「おまえは、俺にとって“図書館”みてえなもんだもん!」

 

アルフレッドは知識の宝庫。いつも、ケヴィンの知りたかったところ、足りないところをすぐさま差し出してくれる、貸出カードいらずの、生きた図書館だとケヴィンは言った。

ビアードを尊敬しているアルフレッドとしては、彼のつくった偉大なる美術館の図書館版――かつて太古の地球、アレクサンドリアにあった世界最大の図書館のような――世界一の蔵書をほこる図書館をつくってみたい――という、人に話したら笑い話にされるか、あきれられるかするぐらいで、本気にはされないだろう夢を持っていたので。

「図書館のネコ」という名称は、すぐさまその夢に直結したわけだが。

 

(まあたぶん、ケヴィンのいうことのほうが、正解だろうな)

自分はおそらく、ケヴィンの“図書館”なのだ。

 

そういうわけで、次の日の母屋への訪問はすっかりあきらめていたアルフレッドだったが、その後、意外な展開となった。

毎日恒例のインタビューを終え、ケヴィンとアルフレッドにテープ起こしをしてもらうために部屋をおとずれたバンクスは、想定外のことを口にした。

 

「アミザさんが、明日はちゃんと来てくれって、アル、おまえに言ってたよ」

バンクスは、つかれて血走った眼に戸惑いもふくめて、ふたりを見つめた。

「それから、“小説家志望の”ケヴィンくん。君も、どうせなら遊びに来てもいいってさ――お茶菓子くらいはあるよって話だ。そのかわり、アミザさんの学生時代の後輩って態度はくずさないこと。それは厳守。――書斎で、なにか面白い本でも見つけたのか」

語尾は質問だった。ケヴィンもアルフレッドも、おどろきに目を丸くする方が先で、一瞬の間をおいてから、「い、いいんですか!?」と深夜という時刻も顧みない大声をあげた。

さいわいにも、この高級ホテルの防音設備は完璧だった。

「アミザさんが、インタビューの前に、この話を持ち出した。――あのひとがいいっていうんなら、俺が反対する理由はない」

アルフレッドはバンクスのために淹れた、特別に濃いインスタント・コーヒーを差し出してから、言った。

 

「ツヤコさん――あの、僕が保護したおばあさんの名ですが――彼女の話もおもしろかったんですが、なにより僕、ルーシーの名前を見つけちゃったんです。マッケラン家の歴史書の中に」

「ルーシー」

バンクスは記憶をたどるような顔をした。アルフレッドが説明した。

「ルーシー。ルーシー・L・ウィルキンソン。地球行き宇宙船創設期のころに活躍した経済人です」

「――ああ、なんとなく知ってる。ビアードのほうが有名だろ。地球行き宇宙船に世界最大の美術館をつくったっていう」

「そうです! 僕はビアードの大ファンなんですが、彼女がいなければ、ビアードもなかったし、あの美術館もなかったって言われています」

アルフレッドは大興奮で語った。

 

「僕は、地球行き宇宙船で、彼らのつくった美術館に行ってきました。そこに、ふたりの歴史を中心に展示した部屋があるんです。年表やら、ルーシー自身が描いた絵がかざってある――ビアードの歴史は、映画にもなってるし、ちゃんと彼の日記などものこっているんですが、ルーシーのほうは謎が多いんです」

「映画、俺も見たよ」

バンクスは珍しく、世間話をつづける気があるようだった。

「色っぽい姉ちゃんだったなァ。だけどあの映画じゃ、一大事業を築いた経済人ってよりかは、なんつうか、夫やマフィアの愛人を利用して、色気でのしあがった女のように見えて仕方ねえ」

「そうなんです……」

アルフレッドも肩を落とした。

「僕は、ルーシーはあんな人じゃなかったって思っています。ルーシーの事業が大成功したのも、パーヴェルやアロンゾ、アイザックとか、ビアードの力が大きかったっていう意見も、分からなくはないんですが――そんなんじゃないです。絶対。ルーシーは、お飾りの社長なんかじゃなかった」

