けっきょく、サルーディーバはルナの返事を待たずにメリッサとカザマを寄越してくれ、自身も夜の神を動かして、セシルたちの危機を救ってくれた。

メリッサも言っていた。

『サルーディーバ様はなにも仰いませんでしたよ。このことを引き換えにするような条件は』

サルーディーバは、呪いを解くというよりも、補助的にセシルたちを救ってくれたようなものだった。

 

 

 「まさか、サルーディーバさん、三ヶ月も飲まず食わずしてないよね!?」

 ルナは不安になって聞いたが、サルーディーバは笑った。

 「いいえ。――あの日に、呪いは解けたのですね。ペリドットに聞きました。エラドラシスの解術をつかったのだとか。私は念のため、夜の神のもとに祈祷に入っただけですが、すこしでも手助けになったのなら幸いでした」

 「少しじゃないよ……! いっぱいだよ! おかげでセシルさんたちが、レボラックに殺されなくて済んだの……!」

 ルナは目を潤ませた。

 サルーディーバが夜の神を動かしてくれなかったら、セシルとネイシャも重傷を負っていた――いや、もしかしたら、死んでいたかもしれない。

 次の日、ルナはサルーディーバに礼をいおうと真砂名神社を訪れたが、サルーディーバはいなかった。神社の巫女さんに言伝てを頼んだが、つたわっていただろうか。

 

 「ええ。聞いております。ルナ、あまり気を遣わずともよろしいのですよ。わたくしは、できることをしたまでですから……」

 サルーディーバはセシル親子の呪いをとくことを、ルナがアズラエルと別れることと引き換え条件にしたことを、ルナに詫びた。

 そばで聞いていたミシェルは顔色を変えたが、それが、サルーディーバの後悔が本気だということを示した。

 サルーディーバは本気で後悔したからこそ、ミシェルに知られてもいいと思い、この場で言ったのだ。

 「あの親子の命を、引き換え条件にするなど、わたくしは、サルーディーバとして、絶対にしてはならぬことをいたしました。それ以前も――」

 サルーディーバは唐突に口をつぐんだ。目がうるんでいるように見えたのは気のせいだろうか。

「……あれは、わたくしの、せめてもの罪滅ぼしでした。許していただけるとは思っていませんが……」

「そんな……。許すとかじゃなくて……」

ルナの言葉を、サルーディーバはさみしげな微笑でさえぎった。

 

「――そうそう、これを、」

 サルーディーバは、ふくらんだ袖から、守り袋をふたつ取り出した。

 空色の守り袋に入ったそれは――「地球のサルーディーバ」の星守りだった。

 

 「これを、差し上げましょう」

 

 「ええっ!?」

 ルナとミシェルは驚いて、それからふたたび、飛び上がらんばかりに喜んだ。

 「いいの!? サルーディーバさん!!」

 「ご存知ですか。この星守りは、真砂名神社の御祭りの八日間だけ、授与されるものだそうです」

 「知ってる! あたしたち、集めてたの、ほら!」

 ルナが昨日、おとついと手に入れた守り袋を見せると、サルーディーバは「あら」と口に手を当てた。

 「もう、今日のが売り切れで、諦めてたところだったの……! ほんとうにありがとう!」

 「そんなに喜んでいただけて、わたくしもうれしいですわ」

 サルーディーバが笑顔を見せたところで、ルナたちは財布をひっくりかえしはじめたが――。

 「お金はいらないのですよ。こちらは、先日、ルナに気を悪くさせてしまったお詫びもかねてのことですから……」

 サルーディーバは、慌ててふたりが紙幣を取り出そうとするのを押さえた。ネコとウサギは顔を見合わせた。

 「サルーディーバさん、時間、ありますか?」

 今日は、ルナたちのほうから聞いた。サルーディーバは一瞬とまどいを見せたが、

 「ええ。じゅうぶんに」

 とうなずいた。

 

 ふたりが彼女の手を取って向かったのは、「料亭まさな」だった。海鮮丼ランチ千デル。デザートつき。

 大路の道すがら、ランチの看板を見つけて、かえりはここで食事をしようと予定していたのだった。

 三人は、特に当たり障りのない話題ばかりをつめこんで話したが、それでも会話が弾まないわけではなかった。

 

 相変わらず、サルーディーバはサルーディーバだった。ルナがはじめて会ったときと変わらない、おだやかな相貌と包み込むような雰囲気。

 (なんで――サルーディーバさんは、あたしとグレンがくっつくことに、そんなにこだわるの)

 そのことさえなければ、彼女はまったく変わっていないように、ルナには見受けられた。

 ミシェルも、さっきのサルーディーバの告白には顔色を変えたが、最初と変わらない態度でサルーディーバに接した。

 サルーディーバにもふくざつな事情があることは、ミシェルもすべてではないが、知っている。それに、背景がどうあれ、彼女がセシルたちをたすけてくれたことは、疑いようのない事実だった。

 

 「……それで、これから、アンジェリカに、久々に会ってこようと思っています」

 ルナの顔面には、「考え中」の札が下げられていたが、はっと気づいて札をしまった。

 「アンジェ、元気ですか」

 ルナの問いに、サルーディーバは苦笑し、

 「最近、やっと元気を取りもどして、外に出られるようになったそうです」

 「そうですかあ……! よかった!」

 ミシェルがほっとした顔をした。サルーディーバはかるく頭を下げた。案じていてくれたことを感謝したのだろう。

「あの子に良かれと思って、距離を置いてしまったことが、あの子にはこたえてしまったようです。――私はできれば、あの子には、あなたたちと親しくして、新しいものに触れていってほしい。だから、私は、親の反対を説き伏せ、あの子をL52の学校に行かせたのです。――私のそばにいれば、どうしても、L03の教義にしばられてしまう。環境が、そうですからね」

 物憂げに、デザートの白玉をすくい、器にもどし、をくりかえした。

 「姉として、いつもあの子の幸福を願っています。私は決して、彼女を信頼していないわけでも、拒絶しているわけでもありません。――でも、今の私のそばには、いさせたくないのです。私も、この宇宙船に乗ってから、私自身の価値観がおおいに揺れている。迷う私のそばでは、あの子も迷う――アントニオが、あの子の傍にいてくれて、ほんとうによかった」

 「……」

 「アンジェリカは、良くも悪くもまだ若いのです。まわりにいる人間に、それなりに影響される年頃です。ですから、私は、あの子にはよき影響があってほしいと願います」

 サルーディーバは、言葉を苦笑で終えた。

 

 ――最後。

 

 彼女の小さな口に運ばれる白玉をルナは見つめながら、ルナは唐突に思った。

 

 (サルーディーバが最後だ)

 彼女にもたらされる救いが最後。

 

(そうして、あたしは“月を見るの”)

 ルナの胸の奥にひびいた声は、月の女神のものだったか、ルナのものだったか。