百二十七話 祭りと星守りと神様たちと




 

 一日目の夜、ルナたちはずいぶん大勢で祭りに向かった。

 アズラエルとグレンを抜かしたいつもの食卓メンバーと、セシル親子とである。

 筋肉兄弟は、帰ってくるなりシャワーも浴びずにベッドに突っ伏した。あとはルナが揺り起こそうが、ピエトが背中にダイブしようが、気絶したように起き上がらなかった。しかたなくルナは、ふたりを置いていった。

 祭り会場でベッタラと合流し、みんなで祭りを楽しんだ。花火も綺麗だったし、屋台の食べ物もおいしく、楽しい時間を過ごした。

 子ども連れなので、帰る時間は早めだったが、ルナたちもじゅうぶんに楽しんだ。

 次の日は、一番にお守りをもらいに行く予定なので、ルナもミシェルも早めに就寝した。

 午前中に売り切れてしまうのであれば、午前中に――それもなるべく早く、行くしかない。

 

 しかし、次の日も、ふたりは出遅れざるを得なくなったのだった。

 なんと、シャイン・システムのメンテナンスだとかで、シャインがつかえなかったのだ。ルナたちは、リズン前のシャインまで来て、その事実に気付いた。

 「ええーっ!?」

 二人は絶叫した。

シャイン・システムのメンテナンスは明日午前五時まで。ご迷惑をおかけいたします。立札を見て、ふたりは立ちすくんだ。

「ほんとに迷惑だよ!」

なぜ、よりによって、今日メンテナンスをしなければならないのだ。

ミシェルは公園の公衆電話でイシュマールの携帯に電話をしたが、お祭りで忙しいのか、電話に出てくれなかった。きのうの分は、「ラグ・ヴァーダの女王」のお守りだったので、ミシェルが欲しいだろうと思って取っておいてくれたのかもしれない。今日の分もとっておいてもらえるかは不明だった。

今からタクシーに乗っていっても午後になることはわかっていたが、万が一の可能性をかけて向かった。

 

 ――やはり、星守りは売り切れていた。

 

 午前のうちに来ないと手に入れられないということが、これではっきりした。

 「ないわ……こんなのってないわ……」

 ウサギとネコは、群青色と白マーブルの玉を思い浮かべて、肩を落とした。

 昨日同様、しょげかえって帰ろうとしたところへ。

 

「あら、ルナさん、ミシェルさん」

 

聞き覚えのある声がかかった。

 今度はイシュマールではない。ひとごみの中でも不思議ととおる、ゆたかな声はカザマだ。

 

 「カザマさん……」

 ふたりは昨日の過程をくりかえすことになった。

 イシュマールに訴えたことと同じことをカザマにいうと、カザマは、なぜかうれしげに両手を合わせた。

 「おふたりは、星守りのことご存知でしたのね。よかったわ」

 「え?」

 カザマは、バッグのなかから、ふたつの守り袋を取り出した。群青色の守り袋。中身は確かめるまでもないが、ルナたちはたちどころに開けざるを得なかった。

 

 中身は、喉から手が出るほど欲しかった、「アストロスの女王」の星守り。

 群青色と白のマーブルが、陽の光にきらめいている。アストロスは、この玉のように、濃い青の海を持った惑星なのだろうな、とルナは想像した。

 

「ありがとう! カザマさん!!」

 「どういたしまして」

 ネコとウサギは、カザマに飛びつかんばかりに喜んだ。

 「あっ! そうだ! カザマさん、アストロスの女王様だもんね!」

ルナは思い出して叫んだ。

 「えっ、そうなの!?」

 ミシェルが反射的にかえし、カザマは笑んだ。

 「そうですのよ。恥ずかしながら――若い子にお守りはどうかしらと思っていたのですけれども。この星守りは祭りの期間しか出ませんし、おきれいでしょう?」

 「うん、すごくかわいいし、きれい!」

 「この玉、ストラップですけれども、指輪や、ネックレスにもつけかえができるのですよ」

 「カザマさんのこれ――」

 ミシェルが、カザマの手首にはめてある細いバングルに、三つ石がはめ込まれているのを見て興味を示した。

 