いつも断定を避けるアルフレッドにしては、毅然とした言い方だった。

「ルーシーは、男を使ってのしあがった人間ではないと僕は思います」

「――で、おまえがいつか、ルーシーの伝記を書くのか?」

バンクスとケヴィンのニヤニヤ笑いに、アルフレッドは、いつになく自分が熱弁していたことに気付いた。そのことに頬を赤らめながら、

「ぼ――僕には、ルーシーを魅力的に書く才能はないから――そこは、ケヴィンにお願いしたい」

「稚拙でもいい。それだけの想いがあるなら、ルーシーとビアードの物語は、お前が書けよ」

バンクスは言った。

「俺は、おまえの書いた小説で、読んでみたい――少なくとも、読者は、ここにひとりいる」

アルフレッドの目が潤んでいるのは、薄暗がりのせいでだれにも見えなかった。

「さあ、仕事だ。頼むぜ」

バンクスはレコーダーとメモを置くと、アルフレッドとケヴィンの肩をはげますように叩き、部屋を出て行った。

ふたりは、資料をまとめることに没頭した。気づけば、すっかり夜が明けていた。

 

午前中、仮眠を取ったあと、ふたりはそろってマッケラン家の母屋に顔を出した。さすがに表玄関からはいっていく勇気はなかったので、昨日のように裏口からだ。

午後一時、ふたりが門から裏庭をのぞくと、そこにはアミザがいた。彼女は、メイドとなにか話しながら、裏庭の花木に水をやっていた。

「やあ。来てくれたの。ありがとう」

アミザの表情からは、笑顔以外なにも読み取れない。アルフレッドはまた来させてもらったことへの感謝を述べようとし、ケヴィンは自己紹介をしようとしたが、よけいなことを言わないほうがいいかもしれない。ふたりは、アミザの後輩を気取り、「先輩、こんにちは」とだけあいさつした。

「明日からは、あたしがいなくても、あのメイドがちゃんと通してくれるから」

書斎までの廊下を歩くうち、アミザは言った。書斎にはすでにツヤコがいて、アルフレッドの顔を見るなり「アル! よく来たね!」と顔を輝かせて歓迎してくれた。

 

「この子は誰だい」

「俺は、ケヴィンと言います。アルの双子の兄。よろしくお願いします」

「この子も、ナグザ・ロッサの海戦の話を聞きたいのかい。じゃあ、はじめから話してやらなくっちゃ」

ツヤコは張り切って、いきなり話をはじめた。アミザはそれを見て苦笑しながら、「じゃあ、ゆっくりしていって」と目配せだけして、出て行った。

 

ふたりはその日の午後五時まで、じつに貴重な時間を過ごした。ツヤコがまたきっかり一時間でおやすみに入ったため、アルフレッドは、昨日聞いたところまでしか聞けなかったのだが、本を読む時間はたっぷりあった。

それから数日、ふたりの書斎通いがつづいた。夜中はテープ起こしと、L20の軍規や裁判、風俗などの資料をまとめ、午前中は仮眠、午後からは母屋に行って、ツヤコの話を聞き、本を読むという生活だ。

なんと、ナグザ・ロッサの海戦の話は、五日間にも及んだ。

ミカレンの巨大戦艦が海にしずんで終わりではなかったし、アストロスの兄弟神とラグ・ヴァーダの戦士の戦い、セルゲイ・B・ドーソンがラグ・ヴァーダ星にたどりつき、女王と会い、赤子イシュメルを託し――ラグ・ヴァーダの武神を封印するまでをふくめると、ずいぶん長い話になった。


 ツヤコの話し上手は、一幕のオペラに匹敵した。ケヴィンもアルフレッドも、話が終わると滂沱の涙を流していた。

話が終わるなり、感動の余韻もよそに、ツヤコは「次はなんの話をしようかねえ」とウキウキと顔を輝かせた。

 

「そうだねえ――ルーシーの話を聞きたいかい」

「それは、ぜひ!」

アルフレッドが顔を輝かせる番だった。だが、ケヴィンが横から口をはさんだ。

「あの、俺は二千年前に現れた、戦士イシュメルの話も聞きたい……」

ケヴィンは、マッケラン家史記をだいぶ読んでいて、その中に、二千年前、イシュメルという戦士と戦ったマッケラン家の軍人の話を見つけた。その歴史は、ケヴィンの興味をひどく惹いた。

「その話もおもしろいんだよ! むかーし、むかし、L03に、イシュメルというとっても大きな赤ん坊が生まれました」

そこで、ツヤコの電池が切れた。冒頭で、彼女は眠りに入ってしまった。

「おっと、」

「今日は、ここまでかあ……」

期待に身を乗り出したふたりは、がっかり顔でつんのめった。しかたなく、史記のつづきを読みに、書棚へ向かった。

そこへ入ってきたのは、アミザだ。時間はまだ、三時を過ぎたところだが――。