「まあ、つまりね、ルーシーがメルーヴァということで、あたしは考えていきたいとおもうの」

 ルナは、「ビアード・E・カテュス〜その愛と生涯〜」のDVDをけっきょく手に入れた。ルナと同じころ、フライヤもそのDVDを購入していた。両者とも目的は、いつでも観られるようにするためだったが、フライヤは書店のDVDコーナーで、ルナはララからプレゼントされた、という違いくらいはあった。

 

 ルナたちの今日の夕ご飯は、大量のパスタだ。ルナは手抜きをしたが、ピエトは大喜びだった。

あんまりな量のパスタに、五種類のチーズとワイン、キュウリとレタスとルッコラの緑々しいサラダに、ニックのコンビニから買ってきたからあげの山。

 クラウドは、ルナが今日見た夢の記録を読みながら、クリーム味のパスタを巻き取って、ワインにぶち込んだ。

 「悪くない考えだ――味もね。白ワインでよかったな」

 ワイン味のカルボナーラを口に運びなおしながらクラウドは言った。

 「いいなあ、あたしも見たかったな。ルーシーの映画」

 「おまえはキャビアが食いたかっただけだろ」

 「え、なんで分かった」

 カレンとグレンの会話は終始この調子だ。カレンは今日一日検査のために病院に拘束されていたが、最高級キャビアと百万デルのワインと聞いたら、なんだか検査に要した一日が急にしおれて見えたのだった。

 検査結果はあいかわらず良好だ。文句を言う筋合いはどこにもない。

 

 「それより、いよいよ、お祭りが始まるのよ!!」

 ミシェルは大興奮だった。ララ邸に行けなかったことは、彼女にとって、おまつりほど重要な問題ではなかった。

 神社入口の商店街に提灯がかざられて、祭りの雰囲気はずいぶんまえからあったが、いよいよ明日から八日間、真砂名神社で夏のおまつりがはじまる。

 真砂名神社のふもとの川原で絵を描いてきたミシェルは、祭りの準備が着々とすすめられているのに大興奮で、絵どころではなかったらしい。

 「夜には花火があがるの! ねえ、いつ行く? ルナ!」

 「いつにしよっか。ゆかたも出さなきゃね。ピエトのゆかたも買ってこなくちゃ――あ」

 ルナは、もくもくとカルボナーラを食べる、でかい図体の男どもを見た。

 「きっと、みんなのサイズの浴衣なんて、売ってないよね。特注になるのかな」

 「ゆかたってなんだ!?」

 ピエトが元気よく聞き、ミシェルが、

 「そうね。あれも民族衣装にはいるのかな。うまく説明できない」

 「着物の簡易版だろ――アズたちの分は、ないの」

 クラウドは聞いた。アズラエルたちは無言で首を振った。

ミシェルがずいぶん前からお祭りに行くのを楽しみにしていたので、ふたりそろって浴衣は購入済みだ。「お祭り」には、「浴衣」を着てでかけるのが通常だとクラウドは聞かされていたので、素直に従ったまでだ。

 そもそも、軍事惑星群に「お祭り」というものはほとんどなかった。クリスマス、バレンタインといった「イベント」は盛大だが。

 

 セルゲイのカルボナーラデビューは鮮烈な印象をもって迎えられた。彼は無言で麺を啜り続けていたが、やっと口を開いた。

 「カルボナーラっておいしいね――初めて食べたけど」

 「うめえだろ!」

 カルボナーラ愛好会会長(※ルナ邸限定)であるピエトは、自慢げに言った。

「うん、明日もカルボナーラで構わないくらいだな――浴衣って、どこにいけば売ってるの。デパートで売ってる?」

 「あたしたちの地元じゃ、夏になればかならずデパートにも出てたわ。専門店もあったし、」

 ミシェルの台詞に、セルゲイとカレンは顔を見合わせ、

 「じゃあ、明日買ってこようか」

 ジュリを連れて行こうと二人は思っていた。ジュリはキモノ文化の中、成長してきた先人だ。そのジュリは、ジャックのところから帰ってこない日が続いている。

 「浴衣でなきゃ、行けねえのか。そのオマツリってやつは、」

 グレンが面倒そうに言ったが、「あんたも連れてってあげるから。なにか見繕ってこようよ」とカレンが誘う。

 「俺たちはしばらく、昼間は動けねえ――演習がはじまっちまったからな」

 アズラエルがもう一本、ワインのコルクを抜いた。ララ邸で飲んだワインの値段の、百分の一以下のワインである。

 「ああ――今日からだったの」

 カレンが思い出したように言った。

 

 ペリドットが、アズラエルとグレンに特訓を課す――おおげさにいえば――と言っていたのは、結構まえのことになる。

 ラグ・ヴァーダの武神と戦うために、なまった体を鍛えなおすとの名目だったが、その間、イマリとブレアの逆襲だの、セシル親子の呪いだの、いろいろなできごとがあったせいで、なかなか実行されなかった。

 その特訓が、やっと今日から開始されたのだった。

 ルナがアストロスの神話の夢を見て寝坊していたころ、アズラエルとグレンは久方ぶりに、緊張感あふれるいい汗をかいていたのである。

 

