「いっつも五人であちこち行ってたからさ。アイツら、彼女できちまって、俺とラウだけ残されてさ、なんか急にさみしくなっちまった」

 「わかる。あたしもね、アズとうまくいくまえは、周りがラブラブだったから、きつかった!」

 「だよなァ。お守りでカノジョできりゃ世話ねえけど、神頼みしたくもなるぜ」

 「あはは!」

 

 食事の間に、ルナはすっかりヤンと打ち解けていた。ふたりが入った先は、ルナがこのあいだセルゲイ(夜の神)に連れて行ってもらったステーキ・ハウスだった。ヤンも肉は好きだったし、ボリュームたっぷりのステーキ・セットがずいぶん安く提供されていた。

 このあいだはなかったから、祭りの間だけのとくべつなセットだろうか。

 ルナは生ビールもつけて、ヤンと乾杯した。

 「信じらんねえ……ルナさんとメシ食ってるなんて」

 ヤンは最初こそ緊張していたが、アルコールが入り始めると次第にあかるくなって、敬語もくだけてきた。店を出るころには旧知の仲かと思うくらいなかよしになっていた。

 「マジで、また今度、遊びに行ってもいい?」

 「うん。いつでも来て。なんだかうちは、いっつもいっぱい人がいるけど、」

 「やった! チャンさんに内緒で行く」

 「な、内緒なの」

 「うん。チャンさんばっかり、遊びに行ってずるいよ。俺たちも誘ってくれりゃいいのに」

 ヤンは固辞したが、ルナはお守りのお礼だと言ってなんとか支払い競争に勝ち、ヤンにご馳走することができた。たしかにここの店は全体的にお高めだが、食べたセットは千五百デルだ。それにビールと一品つけた程度。

 星守りをくれたヤンには、もっといいものをご馳走したってよかったルナだった。

 

 「もう一軒行こうぜ。今度はうまい酒飲める店に連れてく――あ、でも、あんまり遅くなるとアズラエルさんが心配するよな」

 「だったら、アズたちも連れていこ」

 「ああ! マジでうまい店があるんだ。中央区だけど、俺のシャインつかって行こう――そうだな、アズラエルさん呼ぶなら、ラウも呼んで――」

 ヤンがポケットから携帯電話を取り出す。

 店を出た――ほんとうにすぐだった。

 

 「金がねえってどういうことだよ!!」

 怒鳴り声がして、ルナはぴーんとのけぞった。

 八時も過ぎて、道はだいぶ暗くなっている。このステーキ・ハウスは小路にはいったところにあるので、道を照らす明かりが足りず、人影しか見えなかった。

 「てめえがイイトコのお嬢だっていうからつきあってやったのに、ウソついたな!?」

 「ウ、ウソじゃないわ――でも、今はローンの支払いが多くて、お金が足りないの。ほんとよ!」

 あたしの姉は有名企業の秘書だし、義理の兄は軍人よ、と女の声が聞こえた。

 「そんなこと知るか! てめえに金がねえなら意味ねえだろうが!」

 「だ、だから、あたしが奢るから――でも今は少しお金が足りないから、別のところに行こう? このステーキ・ハウス、高そうだし……」

 「ショボいこと言ってんじゃねえよ、金がねえなら借金でもしてこい!」

 「そんな……きゃっ!」

 「金のねえ女に用はねえんだよ!」

 あきらかに、男が女を殴ったのが、音でもわかったし、シルエットでもわかった。

 ルナが何か言うまえに、ヤンが飛び出していた。ルナも慌ててあとを追う。

 

 「なにをしてるんですか!」

 ヤンが駆けてきたのを見て、男がぎょっとして身を引いた。ヤンは体格だけで抑止力がある。男はスーツ姿で身なりはいいが、顔は小ずるいモグラのようだった。

 (こいつのZOOカードはモグラです!)

 ルナは確信したが、モグラ連中からしたら、一緒にされたらモグラの品位が下がる、とでも抗議されそうなくらい品位のない顔だった。今していたことでも、品位のひの字もないのが丸わかりだったが――。

 

 「俺は宇宙船の役員です。――今、この方を殴っていましたね」

 「み、見間違いだろ――」

 男は、スーツの襟を正して、逃げるように走り去った。

 「あ、こら! 待ちなさい!」

 ヤンが追いかけようとしたが、この場に残され、ついに泣き崩れた女のほうに気を取られて、追いかけるのをやめた。

 「だ、だいじょうぶですか――」

 

 (あーっ!!!!!!)

 ルナはあやうく、絶叫するところだった。宇宙にまで届くような声で。

 

 泣き崩れている女性はイマリだった。真っ赤なワンピースを着て、ルナも知っているブランド物のバッグを肩から下げて――。

 ここは袋小路のドンづまり。暗くて、イマリはルナに気付いていない。

 「泣かないで。だいじょうぶ? ケガはしてないですよね?」

 「は――はい」

 イマリは泣き顔を上げ――ヤンと目があった。

 (あ)

 ルナはその瞬間、ふたりに、恋のキューピッドが矢を刺したイメージ映像を勝手に想像した。

 ヤンも、一瞬で恋に落ちたようにかたまったし、イマリも細い目をいっぱいに見開いた。

 ルナは、脳内だけでガッツポーズをキメた。

 

 「ヤンくんっ!!」

 ルナはなぜか敬礼した。

 「今日はありがとう星守り! 楽しかったよ! では、その方を無事に保護してあげてね!」

 「え? あ、ああ……」

 (彼女ができると、いいね!)

 ルナは、最後の言葉を口パクで言ったのだが、ヤンに意味は通じたようだ。彼は真っ赤になって、イマリとルナを、交互に見た。イマリのほうは、ヤンにウットリだ。

 「じゃあね、ヤンくん!」

 「あ、ああ――気をつけてな」

 ヤンは、戸惑い顔でイマリとルナを交互に見続け、あわてて、「送れなくてごめん!」とルナの背に向かって怒鳴った。ルナはだいじょうぶ、の意味を込めて、大きく手を振った。

 

 ルナはイマリに気付かれるまえに、慌てて袋小路を抜け出した。イマリがルナの存在に気付いてしまったら、うまくいくものもいかなくなるかもしれない。ルナは姿を消した方がいい。

ルナは、真砂名神社の階段をおおはしゃぎで駆けあがった。

 イマリがルナに気付かなかったのは、普段と違うルナの格好もあっただろう――今日はめずらしく、ルナはショートパンツにぴったりTシャツで、髪もポニーテールにしていた。イマリは、髪をおろして、ワンピース姿のルナしか見たことがないから、気が付かなかったのだろう。

 ルナは威勢よく拝殿でお参りをし、「ヤン君とイマリがラブラブになりますように!」と絶叫した。そして、心健やかに、シャイン・システムで家路についた。

 K27区についてから、ひとけのない道を、バッグを振り回しながら大興奮で歩いた。

 「うさこすごい! うさこすごい! うさこすごい!!」

 ルナは帰ってから、うさこの武勇伝をみんなに伝えねばと意気込んだのだった。