そして、次の日。 勢い込んで出発したルナたちだったが、またしても出遅れたのである。 シャイン・システムのメンテナンスは終わっていた。ルナたちは、みんなにご飯を食べさせてから、ほかの用事はあとまわしにして先に行くつもりだった。 ――しかし。 「なんなの……いったい」 「ふへ、ふへえ……」 ミシェルもルナも息絶え絶えだ。こんなに走るとは思わなかった。予定外すぎる。 まず、公園まえのシャイン・システムちかくで、なんだか知らないがエアロビクスの教室が行われていた――シャインの、ド真ん前である。 いまだかつて、こんなところでエアロビクスをやっている人間に出くわしたことはない。 ルナたちは、公園を見渡して分かった。 バドミントンだのサッカーだの、野球だの、子どもたちが公園の中央を占領している。エアロビクス教室の大人たちは、公園の隅っこに追いやられたのか。 それにしても、こんな炎天下、公園なんかでエアロビクスをやらなくても――ミシェルは散々に突っ込んだが、彼らがシャイン・システムの真ん前を占領しているのは事実。 シャイン・システムは通常、一般船客はつかえないことになっている。ルナとミシェルは、ララからパスカードをもらったので使用できるが、アントニオには、なるべくほかの船客には見つからないようにつかってくれと念を押されていた。 ルナたちは特別扱いなわけで、シャインを知っているほかの先客に見つかったら、面倒な事態を引き起こすことも考えられる。 ルナたちもそれはもっともだと思い、なるべくひと気のないときを見計らってつかっているのだ。 ルナとミシェルは、公園前のシャイン入り口はあきらめた。あのエアロビクスの集団のまえで、シャインに飛び込むわけにはいかなかった。 そのまま、スーパーマーケットのほうへ向かう。 スーパーのトイレちかくにあるシャインの入り口の真ん前で、清掃のおばさんたちがおしゃべりに興じていた。待っていてもどいてくれそうにはなかった。ルナとミシェルは、べつのシャイン入り口を探すことにした。 マタドール・カフェのちかくの建物。そこにもでかい車がでんと横付けされて、数人が立ち話している。 バス停留所のちかく――バス待ちのひとがずいぶんいて、目立ちすぎる。 ルナたちは、ふだんはタクシーで行く商店街のほうへも足を延ばした。 どこもかしこもダメだった。シャイン・システムのまえに人が多すぎて、入れないのだ。 なぜ今日、よりにもよって、こんなに人が多いのだ。 まるで、ルナとミシェルにシャインをつかわせないよう邪魔しているかのようだ。 「スーツとかで来たらよかったかな……」 カザマのような恰好だったら、役員といってもごまかせたかもしれない。 ふたりはシャインをつかうことはあきらめた。 仕方なく、昨日のように、タクシーでK05区に向かった。 着いたのは当然午後である。これは売り切れているだろうなとふたりは肩を落とし気味に大路のまえに降り立ったが、祭りも三日目とあって、初日にくらべたら、だいぶ人が少なかった。 「ルナ! これは!」 「いけるかも!」 今日は、残っているかもしれない。 ネコとウサギは、まっしぐらに神社へ向かった。 「すみません。今日も売り切れで……」 全速力で、拝殿まで走ったミシェル――途中でルナを置いてきた――は、がっくりと膝をついた。だいぶおくれて、ルナがひふひふはふはふとへんな息遣いでやってきた。 ミシェルが両手でバッテンのしるしを出すと、ルナの口もバッテンになった。 「――さすがに今日は、買っといてくれてるひとはいないよね」 イシュマールは、祭りの最中なので大忙し。巫女さんも、初日から彼を見ていないという。いないとわかりつつも、カザマの姿を探したが、巫女さんが、今日はカザマが来ていないことを教えてくれた。 「ミヒャエル様でしたら、真昼の神の星守りの日に、もういちど来られると思うんですけど……」 「真昼の神」の星守りは四日目。明日だ。 「なんで、こんなに毎日、邪魔が入るんだろ……」 ミシェルがうんざり顔で言ったが、授与所には次から次へと人が殺到する。 さすがにルナたちはあきらめて、お参りを済ませたあと、階段を降りようとした。 そのとき。 「ルナ――に、ミシェルさん、ですか」 だれかが、引き留めた。ふたりは期待に顔を輝かせて振り向き――予想外の人物に、一度かたまったあと――ルナだけが、「サルーディーバさん!」と言って駆け寄った。 ルナの一声で、ミシェルは相手が誰だかわかった。 サルーディーバは微笑んで、深々と礼をした。ミシェルもおもわず、深々と頭を下げた。 