フライヤは、めのまえにそびえたつ――と言えばずいぶんおおげさだが、いかめしい面がまえの男性をおびえた目で見つめた。 見つめたというのはおこがましい。見つめたというのは最低五秒でも相手を見ていなければ見つめたとは言わないだろう――フライヤは0.0001秒くらいでそらした。 怖かったからだ。決まっている。 茶褐色の短い髪に日焼けした精悍な顔。顔立ちは十分すぎるほど整っているが、その分迫力があった。 (だいじょうぶ――だいじょうぶ。この人、アイリーンより背が低いわ) アイリーンは想像を絶する百八十八センチである。エルドリウスより高い。 めのまえの軍人は、百八十そこそこと言った具合か。 「フライヤ・G・ウィルキンソン少尉!」 「は、はいい!!」 フライヤは、大きなデスクに座った、縦も横もボリュームたっぷりの、赤毛の大佐の大音声に上擦った声を発して直立不動した。 「彼は、スターク・A・ベッカー中尉である! 今回の作戦では、彼の一個小隊が君の指揮下に入る」 スターク中尉は無表情で敬礼したまま、大佐が座したデスクを超えて、後ろの窓の外を見ているようだ。 (不愉快なんだわ……当然だよ、初陣なうえに階級が下の少尉の指揮下にはいるなんて――) フライヤは早くも胃が痛かった。 「階級はスターク中尉のほうが上だが、これはミラ様じきじきの命である! スターク中尉、任務を全うするように!」 「はっ!」 スタークの返事の後、巨躯の大佐は細く鋭い目でフライヤをにらんだ――にらんだように、フライヤには見えた。 「はい!!」 フライヤは、上背のある逞しい中尉を見上げ、肉団子のような大佐を見てから、悲鳴のような声で敬礼した。 (――スターク? 中尉?) 敬礼してから、どこかで聞いた名だな、と首を傾げた。 「ウヒョー! フライヤ、フライヤだよな!? 間違ってねえよな!?」 部屋を出たとたんに、かしこまった顔つきのスタークの顔面が、崩れた。満面の笑顔で、フライヤの両肩をつかんだ。 「スタークさん――もしかして、オリーヴのお兄さん!?」 「当たり!」 どこかで聞いた名、どこかで見た顔、当たり前だった。スタークはアズラエルそっくりだし、オリーヴの口から、女たらしの兄の名はしょっちゅう聞いていた。 よく聞いてはいたが、実際に会うのは、これがはじめてだった。 「はじめまして! スタークだ! オリーヴの兄貴!」 スタークは勝手にフライヤの手を取って握手をし、背を叩いて笑った。さっきの恐ろしげな迫力は、すっかり失せていた。 「初陣だってなァ。心配すんな。俺がいるからには大船に乗った気持ちでいろ。まァ、気楽にいこうぜ、フライヤ!」 気楽にはなれないフライヤだったが、スタークの気さくさに、肩の荷が下りたのはたしかだった。 ここはL05の、L20陸軍駐屯地である。 L03に一番ちかい惑星であるL05を中継地にして、L03に出兵する。この駐屯地はもともとL18の陸軍がつかっていたところだった。 L18の軍が撤退したあとは、原住民に荒らされるだけ荒らされて放置されていた。そこをL20の軍が管理し、駐屯地として使用している。 かつて辺境の惑星群はほぼL18が担当していた――L18が弱体化したあとは、L03だけではなく、L05の治安も悪くなっている。 (……協力が必要だわ) フライヤは、それを痛感していた。 L20だけでは力が足りない。L05でも、L03でも、親地球派の原住民の、協力が必要だ。戦争のためではない。自分たちの住処を守るため――治安維持のためのものだ。侵略目的ではない。 もともと、軍事惑星群はそのためにつくられたもののはずだ。 スタークの部屋はずいぶん散らかっていた。ベッドと机だけのシンプルな、狭い部屋だ。 「訓練でなかなか帰ってこれなくてよぅ。片付ける暇なんかありゃしねえ」と彼は言いわけをし、脱ぎ散らかした服をまとめてベッドに放り投げると、マグカップをふたつ持ち出して、インスタントコーヒーをつくってくれた。コーヒーが苦手なフライヤだったが、飲めないとは言えなかった。 コーヒー渋だらけのマグを両手でかかえ、フライヤは促されて机に付属の回転いすに腰かけた。スタークはベッド脇に腰かける。 