次の日である。 

 午後三時、ルナはすわった目をして真砂名神社の拝殿のまえで待機していた。

 今日は絶対に、手に入れなくてはならない。

 「月の女神」の星守りであることも絶対に手に入れたい理由の一つだが、今日はミシェルが一緒に来れなかったのだ。

 先日電話をよこした友人に呼び出され――明日、宇宙船を降りるという彼女に――ミシェルは断ることもできず、泣く泣く出かけて行った。

 手芸教室で一度会っただけの、友人と呼べるかもわからない人間である。

 どうしてこんなタイミングで、とミシェルは何十回も言っていたが、ルナもミシェルの気持ちはすごくわかった。今回はどうも、あちらこちらから邪魔が入りすぎる。

 自分は行けないけど、なんとしてもゲットしてくれと涙ながらにミシェルに懇願されたルナは、万全の準備態勢で、星守りゲットにのぞんだのだった。

 二時には、真砂名神社の拝殿に、ルナは到着していた。

 今日は、手に入れられないとなったら、代わりにくれるかもしれないひとはどう考えても思い浮かばない。

 「月の女神」の化身は一応、ルナである。

 (あたしがあたしで、あたしの星守りをゲットできないって、どうなのかな神様!?)

 ルナは念のため、わざわざ奥殿まで行って、月の女神の火が灯った柱に、

 「今日はぜったい、星守りがもらえますように!」

 とお願いしてきた。

 実は今朝、ZOOカードで“月を眺める子ウサギ”を呼び出し、「今日はどうしても星守りが欲しいの!」と訴えようとしていたルナだったが、うさこは現れなかった。

 

 トイレに行きたくなるからと、なにも口にせず拝殿でうろうろしていたルナだったが、やがて、どうしてもトイレに行きたくなって、仕方なく一度階段を降りた。トイレは、階段の下にしかない。拝殿や、イシュマールの部屋がある方は、祭りの間は立ち入り禁止で、トイレも借りられない。

 階下のトイレもだいぶ混んでいた。

 ルナがようやく用を済ませて階段を上がると――授与所の前にひどい行列ができていた。

 

 「えええ!?」

 ルナはあやうく叫ぶところだった。

 星守りの授与は午後五時から――まだ、四時半である。想像を絶することが起きていた。行列は、授与所の前から、階段まで伸びていた。ルナが見つけた最後列は、階段の中ほどまで。今できた行列ではない。ルナが拝殿でうろうろしていたときから、もうとうに、たくさんの人間が並んでいたのである。

 

 (こんなのってないよ!)

 ルナは半泣きで、それでも行列に並んだ。

 ルナの番が来たのは五時半すぎで、ルナの順番が来るだいぶまえに、星守りは売り切れていた。がっかりどころの騒ぎではない。ルナは、昨日のクラウドではないが、拝殿に乗り込んでいって、「ひどいよ神様―!!」と人目もはばからす叫ぶところだった。

 さすがに今日は、買っておいてくれる人も見当がつかなかった。

 ルナはさすがに泣きべそをかいた。

 (二時から、ここで待ってたのに……)

 

 完全にすべてのやる気をなくし、抜け殻ウサギになったルナ。

帰ろうと、トボトボ階段を降りはじめたルナの肩を、だれかが叩いた。

 (おじいちゃんかな!?)

 それとも、カザマさん――期待を込めてふり返ったルナの視界に入ったのは――意外や意外――。

 

 「ヤンさん!?」

 ルナは意外すぎて絶叫したが、ヤンは照れ臭そうにわらった。

 

 「こないだはどうも」

 ヤンは無骨な笑顔を浮かべ、

 「すいません。待っててって言われたのに待ってられなくて――ちょうど仕事で呼び出されたところだったんで、」

 呼び止めた人間が意外すぎて口をぽっかりあけていたルナだったが、バーベキュー・パーティーでのことを思い出して、あわてて自分も詫びた。

 「う、ううんっ! こっちこそごめんなさい。ヤンさんの都合も知らずに勝手なこと言って……」

 「いいンス。ところでひとりなんスか? めずらしいですね」

 「うん――」

 ルナはちょっと――いや、だいぶ気落ちした表情で、「月の女神」の星守りを手に入れられなかったことを話した。

 

 「え? もしかして、ルナさんもパンフ見て来たんスか」

 ヤンが片手に持っていたのは、あの無料パンフレットだった。彼は開いたページを表にして丸めていた。そこには、ルナとミシェルも見た星守りの写真があった。

 ヤンがピンク色のお守りを指して言った。

 「もしかして、これのこと?」

 「あ、そう、これこれ! ミシェルと一緒に毎日来て集めてたんだけど、今日はすごいひとで……あたしの順番が来たときにはもうなくなってたの」

 がっかり顔で言ったルナのめのまえに、星守りがふたつ、差し出された。

 

 「じゃあ、これあげますよ」

 「ええっ!?」

 どうして、ヤンが持っているのだ。

 「いやァ――このあいだのバーベキューでカノジョできなかったの、俺とラウだけだったんで、恋愛のお守り買っていこうかなって。あんなに並んでたのは俺もビビったけど――ちょうど二人分あるから、あげるよ。ミシェルさんも集めてたんですよね」

 「で、でも、せっかく買ったのに……」

 「いいよ。全種類集めようとしてたんだったら、今日だけ手に入らねえって、なんか悔しいでしょ」

 ヤンは、ルナの小さな手のひらに、お守りを押し込んだ。

 (なんで……ヤンくん?)

 ルナはうさこに尋ねたが、こたえが返ってくるわけはなかった。

 しかし、今日はもう、ぜったいに無理だろうと思っていたお守りが手に入ったのは、ほんとうに嬉しい。

ルナはお守りをじっと見つめてから、「ありがとう!」と笑顔を見せ、大切そうにバッグにしまった。

 

 ヤンは、照れた顔でルナを見ていた。

 まさか、ヤンから星守りをもらえるとは思わなかったルナだったが、お礼もせず別れるわけには行かない。すでに恒例行事である、お食事のお誘いを、勇気を振り絞ってしてみた。

 「あのっ、あのね、……嫌でなかったら、なにかごちそうさせて! 今日は忙しいですか!?」

 「え――マジ!?」

 ヤンのほうが、信じられないと言った顔で目を剥いた。