六日目――朝。

 「夜の神」の星守りの日である。

 

 ルナは、朝からセルゲイと対峙していた。――正確には、夜の神と。

 

 「だめです」

 ルナは仁王立ちし、首が痛くなるくらい大きいセルゲイを見上げて言った。

 「だめですよ、夜の神さま。セルゲイが破産します。だから今日は、いっしょにはいかないのです」

 

 「……」

 セルゲイは、困っているようにも、悩んでいるようにも見えた。腕を組んだまま、しぼり出すような声で言った。

 「……でも、ごめん。今朝から、どうしてもルナちゃんを連れて、真砂名神社に行きたくて仕方がないんだ」

 アズラエルとグレンが、特訓にいったあとで、本当によかったと思う。セルゲイのこの台詞が、みんなのまえで言われていたら、確実にひと騒動あったところである。

 ルナの予感は当たった。

 夜の神様は、確実に、前回と同じようなデートをする気だ。

 前回のデートで、しんじられない金額をセルゲイにつかわせてしまったルナは、申し訳なさ過ぎて、今回ばかりは止めようと意気込んだ。

 浴衣にかんざし、下駄にと、夜の神様チョイスはとても似合うと評判だったが、これ以上はセルゲイが破産する。

 

 「破産はしないよ。貯金もあることはあるし、」

 「むだづかいはだめです」

 「無駄……」

 セルゲイも夜の神擁護にまわっているが、ルナはほっぺたをぷっくりさせて動かない。

 

 「ルナ、早くいこうよ」

 事情を知らないミシェルが催促する。

 「ン、ちょっと待っててミシェル――あ、いや、先に行っててもいいよ」

 ルナは言ったが、今度催促したのはクラウドだった。

 「早くいこう。はやく行かないとお守りが売り切れちゃうんでしょ」

 ルナはおめめをぱちくりとさせた。クラウドは、この五日間、お祭りにもお守りにも、とくに興味を示さなかった。ミシェルとデートをしたいがために祭りにつきあっていたというやつだ。

 「俺も、夜の神の星守りは欲しいんだ」

 このあいだのセシルの一件があってから、神仏は対象外だったクラウドが、夜の神の力だけはみとめたらしい。

 ルナは思わず、セルゲイを見上げた。セルゲイが笑ったが、それはどちらかというとにっこり、ではなく、ニンマリ、という笑みだった。

 ルナはごくりと唾を飲んだ。

 夜の神は、正面突破ができないときは、脇から奇襲をかけるらしい。

 

 「ちょ、セルゲイ、どこ行くの!」

 「真砂名神社じゃないの」

 ルナとミシェルは、車の後部座席で絶叫したが、セルゲイはシャインをつかわなかった。ルナたちを後部座席に押し込んでから、運転席に陣取ったセルゲイは、カーナビに、K12区のショッピングセンターを行き先として登録した。

 助手席のクラウドがなにもいわないのも、不気味さを感じさせる。

 「星守りの販売は、午後五時からでしょ」

 クラウドは問題ない、というようにシートベルトをした。

 「や――でも、あの――」

 ミシェルが遠慮がちに言った。ルナは、ミシェルの気持ちも分かった。なんだか今日のクラウドは、妙に迫力があるのだ。

 「心配いらないよ。かならずお守りは、もらえるからね」

 威圧感のあるセルゲイのほほえみまで向けられては、子ネコと子ウサギは縮み上がって、ちいさく返事をするしかなかった。

 「――はい」

 

 

 ――午後六時。

 ルナとミシェルは、信じられない光景を目にしていた。

 信じられない――いや、一生に一度、見れるか見れないか――「これが神の力か!」と心酔せざるをえないできごとが、めのまえで起きていた。

 

 クラウドが、拝殿のまえで涙を流して額づいているのである。

 あれほど神仏は「専門外だ」といい、興味がないうえに半分馬鹿にしていたクラウドが。

 どこぞの神官も真っ青な熱心さでこうべを垂れている。

 

 「俺は――夜の神なら信じてもいい。いや、誓ってもいい、夜の神が、宇宙史上最高の神であると俺は信じて――敬う!!」

 

 ルナとミシェルはぼうぜんと、拝殿に向かって土下座体勢のクラウドを見つめていた。

 道行く人が、クラウドを不審げに眺めていく。

 

 「ミシェルがピンクを着てくれるなんて――俺が、何度言っても着なかったピンクを――俺が買ったピンクの服を――ミシェルが着てくれるなんて!」

 

