ルナとミシェルはぶつぶつキョロキョロ、何度も拝殿のほうをふり返り、すっかり怪しい人になりながら、仲間のあとをついていく。 「七時から花火があがるから、適当に買って、特等席で花火を見ようってさ。――どうしたのその顔」 「見ればわかるでしょ」 すわった目をしたネコに、彼氏であるライオンは微妙にひるんだ。 「……もしかして、最後の星守りが、手に入らなかった、とか」 クラウドが最後までいうまえに、ミシェルがネコだったら、毛を逆立たせているかのような錯覚に襲われたので、彼は「わ、わかった」と焦り顔で言った。 「ミシェルとルナちゃんが好きそうなものは、俺が買っておく。ふたりとも、もう一度、拝殿に行ってきたらいい。――なんなら、俺が交渉してみようか。授与所のひとに、」 クラウドの言葉が終わらないうちに、ネコとウサギはまっしぐらに拝殿に向かっていた。 花火がはじまりそうなので、階段のひと気もまばらになり、拝殿はもっと空いていた。 拝殿に駆けあがったミシェルとルナの姿を見つけ、授与所の巫女さん――ミシェルと顔見知りの――が「あ!」と気付いて、笑顔を向けてきた。 さっき、授与所に並んだとき、彼女はいなかったのだ。 「こんばんは!」 ルナとミシェルが授与所に殺到すると、彼女は、真っ白いお守り袋をふたつ、差し出してきた。 「これって!!」 ふたりが受け取って絶叫するのに、巫女さんは申し訳なさそうな顔をした。 「毎日来てくださってるので、今日も来るかなって、取っておいたんです」 巫女さんは、ほかの巫女仲間を気にしながら、小声で言った。 「毎日、もうありませんっていうのもほんとに申し訳なくて……毎日来られてたから、たぶん、今日も来るなって思って。ほんとは、取っておくのは禁止なんですけど、おふたりは毎日きてらしたし……」 だから、内緒にしてくださいね! と巫女さんはあわてて人差し指を口に当てた。ルナとミシェルも、これ以上ない喜びを込めて、「ありがとう!」と小声で言い、千デルを巫女さんの手に載せた。 「ついに全色コンプリートしたよ……!」 「いろいろあったけどね……」 ルナとミシェルは、この八日間の数々のアクシデントを思いだし、感慨ぶかく、お守りをながめつつ階段を降りた。 腹に響くような音がしたので空を見上げると、花火が打ちあがっている。 「なんか――不思議な感じ!」 巨大な惑星がふたつ、ゆっくりと黒い夜空を横切っているのだが、惑星よりも大きな花火が、背後の惑星を覆うように宇宙にきらめいた。 花火の真後ろに、赤くきらめく星があって、重なったそれらが不思議な光景に見えて、ふたりは口をぽっかりと開けて立ち止まった。 周囲からも、「おもしろーい!」「キレイ!!」だのの歓声が上がる。 この宇宙船でしか、見ることができない光景だ。 ルナとミシェルは立ち止まってそれを見て、紅葉庵まで一気に駆け抜けた。そこで白玉あんみつデラックスの持ち帰り用を四つかって、アイスが溶けないうちに拝殿までもどり、授与所にのこっていた巫女さんふたりに差し入れした。 授与所は最終日ということもあって、早い時間だがもう閉じていたし、仕事も終わりだったので、ふたりは喜んでルナとミシェルと一緒に、花火を見ながらあんみつを食べた。 「――ルナとミシェル? なんでこんなとこであんみつ食べてんの」 あきれた声がしたので、花火に向けていた視線を下に移したら――アンジェリカが立っていた。 「「アンジェ!!」」 正確に言えば、あんみつを食べていたのはルナである。巫女さんふたりはもう食べて、いなくなっていた。ルナは食べるのが遅いうえに、花火に見とれながら食べていたので、アイスが溶けてもまだ食べ終わっていなかったのだ。 「ひさしぶり!」 「アンジェ、元気そうだね!!」 ミシェルとルナは立ち上がって、アンジェの手を取った。 「うん、最近やっと外に出られるようになったんだ――ルナ、アイス溶けるから食べなよ」 三人で手を取り合って飛び跳ねたあと、アンジェリカは、ルナに座るように言った。そして、アンジェリカもベンチに座った。 