくなるかなって程度で、ここまでの結果を予想してはいなかったよ」 肩の力が抜けたようなため息が、クラウドの本音を語っていた。 「夜の神様が、君を名指ししたわけが分かったね。あんなに長い名前、暗記するのも一苦労だ」 セルゲイも感心して、一番先に、クラウドにサンドイッチとコーヒーをわたした。彼だけが、昨日の朝食以降、なにも食べていないのだ。 クラウドは礼を言って受け取り、 「セシルのうちに行くにせよ、呼ぶにせよ、まだ早すぎる時間だな――ミシェル、もう一度K33区に行く時刻まで、寝てもいいよ」 一晩かそこらの完徹などものともしない軍人たちは平気だが、普段から規則正しいほうのミシェルとルナは眠そうだ。クラウドは恋人にそう言ったが、ネコとウサギは目をこすりながら首を振った。 「ウチに帰って、一回シャワー浴びて、着替えよう。いろいろやってるうちに、時間なんてすぐきちゃうよ」 ミシェルは鮭のおにぎりを三つも食べて、元気よくそう言った。ルナはたらこのおにぎり二つ目に手を伸ばしてアズラエルに叱られた。 「栄養が偏るから、同じものばかり食うなって何度いや分かるんだ――九時ころなら構わねえだろ――そのころにはペリドットとベッタラも来るって?」 ルナは懲りずにアズラエルからたらこのおにぎりをすべて奪い、嬉々として包みを開け始めた。アズラエルは諦めた。 「そうだね。――全部の都合が旨くつけば、今夜にも、呪いは解ける」 セルゲイは、サンドイッチだと思って齧ったそれがツナマヨおにぎりだったことに気付き、顔をしかめたが、残さず食べた。セルゲイも眠いらしい。 「じゃァ俺も、いったん仮眠取るかな」 好き嫌いなくサンドイッチ五つとホットドッグ三つを片付けたグレンも、伸びをした。 ルナは結局たらこのおにぎりをふたつ食べ、「生たらこおにぎりおいしい!」と叫んで三つ目に手を伸ばし、食べきれなくて半分残したあと、苦々しげなアズラエルの視線を受け止めながら、カレンがそれを片付けた。それを見届けたあと、すっくと立った。 「アズ、あたし、真砂名の神様にさいごのお願いに行ってくる」 「あァ?」 ルナはシャイン・カードを手にしていた。 「戻ってきたら、お風呂に入って、着替えます! すぐもどるね」 そういって、ぺぺぺっと走っていく。 「ルナ! あたしもいく!」 ミシェルも後を追った。 「最後の神頼みは、ルナちゃんたちに任せよう」 クラウドは笑いながら最後のサンドイッチの包み紙を開けた。 「俺たちも、まだやることがたくさんあるよ」 家に戻ってピエトをベッドに押し込んだアズラエルは、シャワーを浴びて着替え、エスプレッソの粉をマシンにぶち込んで、新聞を眺めた。できあがった濃いエスプレッソを舐めている間に、カレンとクラウドが部屋に来た。セルゲイとグレンは仮眠をとるから、八時半には起こしてくれとのことだった。 クラウドがテレビをつけてニュースチェックをはじめる。カレンは自分でエスプレッソをカップに入れてソファに座った。 三人、何をしゃべるでもなくリビングで寝たり、テレビを見たりしている間にルナとミシェルが帰ってきた。ミシェルは、「着替えてくる」といって一度顔を出してから、自室に戻った。ルナはなんだか、思いつめた顔でぼうっと廊下に佇んでいたので、カレンが声をかけた。 「どうしたのルナ――おみくじとか、よくない結果でも出た?」 「う、ううんっ」 ルナは慌てて、首と両手を振った。 「そういうんじゃないけど――クラウド」 「ン?」 クラウドが、新聞に向けていた顔を、ひょこんと後ろに向けた。 「あ、あの――サ、サルーディーバさんも――呪いとか、解けるのかな――?」 「え?」 ルナのつぶやきは小さく、テレビの音量は大きかったため、ソファにいた誰もがルナの言葉を聞き取れなかった。 |