「“サスペンダー”大佐、――ああ、さっきのひとサスペンサー大佐ってンだけど、サスペンダーつけてるからサスペンダー大佐ってみんなで呼んでンだ。なかなか話の分かる奴だぜ。糖尿気味なのに、甘いもん好きでさあ。フライヤもアイツにコーヒー出すときはぜったいシュガー一本でつくるんだぜ。新入りが来たら何も知らねえと思って、三本いれるように指示するからな。あ、でも、フライヤはあいつのコーヒー係にはならねえか。ミラ様じきじきの指令ってンで、あっちもちょっと緊張してんだ。声、妙にデカかったろ、」 さすがは、オリーヴの兄だった。喋り出したら止まらない。スタークは、外見は兄アズラエルにそっくりだが、中身はオリーヴだった。 フライヤは笑い、スタークが濃いコーヒーに口をつけて、おしゃべりが止んだところでやっと自分も聞きたかったことを聞こうとした。 「あの、」 「うん? ――あ、今のうちに謝っとく。おふくろにもオリーヴにも言われてたんだけどよ、いやなに、オリーヴのダチがL20にいるから、会いに行けって言われてたのに、なかなか行けなくて悪かったな。ずっとL42に連泊で――俺特殊部隊だし、特殊部隊ってのは――まァいいや。それで?」 フライヤは噴き出すところだった。 「――秘書課のスタッフには、一個小隊がつくって言われてて、」 もしかしたら、今回だけではなくて、これからスタークさんの小隊がわたし直属の隊となってくれるということらしいのだけれども――ということを言いかけたフライヤは、またしても最後まで言わせてもらえなかった。 「ああ! そのこと。俺も、秘書課スタッフの小隊になれって言われたから、どんな気難しいやつがくるかって内心ハラハラしてたんだけどよう。フライヤじゃねえか! 俺もほっとしたし、フライヤもそうだろ? まァ、これからはなんでも俺を頼れ!!」 スタークは、グビグビとコーヒーを飲み干しながら、大きな声で笑うのだった。フライヤはついに我慢できずに噴き出した。 ミラの秘書室の人員は、軍人と、いっさい軍事にはかかわらない政治専門のスタッフと、二種類が存在する。 ミラは首相でもあり、L20の陸軍の大佐でもある。 秘書課のスタッフで軍部の階級を持っている者には、個人的に動かせる小隊がつけられるとフライヤは聞いていた。フライヤの初陣に当たって、いよいよフライヤにも小隊があてがわれたわけだが、フライヤは内心ヒヤヒヤものだった。 なぜなら、秘書課のスタッフと言えば、全員貴族出身者の、由緒正しいお家柄の人間ばかりである。 子飼いの小隊というのは、個人的に動かせるちいさな軍隊――昔からの知己や、貴族軍人の家の縁故でえらばれる人間が率いる小隊であり、秘書課になってからつけられるというよりかは、生まれつき小隊を保有している貴族が秘書課に入る――ようするに、そういうお貴族様でしか秘書課には入れない――ものだから、フライヤは、自分にはつけられないと思っていたのである。 ミラがフライヤにもつけるといったときは、エルドリウスが間に入り、ウィルキンソン家縁故の人間が紹介されると思っていた――事実、エルドリウスは、「私の信頼できる人間を選ぼう」と言ってくれたのだ――だが、予想はおおきく裏切られた。 どちらかというと、いい方向に。 まさか、傭兵出身者で固められた特殊部隊を与えられるとは。 フライヤは、ひとに命令する立場になったのだが、まだ命令できるほど気が大きくなってはいない。 おまけに、貴族軍人の小隊を自由につかえと預けられたところで、さっそく恐れが先にたっていたかもしれない。 傭兵相手だって、へっぽこ落ちこぼれだったフライヤが、エリート傭兵の集団で、指揮官づらができるかどうかは難題だったが、それでも、貴族の集団よりはずっとましだ。 しかも、小隊のボスであり、これから先フライヤの相談役になってくれるであろう人間が、オリーヴの兄だと知ったさっきは、その場にへたりこみそうになったくらい、安心した。 まだスタークがどんな人物かもわからないフライヤだが、今話している分には気さくであることは違いないし、あの一家に対してフライヤが持っているイメージは、かぎりなく良好だった。 |