「はじめまして。わたくしはサルーディーバと申します。伺ってはおりましたが、お会いするのははじめてですね、ミシェルさん」 「あ、はじめまして! あたしも、よく聞いてたけど、お初にお目にかかります!」 ミシェルが、アセアセとしながら、二度も三度も頭を下げ――彼女が何を見ているか、ルナにはすぐわかった。 ミシェルはサルーディーバを見て、「足がある……!」と思っている。 彼女は今日、供回りも連れず、ひとりだった。L03の衣装に身を包んだ姿は、どこか神々しくて、美しい。拝殿に来たひとびとが、サルーディーバを振り返って見る。 神官の格好をした参拝客は、サルーディーバのそばを、うやうやしく一礼をして通り過ぎて行った。 「ルナ、このあいだは失礼をいたしました」 「あ、あたし、サルーディーバさんにお礼を言いたくって……!」 ふたりで同時に口を開き、気まずげに笑いあってから、サルーディーバが待ってくれたので、ルナが先にしゃべった。 「サルーディーバさん、このあいだは本当にありがとうございました。セシルさんたちの呪いを解くの、夜の神様にお願いしてくれて」 サルーディーバは首を振った。 「……いいえ。わたくしこそ、謝らねばなりません。お気を悪くされたでしょうに」 ルナはいったん考えるように俯いてから、「ううん!」と大きな声で言った。 セシルたちの呪いを解くために、マミカリシドラスラオネザに会った日の翌朝、ルナは、ミシェルといっしょに真砂名神社へ最後のお願いに来た。 ルナは、儀式が成功するように、無事セシルたちの呪いが解けるように、できればレボラックが死なないですむように、あれやこれやとお願いをしに来たのだった。 そのときのことである。 拝殿に参拝し終わって、階段を降り、ミシェルがトイレに行ってくるといっていなくなった矢先だった。 ――ルナのまえに、サルーディーバが現れたのは。 「ルナ、セシルという女性の呪いは、私なら解くことができます」 ルナは唐突にサルーディーバが現れたことにも、言われたことにも、驚いてかたまった。 どうして、サルーディーバがセシルたちのことを知っているのか。 ペリドットから聞いたのだろうか。 「ですが、難しい術ではあります。――三ヶ月、なにも食さず、飲まず、夜の神の神殿で祈祷をすれば術は解けるでしょう――それをなしうるのも私だけ。私も命を賭けましょう。ですから、どうか私のお願いを聞いてください」 サルーディーバは思いつめた顔をしていた。 「――え?」 「アズラエルさんと別れて、グレンさんと結ばれてください。それが最良の道なのです。どうか、グレンさんと結ばれ、“イシュメル”をお生みください。それが世界のため――」 ルナは絶句した。すぐに言葉が出てこなかった。 サルーディーバはまた、アズラエルと別れろという。 しかも今度は命令ではなく、お願いだ。 だがルナは、以前のルナではない。サルーディーバがそのことにこだわり続けるのも理由があるからなのだとわかっていた。 彼女が悪意で、そんなことをいうのではないことも。 「……」 ルナは口をつぐみ、どう返事をしていいものか悩んだ。 ルナにも、分からないことだらけなのだ。 サルーディーバは、ルナが彼女を助けると予言されたから、この宇宙船に乗った。 しかし、ルナには、サルーディーバを「助ける」方法は、分からない。 彼女がなにに「迷って」いるのか。 「迷える子羊」――彼女のZOOカードの意味も。 彼女が、「ルナがグレンと結ばれることにこだわり続ける」意味の裏に、彼女の本音がかくされているのではないか――。 サルーディーバの言葉を消化しきれずにルナがだまったのを見て、サルーディーバは言葉をつなげた。 「お気持ちが定まりましたら、ご連絡ください」 サルーディーバは屋敷の電話番号を告げて、消えた。 ミシェルがトイレからもどってきたのだ。 ルナは、サルーディーバの言葉を整理しきれないまま、家路についた。サルーディーバに言われたことも、彼女が現れたことも、ミシェルには言わなかった。 ルナはその後、サルーディーバに連絡はしなかった。 すでにマミカリシドラスラオネザたちが解術の準備をしていたし、サルーディーバが行う方法も、過酷なことに違いはなかったからである。 たしかに呪いは解いてほしいが、サルーディーバに命を懸けさせるわけにはいかない。 そして、すくなくともあの時点では、サルーディーバが呪いを解いてくれる条件として、ルナがアズラエルと別れるということが前提になっていた。 そのあたりを話し合うにしても、時間がなかった。 |