「いいえ。なにかあります」

 サルーディーバは、確信に満ちた声で言った。

 「ペリドットに会いに行ったときに、彼はわたくしにこう尋ねたのです。『おまえは、自分の家のルーツをなにひとつ聞かされてはいないのか』と」

 「――!」

 「わが生家には、必ずやなにかあります。それに、もうひとつ気になることがあります。ヒュピテムが言っていたことです」

 

 ヒュピテムは、サルーディーバの生家である「エルバ家」の親族であり、長くサルーディーバに仕えてきた王宮護衛官だった。

サルーディーバの蟄居中も、王宮を離れ、彼女につかえていた。アズラエルとグレンをガルダ砂漠でたすけたときも、その場にいたメンバーのひとりである。

だから当然、メルヴァのことも幼いころから知っていて、メルヴァが革命を起こしたときはともに立った。

 

メルヴァの革命やなすことは、むしろサルーディーバのためであると信じて、彼女の情報をメルヴァにおくり続けて来たのだが、自分を含む付き人全員がL03に帰されることを知らされたとき、彼はその原因が、自分のスパイ行為が発覚したためだと悟った。

彼は、サルーディーバにスパイであったことを告げ、自害しようとしたのだった。

それを止め、ヒュピテムに役目を与えたのはサルーディーバだった。

そして、メルヴァの目的をヒュピテムに教えたのも。

ヒュピテムは、ユハラム同様、メルヴァからすべてを教えられているわけではなかった。ヒュピテムは、メルヴァが行っていることが、この世界に改革をもたらし、平和に導くという信念のもとにあると思っていた。

しかし、今では自分のまったく理解及ばぬ事態になっていることを知り――メルヴァがルナという少女を狙うということは、彼には理解しがたいことだった――自害の剣を床に置いたのである。

 

彼は、真砂名神社の祭りでもらえる星守りのことは知らなかった。ヒュピテムとユハラムは、互いのスパイ活動のことは知らず、ユハラムのことを知ったヒュピテムは愕然としていた。ヒュピテムはサルーディーバに役目を与えられたことを喜び、与えられた任務が終わった暁には、ユハラムを守ることまで誓ってくれた。

 

結局、星守りの一件は、ヒュピテムも知らぬことだった。

ユハラムが、アンジェリカがかえした最後の星守りを、メルヴァに送っていた。

アンジェリカもサルーディーバも、その行為をとがめなかった。星守りを送らなければ、ユハラムがL03にもどったとき、死の危険にさらされる可能性が高くなる。

しかし、メルヴァが星守りを必要とした理由も経緯も、まったくわからない。

ヒュピテムは、星守りの送り先であったラフランが、どうしてL03にいるのか、不審がっていた。彼はメルヴァの傍にいるはずだった。

当然、アントニオにも報告したが、メルヴァが星守りを必要とした理由は彼もわからないようで、「いったい、何につかおうとしてるんだ……」と不審がっていた。

 

そして出立の日、ヒュピテムはひそかに、「ずっと気になっていたことが……」と、サルーディーバに告げたのだった。

 

「ヒュピテムは申しました。おそらく、わたくしは、地球行き宇宙船のチケットが、“当選”したのではありません」

「――え」

「ヒュピテムも、たしかなことは分からないと。でも、わたくしたちに来たチケットは、長老会がわたくしを追い出すために購入したものではないし、現職サルーディーバ様でも、メルヴァでもなく、だれかれが買ったものではないというのです。もちろん、当選したのではないと。わたくしもはじめて知りましたが、チケットに書かれている名前は、当選した方の名前は緑、購入したチケットの場合は、青色で書かれているようですね」

「え?」

それは、アンジェリカも知らないことだった。

 

「わたくしのチケットは金で名が記入されていたと――金とは、なにを意味するのでしょう? 当選したものではなく、購入したものでもない。ヒュピテムは、わたくしが高貴な身分でありますし、特別派遣役員がつく身分であるから、特別なチケットだと思っていたようですが、わたくしは、そうではないと考えました。