 「このバングルは娘がつくってくれたものです」

 「ミンファちゃんが? アクセサリーとかつくるんだ」

「あの子はミシェルさんと一緒で、こういったものをつくるのが好きなんです。この石は去年のものですけれども。これがアストロスで、これが真昼の神で、こちらが真砂名の神の玉」

 透明な石を中心に、群青色のマーブル模様の石と空色の石が埋め込まれていた。

 「ちょうかわいい。あたしも、これでなにかアクセサリーつくろっと」

 「あたし、ネックレスとブレスレットにする」

 ミシェルとルナはうきうきと玉を眺め、それから思い出したように財布から千デルをだし、カザマに渡したが、カザマは首を振った。

 

 「いいんですのよ。わたくしが、おふたりにプレゼントしたいと思っていたのですから」

 「え、でも、」

 ふたりがもじもじしているのを見、カザマは微笑んだ。

 「おふたりとも、お昼はまだですか」

 「あ、はい!」

 とにかく、売り切れていないことを願って急いだため、昼食は眼中になかった。

 「では、椿の宿でランチをご一緒しませんこと。ちょうど千デルでいただけますのよ。コーヒーか紅茶に、デザートつきで」

 「行きます!」

 ネコとウサギは一も二もなく承知した。

 

 椿の宿で、カザマはルナとミシェルが持っていた無料パンフレットを見せてもらい、「まあ――最近はこんな雑誌が無料でいただけるのね。へえ――」と熱心にチェックし、

 「わたくしも驚きましたのよ。ルナさんがたと変わらない女の子たちが、星守りをくださいって授与所に並んでいたの。どうしてこの子たちが星守りの存在を知っているのか不思議で――あれは、知る人ぞ知るお守りで、神官の方々くらいしか、知らないお守りでしたのよ。――そうなの。雑誌で紹介されたのね」

 カザマは納得したようにうなずき、

 「午前中のうちになくなってしまったというのなら、今年は手に入れていない知人も多いかもしれませんわね――来年は多分、雑誌には載らないわね」

 「ほんと!?」

 「ええ。取材が来ても、載せないかも。こんなに出てしまうのが分かったでしょうから。雑誌の効果というのは、すごいものですわね。ほんとうに欲しい方が、今回はいただけなかったかもしれません。毎年、余るくらいでしたのよ」

 「そうなんだ……」

 ミシェルとルナが、ごっくんと食後のコーヒーを飲み込んだところで、カザマの携帯が鳴った。

「あらこんな時間!」

カザマは「ではまた」とあわてて帰って行った。ルナたちも柱時計を見て仰天した。食事のあと、小一時間も話に夢中になっていたのだ。

 椿の宿は祭り会場からはすこし離れた位置にあることもあってか、あいかわらず閑古鳥だった。それでも、めずらしく宿泊客で埋まっているらしい。

 カザマが帰ったあと、ルナとミシェルは神社のほうから聞こえてくる祭囃子に耳を澄ませながら、ぼんやりと外の景色を見た。

 

 「……明日こそは、一番にゲットしに来なきゃ」

 「……そうだね」

 明日は、「地球のサルーディーバ」のお守りだ。

 「そういえば、地球のサルーディーバって、なんなんだろ」

 「……マーサ・ジャ・ハーナの神話のサルーディーバかな? でも、あのひとは神様とかではないよね」

 ルナが聞き、ミシェルも首を傾げた。

 

 サルーディーバという象徴が、生き神としてまつられるようになったのは、人類がL系惑星群に移住し、L03に地球人が住みはじめてからである。

 ラグ・ヴァーダの女王とアストロスの女王は、両名とも「サルーディーバ」という名で、神様あつかいされているけれども、地球の神話のサルーディーバは、船大工の兄弟の父で、ずいぶん長寿だったおじいさんである。神ではない。

 地球時代に、サルーディーバという象徴はなかったというし、「地球のサルーディーバ」というのも不可解なものがある。

 

 「まあ、サルーディーバの話はいいとして、地球って、ああいう空色の星なんだね」

 アストロスも地球も、ふたりは見たことがないが、パンフレットにある地球の玉は、美しい水色をしていた。

 「宇宙船が、地球の太陽系にはいったら、見れるんだよね」

 ふたりは地球に着いたその日を想像して、うきうきと胸を弾ませた。