「こんなとこで会えるなんて――あたし、もうすこししたら、あんたたちに会いに行こうと思ってたんだ。嬉しいよ、あえて」 彼女は相変わらずあかるく言ったが、顔色は白く、元気になったとはいってもずいぶん痩せていた。 「ルナ、ZOOの支配者になったんだろ。ZOOカードの調子はどう」 すわった途端にアンジェリカは言った。ルナは白玉をのどに詰まらせるところだった。 「調子――調子――ちょうしはよくないよ。あのね、あたしは期間限定のZOOの支配者なんだって。だから、アンジェみたいにはつかえないの。調子は狂いっぱなしだよ。あたしはうさこがいないとカードがつかえないのに、うさこは出てこないときがいっぱいあるし、箱があかないときもあるしさ」 「“月を眺める子ウサギ”って、ルナが呼べば来る?」 「いつもは来てくれないな。最近は、うさこのかわりに、“導きの子ウサギ”が来てくれることが多いよ」 「なるほどね」 アンジェは、ずいぶん細くなった肩をすくめて、嘆息した。それから、周囲を見回し――なにか重大なことを告白するかのように、思い切った声で言った。 「実はルナ――あたしさ、」 アンジェリカを呼ぶ声がした。それにアンジェリカは一瞬顔をしかめ、ルナたちの知らない言語でかえす。そして、あわただしく立った。 「侍女が呼びに来た――あたしいかなきゃ――あのさ、ルナ、ミシェル、」 アンジェリカは階段の方に気を配りながら早口で言った。 「あたしきっと、知らないことが――知らされてないことが、すごく多いんだ」 アンジェリカの思いつめた顔に、ルナとミシェルは、顔を見合わせた。 「だから、今度、教えてほしい。――いったい、何が起こってるのか」 それから、ポケットから守り袋をふたつ取り出して、ルナとミシェルに渡した。 「今日会えると思わなかったから、びっくりだよ。今度渡そうと思ってたんだ。――これ、今日ゲットできた?」 アンジェリカがくれたのは、「真砂名の神」の星守りだった。 「ええっ!? アンジェ、買っておいてくれたの」 ミシェルが座ったまま、飛び上がる勢いで言った。 「ルナたちが全種類コンプしようとしてるって、姉さんから聞いてさ」 ルナは、今日のお守りは、授与所の巫女さんが取っておいてくれたことを話した。アンジェリカは笑い、 「じゃ、だいじょうぶだったんだな。でもいいや、もらってよ。せっかく買ったんだし。――それに、」 アンジェリカはウィンクして言った。 「“チケット”は、多いほうがいい――そうだろ?」 ルナのうさ耳がぴこたんと揺れた。 ――チケット? アンジェリカを呼びながら、年配の女性が階段を上がってきた。ルナたちを睨んでいるようにも見えたので、ふたりは首をすくめてちいさく会釈した。 「怒らないで。ふたりは友達なの。あたしの身体はだいじょうぶだから――今行くから、そこにいて」 婦人は、アンジェリカの体調を心配しているのだった。アンジェリカは、やはりまだ、本調子ではないのだろう。 「アンジェ、ちょっと待って、」 財布を出そうとしたミシェルをアンジェリカは止めた。 「いらない。お見舞いのお礼だよ。――ホントに嬉しかった。今度、またリズンでお茶しよう。楽しみにしてる」 そういって痩せた顔に目いっぱいの笑みを浮かべ、婦人に連れられて、彼女は帰って行った。 あわただしく行ってしまったアンジェの背を見送りながら、ルナとミシェルは半腰のまま固まり――ドンっという花火の音に、ふたたびぺたんとベンチに座りなおした。 「――チケットだって」 「ルナ、あんたがこのあいだ、四枚足りないとか叫んでた、チケットの話?」 「――たぶん、そのことじゃないかな」 それ以外に今、思いつく“チケット”はなかった。 「それより、もういっこもらっちゃったよ!」 ルナは叫んだ。「真砂名の神」の星守りが、二個も手に入ってしまった。 「ぜんぶで“九個”もそろっちゃったね」 困惑はあるものの、ミシェルは嬉しげだった。この玉でどんなアクセサリーをつくろうか、アイデアで頭がいっぱいになっているに違いなかった。 |