 「演習って、どんなことしてるの」

 それは単なる、皆の興味だった。カレンが代表して聞いたが、筋肉兄弟神ふたりは簡潔に言った。

 「俺がベッタラと」

 「俺がニックと」

 前者はアズラエル、後者はグレンだ。ふたりはハモって嫌な顔をしたあと、「演習してる」と言うセリフも重なったので、ふたりは苦い顔をしてワインを飲んだ。そのタイミングもシンメトリーに重なったので、噴き出さない者はなかった。

 

 「ニックってつよいの!!」

 ルナはからあげを揚げるひょろひょろのニックを想像したが、(※からあげは関係ない。)グレンの顔色がワントーン落ちた気がした。

 「つよいなんてモンじゃねえ――バケモンだ」

 「「「「え?」」」」

 皆の声も重なる。

 あのニックから、「つよい」という語句は連想しづらい。だがグレンは肩をすくめて言った。

 「儀式のときに、ニックもいただろ。あれ、ベッタラの交代要員だったらしいんだ。万が一、ベッタラがダメだったら、ニックが入るってヤツな――俺もアイツがヒョロヒョロだって、バカにしてたが――参った。一撃もかすれねえ」

 「あんたが!?」

 カレンも仰天した。

 かつてリリザで、余裕たっぷりにプロボクサーを沈めたグレンが、一撃もかすれないとはどういうことだ。

 「ベッタラも、ありゃアノール族最強戦士ってのは、自称じゃねえかもしれねえ」

 アズラエルも嘆息した。

 彼も今日、ベッタラ相手に手も足も出なかったというのだ。

 軍事惑星群一のコンバットナイフの使い手といわれた自身の母ほどではないが、アズラエルも匹敵する技術の持ち主ではある。しかも、実戦経験もだいぶ積んでいる。 

 その彼が、まるでかなわなかった。

 

 ピエトはごくりとパスタをのみ、

 「お――俺も、ネイシャと一緒に、ベッタラに稽古つけてもらうことにする!」

 と叫んだ。

 「おまえは、学校に行けって言っただろうが」

 アズラエルは呆れ声で言い、だがピエトは、猛然と食って掛かった。

 「俺も強い傭兵になるんだぜ!? ネイシャと約束したんだ! 俺も、どでかい傭兵グループつくって、アズラエルがどこにも所属できなくなったら入れてやるんだ」

 「余計なお世話だクソガキ」

 アズラエルはどこにも所属できなくなったら自分でグループを立ち上げる。それだけの実力も、人脈も、すでにある。

 

 「まあまあ」

 セルゲイが苦笑して遮った。

 「いいじゃないか――学校が終わったあとならね。身体を鍛えることは、いいことだと思うよ。とくに子供のうちはいっぱい身体を動かさないと」

 「……」

 「まァね。ピエトはガリ勉しなくても、いい成績は取れてるよ、パパ」

 「だれがパパだ」

 アズラエルは悪態をついたが、彼の心中をわかっている大人たちは言った。

 「ピエト、食べたら宿題をかたづけよう。あとで俺が見てあげるから」

 「わかった!」

 ピエトは自分が食べた食器をシンクに運び、まっしぐらに部屋に駆けて行った。

 

 このところ、出会ったころに比べたら食べ方もだいぶきれいになったし、だれかが注意しなくても、きちんと風呂に入るし、歯も磨くようになった。

 一緒に住むおとなたちのしつけの賜物であっただろうが、もはやピエトを、L85のスラムでスリをしていた子どもだと思う人間はいないだろう。

 こんなにも早くピエトが変わっていったのは、子どもの柔軟性ゆえもあるだろうが、ピエトのかしこさも一要因であることを、皆は知っている。

 ピエトはまだ十一歳の子どもだが、その理解力、読解力、記憶力、分析力は大人並みである。

 学力的には、高校にはいることを認められているのだ。

 宿題をみてあげるといったのはクラウドだが、ここにはピエトの宿題を見てあげることのできる大人はたくさんいた。――ピエトの可能性を広げてあげることのできる大人も十分に。

 

 「アズの気持ちはみんなわかってるよ。ピエトに、将来を決めつけてほしくない気持ちは」

 クラウドは幼馴染みにワインをついであげながら言った。

 「たしかに、アイツのIQは、おまえクラスだって言うんだもんな」

 グレンもワインを催促した。ルナがついであげた。

 「“導きの子ウサギ”を見ていてもわかるけど、ピエトはやはり頭脳派だね。頭脳派のなかでも、どちらかというと“俺寄り”だ。……傭兵になるならないは、ピエトの自由だとしても、たしかに傭兵はもったいない」

 「もしピエトが傭兵になったら――どんな傭兵グループを作るんだろう。それもなかなか、面白いと思うけど」

 カレンが興味深い顔で思索した。

 「ピエトは、まだ十一歳でしょ。可能性だらけなんだから――この先、どう転ぶかなんて、だれにもわからない。今彼が傭兵になりたいとがんばっていることは、止める必要はないと思うよ、パパ」

 「パパはやめろ」

 アズラエルはセルゲイに厳重注意したが、セルゲイは笑っているだけだった。

 

 ウサギは緑々しいサラダをしゃくしゃくと食べ、大きなから揚げをいっこかじってワインをちょっぴり飲み、とりあえずあした、ピエトの浴衣を買いに行くことと、アズラエルとグレンにつくってあげるであろう弁当の中身を考えていたのだった。