 「……」

 クラウドに絶対的な信仰心を植え付けた原因は、ミシェルがピンクのワンピースを着たところにあったらしい。

 ミシェルの頬がヒクつくのをルナは見た。

 しかしミシェルは、夜の神が怖かったから、嫌々ピンクを着ているのではない。

ミシェル自身も、この色は気に入ったから、着ているのだ。このワンピースは、ミシェルにとても似合っていると、ルナも思う。ルナがよく身に着けているピンクらしいピンクではなく、サーモンピンクをさらに落ち着かせた色合いだったが、ミシェルにはすごく似合っていた。

もちろん夜の神様チョイスである。ルナの浴衣コーディネイトといい、夜の神様は、だいぶセンスがいいらしい。

 

 

 数時間前にさかのぼる。

 ルナたちは、夜の神入りのセルゲイとクラウドに連行されてK12区に来ていた。

 そこからはじまったのは、ルナが予想したとおりのデートである。

 セルゲイとクラウドは、どうかしてしまったかのように、ルナとミシェルに次々と服や雑貨やらを買い与えた。

ミシェル命のクラウドは、普段から誕生日ならずとも、ミシェルへの贈り物を欠かすことはないのだが、そんなクラウドに慣れたミシェルも、「もういい! もういいから! 破産する!」と叫ぶほどの気前のよさだった。

 

ルナとミシェルは、最初のうちこそ喜んでいた――K12区に買い物に来るのも久しぶりだったし、秋物が欲しいと思っていたところだった。

「え? 買ってくれるの。ありがとう!」

ミシェルがかわいいなと手に取った、ミディアム丈の秋コートを――ルナが手に取った、シフォンスカートを――「買ってあげる」と微笑んで言ったところまでは、たぶん、クラウドとセルゲイだったと思う。

その後は、――ルナとミシェルの顔色が、バラ色から青くなるまで、そう時間はかからなかった。

自分の両手とルナミシェルの両手でも足らず、店員の両手も借りるほどの買い物をした男たちは、「うらやましいですね〜、こんな素敵なカレシに、あたしも貢いでもらいたい!」と叫んだ店員の言葉がはんぶん本音が入っていたことを気付いていたかどうか。

 

しかし、夜の神のチョイスはルナとミシェルも感嘆するくらい趣味のいいもので、クラウドとセルゲイのリクエストを受け、ミシェルは、自分なら絶対選ばないピンクのワンピースにパステルカラーのカーディガン、ルナは黒いレースのワンピースという装いにチェンジした。

自分に似合わないと思っていた色でも、形やデザイン、色味を変えれば似合うことを二人は知り、そこだけは大いに喜んだ。

ルナは、かつてセルゲイが選んだピンクの水着を思いだし、「あのときも夜の神様が選んでくれていたら……」と呟いてしまったせいで、セルゲイの足が水着売り場に向かいそうになって、ミシェルと二人がかりでセルゲイの腕にしがみつき、なんとか夜の神の暴走を止めたのだった。

 

しかし、そんな暴走などささいなことだった。クラウドの変化にくらべたら。

 ミシェルが素直にピンクのワンピースを着たときから、クラウドのテンションは急上昇しだした。

 ピンク姿のミシェルを見つめ、感激のあまり涙ぐんでいるクラウドは、ルナもセルゲイもちょっと気持ち悪いと思った。ミシェルははっきり「キモイ」と言った。きっと夜の神もそう思ったのだ。クラウドのテンションが上がり出したとたんに、彼の気配が失せたとセルゲイは言った。

 それから、この顛末である。

 

 自動車のトランクにパンパンにつめこまれた服や靴、雑貨――入りきらないものは届けてもらうように手配し、セルゲイとクラウドは満足げだった。

高級中華料理店ですこし遅い昼食をすませたあと、やっと彼らは真砂名神社に向かった。

 ルナもミシェルも、夜の神様はすごいなあと思ったが、拝殿前で、注目を浴びながら土下座しているクラウドに関しては、いますぐ他人になりたいくらいだった。

 

 「ほら、神様のいうとおり」

 セルゲイが、四人分の夜の神の星守りをゲットして、もどってきた。ルナたちは礼を言って受け取り、中を覗いた。黒い守り袋に、純黒の玉が入っている。

 「わたしたちが最後だって。ちゃんと神様が、取っておいてくれたみたいだね」

 六時にきて、完売である。ルナとミシェルは顔を見合わせた。いままでも、たった一時間でなくなっていたということか。

 「夜の神様が言ってたけど、あしたは手に入れるのが難しいかもしれないから気をつけろって」

 「ええっ!?」

 ルナとミシェルは声を上げた。明日は「月の女神」のお守りだ。

 「月の女神様のは、恋愛成就のお守りだから、女の子が殺到するかもしれないって。しかもデザインもピンクでかわいいし、これだけを狙ってくる参拝客は今までの三倍くらい。気を付けないとあっというまに売り切れちゃうって」

 ルナは口をO型にあけた。