ルナは、カザマとミシェル、カレンと一緒に、大量のおにぎりとサンドイッチをつくった。たくさん作っておけば、部屋に来た人間がいつでも食べられるし、K33区にも持っていける。

「なんだか、みんなでこういうことするの、楽しいね」

カレンが言った。今夜の儀式に向けて、みんな肩が張っていた。そこへ、突然セシルが高熱を出して倒れたのだ。不安も重なり、自然と無口になっていた作業中に、カレンのひとことはルナたちの緊張を解してくれた。

「ピクニックに行くみたいだよね」

ミシェルも同意し、

「……二人の呪いが解けたら、みなさんそろって、公園でお弁当をいただきましょう」

カザマが言った。ルナも賛成する以外になかった。

(うん――セシルさんたちの呪いがなくなったら、みんなで)

 

昼をすぎたころ、ペリドットから連絡があった。電話はリビングにいたクラウドがとった。アズラエルとグレンは、レボラックを譲り受ける交渉のために、ペリドットに同行している。

『レボラックを、二億で買った』

ペリドットはなんでもないことのように言ったが、出所は、ルナの財布である。三億で地球行き宇宙船のチケットを買い、残り二億でレボラックを買い叩いた。

これらのことは、すべてルナのあずかり知らぬところで行われている。アズラエルもグレンも、まさかその金が、ルナがララからもらった小切手が出先だとは思わなかった。

 

「買っ……」

さすがのクラウドも、金額とその強引さにあきれたが、ペリドットはお構いなしだ。それどころか、声は弾んでいるように聞こえた。

『運がいいぞ。もっとゴネられると思ったが、二億あれば、レボラックが二頭捕獲できるんだとさ。それに、動物園の公開期間はあさってまでだった。まァ、レボラックが見れなくなるのは三日早まるが、公開初日じゃなかっただけ、もうけものだ。レボラックが手に入らなくて、長丁場にならなくてよかったな。運が向いてる。この運に乗っかって、呪いなんぞぶち破るぞと皆にいっとけ。じゃァあとでな』

ペリドットは一方的に言って、一方的に切った。

たしかに、レボラックの入手法が一番の難題だった。それがとんとん拍子に進んだことは、運がいいと言えるかもしれない。

――でも。

(おまえ、ほんとにマイペースだな)

クラウドは、今夜K33区に行ったら、いの一番にそれをペリドットに言おうと決意した。

 

一方、ルナは。

ZOOカードを開けようと思って、いつものように真月神社のおまもりを箱の上に置いてみたが、箱はぴくりとも動かず、開かなかった。

(夢で見た、カバのことを聞いてみようと思ったのに)

なんとなく、あのカバはレボラックのような気がしてきたのだ。でも、開かないならば仕方がない。ルナは嘆息しつつ立ち、諦めたように見せかけてふいに振り向き、「ひらけうさ!」と叫んでみたが、やはり開かなかった。

「目覚めよ、うさ! ひらけごま! 開くんだうさこ!」

ルナの呪文は一向に効かなかった。

「ルナがまたカオス化してる……」

隣の部屋で、ミシェルがネコ目になっていた。

 

ネイシャとセルゲイはずっとセシルのそばにいて、額や脇を冷やすタオルを取り換えたり、三十分ごとに薬を飲ませていた。

セシルの熱は下がらない。白湯をわずかに啜るのがやっとだった。

皆は、長い一日を過ごした。

いつでかけてもいい状態でリビングに待機し、出かける時刻である、十一時半を待った。

ルナもミシェルも、テレビを見ても本を見ても、落ち着かない。気もそぞろというのはこういうことだ。神経も高ぶってしまって、眠ることもできなかった。

長い、長い待機時間の末、ようやく時計の針が午後十一時半を指した。

「じゃあ――行こうか」

そわそわとミシェルが立った瞬間、インターフォンが鳴った。

ニックが、迎えに来たのだ。

「用意はいいかい? 行こう」

 

「みんな! 大変だよ! 来て!」

ピエトがリビングに駆けこんできた。「ネイシャが――!」

 

大人たちが寝室に駆けこむと、セシルと同じように息も絶え絶えなネイシャがいた。母親が寝ているベッドに突っ伏し、息を喘がせている。カザマが抱き起こすと、やはり高熱にうなされているようだった。

「いよいよか……」

クラウドが、顔をしかめた。

呪を解除する儀式が近いので、させまいと、呪いのほうも親子を猛攻撃しはじめたようだ。

「ネ、ネイシャ……!」

ネイシャにすがっていたピエトが、驚いて後ずさった。ルナは目を見張った。ZOOカードに現れていた“もや”が、はっきりと姿を現したのだ。セシルとネイシャを不気味に取り巻き、近づくものを寄せ付けないようにぶわりと渦巻いた。

皆は、親子を取り巻く真っ黒な“もや”を、はじめて肉眼で見ることになった。

 

クラウドでさえ二の足を踏んだが、カザマだけは、怯みもせず親子に近づいた。カザマが抱き起こすと、“もや”は急に見えなくなった。

「ネイシャちゃん、意識はありますか」

カザマの言葉に、ネイシャは小さくうなずいたが、返事をする力はないようだった。

「ピエトちゃん、お薬をつくってくれますか。二人分」

「う、うん! わかった!」

「ネイシャちゃん、ご安心なさい。これだけ呪が噴き出すということは、呪も破られまいと最後の抵抗をしているのです。ということは、今度こそ、確実に呪は解けるということです」

ネイシャは、かすかにうなずいた。

 

ピエトはルナと一緒にキッチンに走り、二人分の薬湯を作って持ってきた。セシルにはルナが、ネイシャにはカザマが支えて飲ませると、すこしネイシャの息も落ち着いた。

「ネイシャちゃんはわたくしが連れていきましょう。男の方でないほうがよい」

そういったカザマの腕が黄金色に輝くのを見て、誰もが息をのんだ。そういえば、彼女は「真昼の神」の化身だったのだ。だれもがすっかり、そのことを忘れていた。

カザマははちみつ色に輝く手で、ネイシャを背負った。

セシルのほうは、毛布を掛けたまま、セルゲイが背負う。

「……ありがとう、セルゲイさん。みんな……」

セシルの声はか細かったが、力は籠っていた。