ヒュピテムは、たしかに、わたくしの生家で、あのチケットを見たというのです。わたくしの幼いころです。

それで、わたくしの両親が、わたくしがいつか、宇宙船に乗るときのためにこのチケットがあるのだと、そういったそうです。ヒュピテムはわたくしの十歳うえですから、王宮護衛官になりたての頃だったかもしれません。ですからヒュピテムは、わたくしが地球行き宇宙船に乗るということを、とうの昔から知っていたのです。

彼は昔見たチケットが、金で名前が書かれていましたから、自分の搭乗チケットが、金ではなく青色で書かれていることを不思議に思って、メリッサに尋ねたら、そう答えが返ってきたそうです」

 

アンジェリカは言葉も出なかった。

てっきり、姉が真砂名の神から、「地球行き宇宙船に乗れば、ルナという少女が救ってくれる」という神託を受けた時点で、チケットが当選したのだとおもった。その程度の奇跡は、真砂名の神に仕えてきたアンジェリカたちにはめずらしいことではない。

だが、そこが盲点だったようだ。すべてを奇跡で片付ける安直さが盲点を生んでいた。アンジェリカは、チケットが「最初からあった」などということは、思ってもみなかった。

ある日、長老会がやってきて、サルーディーバを宇宙船に乗せることを提案してきたのだ。そのわずか数日後にメリッサがやってきて、宇宙船に乗った。

付き人のチケットは、すべて長老会が手配した。

そうだ。あの時点で、サルーディーバとともに乗る相方が、ユハラムでもよかった。なぜアンジェリカがいっしょに乗ったのかというのは、姉の希望もあったが、すでにアンジェリカもいっしょに乗ることが決められていたからだった。

アンジェリカは、チケットの入手経路も、自分が「はじめから」サルーディーバの同乗者と定められていたことにも、なにひとつ疑問を持たなかった。

 

そういえば、チケットは、だれが持っていて、メリッサに渡したのだろう。

長老会? ユハラム? ヒュピテム?

すくなくとも、アンジェリカやサルーディーバではない。

 

 チケットをメリッサに渡したのが、自分たちの両親だとしたら――。

 

「わたくしは、ペリドットの言葉といい、ヒュピテムの言葉といい――生家にはなにかあると思いました。ですから、ルーツを、尋ねてみようと思ったのです」

「ルーツ……それが門外不出だったら?」

ヒュピテムが行っても、教えてもらえなかったら、とアンジェリカは言ったが、サルーディーバは「承知の上です」と言った。

「ヒュピテムの自害を止めるために役目を与えたのです。無理だったら、わたくしが自分で聞きましょう。――けれども、ヒュピテムはわたくしたちと血が近い。もしかしたら、両親も話すかもしれません」

「……」

「ヒュピテムにも、ユハラムにも、メリッサにお願いして宇宙船の役員をつけていただきました。彼らはもう、宇宙船には乗れませんから、役員の方を通じて、書物や情報が届けられるでしょう。ふたりが無駄に命を落とさないよう、見守っていただく役割もあります」

アンジェリカはほとほと感嘆して、頼もしい姉を涙目で見上げた。

――そうだった。蟄居中の姉は、いつもこうして、皆を励まし、道をつくってくれていたのだ。

 

 「そして、ほかの皆には、メルヴァがL03にもどるまで、決してくじけず現職サルーディーバ様をお守りするよう、そう言い聞かせました。死んではならぬと」

 「メルヴァが――L03にもどるの!?」

 アンジェリカが絶叫したところで、サルーディーバは力強い声で言った。

 「あの子は、決して今のL03を放置しておくような子ではありません」

 「でも――メルヴァには、ラグ・ヴァーダの武神が――」

 

 サルーディーバもアンジェリカも、やっとカザマから、太古の伝説を聞けたのだ。ラグ・ヴァーダの物語、そしてアストロスの物語を。

 メルヴァにはラグ・ヴァーダの武神が宿っている。もはや、昔のメルヴァでないというのは、そういうことなのだ。