リズン前のシャイン・システムで、一気にK33区の区役所まで飛ぶ。区役所を出ると、中央広場に向かういつもの道の両脇に、たいまつが焚かれていた。

たいまつは、道を示すように、等間隔にずっと続いている。

「さあ、みんな乗って」

バジが、馬車を用意していた。巨躯の馬が二頭、荷台を引いている大きな馬車だった。

 

たいまつは、中央広場までの道を煌々と照らしていた。

みんな黙って、荷台の上で身を縮めていた。

中央広場入り口で、たいまつの道は途切れたが、広場の大草原にもたいまつの道が一直線に引かれていた。井桁から、祭壇への一本道。

いつもひとつだけの井桁は、今日は三ヶ所に焚かれており、炎はいつにもまして、轟々と荒れ狂っているように見えた。

ルナたちが到着すると、先にペリドットと一緒に来ていたアズラエルとグレンが出迎えてくれた。

「どうしたんだ」

半分意識を失った状態の親子を見て、アズラエルが尋ねたが、すぐに呪いのせいだと悟ったようだった。

「セシルちゃん、ネイシャちゃん、具合が悪そうだけど、一時間は我慢してくれ」

バジが励ますようにいい、カザマとセルゲイがふたりを毛布で抱えながら、祭壇のほうへ連れて行った。

 

「(よし、火を消せ)」

ペリドットが、ラグバダ語で命じると、馬に乗ったふたりのラグバダ族が、ルナたちが来た道のたいまつを、逆から消していく。ルナは、まるで帰る道がなくなったかのような不安に駆られた。

 

そのときだった。

地の底から響いてくる、おぞましい咆哮が聞こえた。

だれもが今すぐ、ここから逃げ出したくなるような悲鳴だった。

ルナはぶわりと全身が総毛立ち、アズラエルにしがみついた。ピエトも「ひっ!」とひきつった悲鳴を上げてアズラエルの陰に隠れた。あのミシェルでさえ――クラウドにしがみついている。

「なんだ、ありゃァ……」

グレンが、井桁の向こうでもがいている、真っ黒な塊を見てつぶやいた。

すべての人間の本能を揺さぶるような恐怖があるとしたら――こういうものだ。

カレンの歯がガチガチ言いだしたのを見て、セルゲイとグレンが両側から、守るように抱きしめた。

だれかと触れ合っていなければ、自分も恐怖に、足から崩れていきそうだったからだ。

 

呪が乗り移ったレボラックは、元の形を失っていた。口から鼻から瘴気を噴き上げ、ツノのぎらつきは、今すぐにも誰かを串刺しにしそうな不気味さを湛えている。

セシルたちの呪いが具現化されたものを、皆はその目で見た。

セシルとネイシャも、自分たちを苦しめていた呪いの姿を目の当たりにして、絶句した。

「か、母ちゃん……!」

ネイシャが恐怖に耐えかねてセシルにすがったが、セシルも、気を失いそうだった。

 

ガラララララララ……とひしゃげた悲鳴をあげた、“かつてのレボラックだったもの”は、たいまつで囲まれた道を一直線に、セシルたちのいる祭壇に向かって突撃してくる。

 

「――っ!!」

セシルは、思わずネイシャを抱きしめて顔を伏せた。

ついに自分たちは、ここで死ぬのかもしれない。

セシルもネイシャも、そう思った。

 

井桁の炎が巻き上がるなかに、光の反射があった。ひとすじ煌めいたそれが、刀身であることにルナは気づいた。刀身が切り裂いた井桁の炎が、壁となってレボラックの道をふさいだ。

ぶわり、ぶわりと火勢がレボラックの行く手をさえぎる。火だと思っていたそれが、ベッタラであることに、ルナはやっと気づいた。盾を持たない彼は、井桁で燃え盛る炎を盾に、獣の猛攻をさえぎっていた。

儀式はもう、始まっていたのだ。

「なんてやつだ……!」

アズラエルは、ベッタラの剣技に感嘆しているようでもあった。

 

――なによりも、あの怪物に、恐れることなく向かっていくベッタラの強さに。

 

あれは、本能が近づくなと告げるほどの恐ろしさだ。

アズラエルでさえ――グレンでさえ、相対したこともない恐怖に、足がすくんで動けなかったというのに。

 

「ベッタラ!!」

カレンが叫んだ。レボラックの三本あるうちの右角に、ベッタラが引っかかってしまったのだ。彼は高々と宙に放り投げられた。なんとか体勢を立て直して着地したベッタラだったが、獣はまっすぐに祭壇へと突進していった。

セシルたちが危ない。しかし、ベッタラは間に合わない。

ルナたちは目を瞑ったが、セシル親子の前に巨大な防弾ガラスがあるかのように、レボラックの進撃を押しとどめた。

獣はたけり狂ったように何度も角で見えない壁をはじこうとするが、先には行けない。

壁は、マミカリシドラスラオネザが作っているようだった。

祭壇の後ろにそびえたつ彼女は、一時も途切れることなく呪文を唱え続けている。

やがてあきらめたレボラックは、ゆっくりと進行方向をかえ、ベッタラに狙いを定めた。

レボラックの前足がかいた土からも、赤黒い噴煙が立ち上る。

獣から発散する“もや”はますます勢いを増して天に、地に広がったが、たいまつで囲まれた結界から外、ルナたちのほうには襲ってこない。

 

「来なさい! 獣よ!」

ベッタラの一声とともに、レボラックは咆哮を上げて突進する。

「――!!」

ルナは思わずアズラエルに飛びついて目をぎゅっと閉じた。

「ベ、ベッタラ、すっげえ……」

つぶやいたのはピエトだった。ルナがおそるおそる振り返ると、ベッタラが、怪獣の角をわしづかみにして、踏ん張っているではないか。