そのころ、地球行き宇宙船では――。

 ルナたちがビアードの映画を見た日の夜である。

 十一時にもなろうかというころに、郵便ポストになにか投函された。

 それに気づいたのは、部屋に帰ろうとしたグレンだった。グレンは郵便ポストから冊子をとり、「ルナ! なにか届いてる。ここに置くぞ」と玄関先に置き、部屋にもどった。

 「ありがと、グレン!」

 ルナはぺぺぺっと玄関までそれを取りにいき、冊子を見つけて、「あーっ!」とまた声を上げて、「うるせえぞルゥ! ピエトが起きる!」とアズラエルに怒られた。

 最近、ピエトは夜更かしが過ぎていたので、今日はパパに、強引にベッドに押し込められたところだった。

 

 ルナは冊子を抱えてリビングに飛び込んできた。

 「見て見てミシェル! これ、久しぶりじゃない!?」

 「ひさしぶり? ――あっ! ほんとだ、ひさしぶりだ!」

 ミシェルも手に取って、うれしそうに言った。

 それは、以前ケヴィンが所属していたサークルが、定期的に発刊していた無料パンフレットだった。この宇宙船で行われるイベントや新店舗の情報、ひらかれる教室の案内が入っていて、コラムや小説、漫画やイラストも掲載している。ケヴィンは、この冊子に掲載していたコラムが気に入られて、今はL52の大手出版社で作家の道を歩んでいるのだ。

 

 ミシェルがななめ読みしながらつぶやいた。

 「ひさしぶりだなあ。あたしたち、引っ越してからだよね。届かなくなったの」

 このパンフレットは、船客の有志があつまってつくっているものだ。配るのもサークルの仲間だけでやっているので、ルナたちが引っ越した後は、届け先が不明になったため、届かなくなったのだろう。

 最近は、コンビニやスーパーにも置いてあるようになったので、部屋に届かなくなってもたまにもらってきて読んでいたが、今月号はまだ読んでいなかった。

 

 「あっ! ルナ、見て!」

 お祭りの特集やってる! とミシェルが、冊子のメインページをひらいた。今月の特集は、やはり真砂名神社のお祭りなのだろう。四ページもつかって、真砂名神社の由来や、ちかくの温泉宿、屋台の物珍しい食べ物の紹介が書かれている。

 「「ちょ、これ欲しい!!」」

 ルナとミシェルが同時に声を上げたので、おもわず男たちも――アズラエルとクラウドも覗き込んだ。

 そこには、八日間の祭りの期間、一日ごとにちがう種類の玉守りが授与所で授けられることが書いてあった。

 

 一日目は、「ラグ・ヴァーダのサルーディーバ女王の星守り」。エメラルドグリーンと、白い雲のマーブル模様の惑星を模した形だ。

 二日目は、「アストロスのサルーディーバ女王の星守り」。群青色に白の雲がマーブルにきらめく惑星を模している。

 三日目は、「地球(アース)のサルーディーバの星守り」。水色の地球を模した、玉守りだ。

 四日目は、「昼の神」の玉守り。うつくしい空色だ。

 五日目は、「太陽の神」の玉守り。オレンジ色の玉。

 六日目は、「夜の神」。黒曜石のように真っ黒な玉。

 七日目は、「月の神」。薄桃色がかわいらしい。

 八日目の最終日は、「真砂名の神」。水晶のような、透明の玉だ。

 

 それらはお守り袋に入っているが、ストラップ型で守り袋にはいっていて、キーホルダーやネックレスにもつけかえができるようになっている。

 写真付きで、それらの玉守りの紹介がされたページをふたりでひっつかみ、

 「全色、コンプリートしよ!! ルナ!」

 「うん、毎日行くぞ!!」

 ネコとウサギが気合を入れて叫んだのを、背後のライオン二頭は肩をすくめて、理解できないというように顔を見合わせた。

 

 

 次の日。

 ウサギとネコは出遅れた。

 ルナは、みんなの朝食をつくり、筋肉兄弟神にけっこうなお弁当を持たせるためにがんばり、洗濯をしたり、あれやこれやとしている間にすっかり時間が過ぎていた。

 ミシェルは、ジュリがつかまらなかったために、セルゲイとカレンの浴衣を見繕うのにつきあい、ついでにアズラエルとグレン、ピエトの浴衣も購入してきてくれた。

 ふたりが真砂名神社に向かえたのは、午後になってやっとというありさまだった。

 シャイン・システムでK05区に向かったふたりは、いつもの場所には出ず、大路の入り口にある店内のトイレ近くという、目立たない場所を出口にえらんだ。今日はお祭りだということもあり、人も多いだろうと予測をつけたからだ。

予測は正解だった。店から大路に出た二人は、あまりのひとの多さに絶句し――いつも大路はほとんど人が歩いていないのに――どこから湧き出たかわからないひとごみに戦慄し、屋台をチラ見し、誘惑を振り切りながら、まっすぐに神社に向かった。

 前世を浄化してくれるはずの階段は、今日は人でごった返していた。この階段をはじめて上がる人間もいるとおもうのに、今日は、上がれなくなる人間はひとりもいないようだった。

 

 やっと拝殿までたどりつき、お参りを済ませたルナたちは、ものすごい混み具合の授与所に並んだ。そして、順番がきたとき、ふたりは一斉に肩を落とさねばならなかった。

 

 「申し訳ありません。ラグ・ヴァーダの女王の星守りは、もうなくなってしまいました」

 

 巫女さんのひとことに、ウサギとネコはあんぐりと口を開けた。

 毎日来ているミシェルとこの巫女さんとは顔見知りらしい。申し訳なさそうな顔で、巫女さんは付け足した。

 「祭りの間に出る星守りは、知る人ぞ知る、というか、いままではあまり出ないお守りだったんですが、このあいだ取材にきた若い方が、パンフレットに載せたいとおっしゃってらして。宣伝効果かしら。午前中になくなってしまったんです」

 なんということだ。

 パンフレットに書いてあったから、ルナもミシェルも星守りの存在を知ったのだから文句は言えないが――宣伝効果は半端ではなかったらしい。

 初期のころに比べて、スポンサーが増えたためか、最近は増刷し、ほかの区画にも置かれているパンフレットだ。あの星守りは文句なくかわいかったし、ルナたちと同じことを考えた人間は山ほどいたということだ。

 

 「ええっ、星守り、もうないんですか!?」

 ルナたちと同じくらいの女の子のグループも、残念そうに帰っていくのを、ふたりは見送った。

 ないというものを、くれと無理をいうわけにもいかない。授与所は混んでいるし、巫女さんもてんてこ舞いだ。

 ふたりはがっかりしつつ、授与所をあとにした。

 

 「知る人ぞ知るお守りかあ……どうりで、授与所のお守り置いてあるところに、なかったもんね」

 授与所のお守りがおいてあるところにも、おみくじのところにも、「星守り」のことは何ひとつ書かれていなかったし、並んでいなかった。

 ミシェルの落胆と言ったらない。ルナはそれも分かる気がした。一日目はよりによって、「ラグ・ヴァーダ女王の星守り」だ。ルナも「月の女神」の星守りが手に入らなかったら、最大にへこむ自信はある。

 「午前中に来るべきだったね……」

 「うん。一番に来るべきだった……」

 シッポがうなだれたネコとうさ耳のヘタレたウサギが、帰ろうと階段を降りかけたときだった。