「……」

ここまで話して、もしかしたら自分たちはとんでもないことに関わっているのではないかという不安が込み上げ、ふたりそろって言葉を失った。

だが、危険は最初から、承知の上だったはずだ。

バンクスは、ケヴィンたちが危険な目に遭わないように、いつも気を付けてくれている。取材も、ほんとうに危ない場所にはぜったいに連れて行かないし、いっしょに来ないほうがいいときは、必ず「今回はダメだ」という。

ふたりはバンクスの保護のもとで、さまざまな経験をさせてもらっているのだ。

 

「と、とにかく、俺たちはバンクスさんの助手で来たわけだから、よけいなことに首つっこむわけにはいかねえけど、――そのばあさんの話、興味あるよ。おまえが書斎で見た本ってのも。俺も、見させてもらうわけにはいかねえかな」

「う〜ん……」

アルフレッドは、首を振った。

「無理だと思う。アミザさんは、ほんとうは僕たちに母屋に近づいてほしくないんだけど、たぶん、僕がおばあちゃんの相手をしたことで、おばあちゃんがずいぶん元気になったから、あしたも来ることを許してくれたんじゃないかな」

「じゃあ、俺が行かなくても、アルが書斎の本を借りてきてくれるってことは、」

「あの書斎の本は持ち出し禁止だ」

書斎のドア付近に、その旨が明記された額が飾ってあった。

「だから、僕が読んできて、ケヴィンに話をするよ」

「……」

ケヴィンは不服そうだった。無理もない。

「どっちにしろ、今日のことは、バンクスさんにも一応言っておかないと……」

アルフレッドが言いかけたところで、ノックがあった。

「俺だ」の声はバンクスだったので、ケヴィンがドアを開けると、彼はワゴンを押しながら入ってきた。氷の器に突っ込まれてよく冷やされたシャンパンと、シャンパングラスが三つ。

アルフレッドは、バンクスの用件がわかって、すぐさま謝りたい気持ちに駆られた。

 

「アル、おまえ、今日母屋のほうに行っちまったんだって?」

バンクスの声は、怒ってはいなかったが固かった。

「ばあさんのことは、仕方ないことだったとはいえ、母屋に行くのはまずい。――いや、これは、おまえらにちゃんと話しておかなかった俺も悪かったんだが」

バンクスはさっそくシャンパンのコルクをあけ、グラス三つに注いだ。久々にあかるいところで見たバンクスの顔には不精髭が生え、とても高級ホテルに滞在しているものの顔とは思えないほどやつれていた。

日を追うにつれ、彼の憔悴ぶりはひどくなっていく。今回の作品は、彼の渾身の作であることは違いなかった。

 

「こいつは、アミザさんからの差し入れだ」

アルフレッドの予想は当たった。シャンパンは、ツヤコを屋敷まで送った礼だった。

バンクスはふたりにシャンパンを飲むようすすめたが、ふたりはいつものように、すぐには取らなかったので、彼は、「いいんだよ、飲めよ」と肩をすくめた。

 

「俺は怒ってるんじゃねえ――だから、おまえらにちゃんと話さなかった俺のミスだと言っただろう――だから、今さら説明するが、今回の取材は、まさしく“極秘裏”なんだ。さいしょに、“絶対に母屋には近づくな”といったとおり、お前らの存在も、俺の存在も、母屋の連中に知られちゃまずい。――いいか。この取材は、中途半端にやめるわけにはいかねえんだ。ここでやめても、俺たちの存在がバレても、アミザさんの命に係わる危険性がある」

「――!?」

さすがにケヴィンもアルフレッドも、強張った。

「この取材の裏を話すことは、おまえらも巻き込む恐れがあるから言わなかったが――おまえらは、行く先々で、俺のいうことに“必ず”従ってくれた。だから今回、連れて来たんだ。おまえらがいてくれたことで、資料の整理も早いし、“カムフラージュ”にもなってくれてる。何度も言うが、今回の件に関しては、おまえたちにちゃんと伝えなかった俺の落ち度だ」

「す、すみません……バンクスさん」

 

自分の行動が、アミザの命に係わるかもしれなかった――。

 

さすがの事態に、アルフレッドは青ざめ、声は震えていた。バンクスは、久方ぶりに体内に入れたアルコールに、すこし顔色をよくしながら、やっと表情を緩めた。

「どちらにしろ――だ。アミザさんは、命を懸けて、このインタビューにのぞんでるんだ。アル、ケヴィン」

「は、はい!」

「明日から、絶対に母屋には近づかないと約束してくれ」

 

ケヴィンとアルフレッドは、うなずかないわけにはいかなかった。彼らはバンクスに、「二度と母屋には近づかない」と三度も復唱し、かたく誓った。

 

「大層な取材だが、おまえたちに危険はない。これだけは言える」

バンクスはふたりを安心させるように言い、シャンパンを一気に飲み干すと、立った。

「俺がこういったからって、行動を自粛するのは、“母屋への潜入”だけでいいからな。ふたりはいままでどおり過ごしてくれ。ケヴィンは美女をナンパし放題だし、アルは散歩をつづけながらばあさんを保護することはかまわねえ。――そのかわり、なにか保護したら、すぐホテルへ連絡して、自分は関わらない。いいな?」

バンクスの口から冗談が出たことにふたりはほっとして、やっと笑顔を見せた。

「残りのシャンパンはふたりにやるよ――っていうか、このシャンパンはもとはと言えば、おまえが礼にもらったもんだよな。あ、今夜もテープおこしよろしく」

ごちそうさまでした、とバンクスはアルフレッドに手を上げ、部屋を出て行った。

 

ケヴィンとアルフレッドは、バンクスが出て行ったあと、神妙な顔を見合わせ、緊張をほぐすように深々と深呼吸した。そして、これまた深々と良く沈むベッドに、腰かけた。

「――僕がうかつだった」

「――俺もだよ」

アルフレッドは、昼間した自分の行動を悔い、ケヴィンは多少強引な手段をつかっても、書斎に行こうとしていた自分の考えを悔いていた。

今、この事実を聞いてよかった。

でなければ、自分たちはとても浅はかな行動をしていたかもしれない。

 

「……ね、ケヴィン」

長い長い沈黙のあと、外が暗くなってきたころにアルフレッドは言った。

「このバンクスさんの仕事が終わって、本も出版されて、ひと段落ついたら、改めて、僕たちが“ツヤコさん”に取材を申し込んでみるっていうのは、どうかな」

双子の弟の提案に、兄のほうは驚いて顔を上げた。

「ミカレンの話も、ルーシーの話も、アランさんの話とは違う。ずっと昔の話で、伝説みたいなものだから、生きている人間に迷惑がかかる内容ではないはずだ。この話が門外不出だっていうなら別だけど、そのあたりはアミザさんに判断してもらって、出典をあきらかにして、小説を書きたいといえば、意外と受けてくれるような気がする」

今はバンクスの助手として来ていて、母屋に近づくなという厳命を受けているから書斎には入れないけれども、すべてが落ち着いたら、あらためて、取材を申し込む。

アミザは話の分からない人ではなかった。きちんとこちらの要望を伝え、礼を失することがないよう気を付ければ、許可してくれるのではないだろうか。

 

「お……おう! なんだ、今日は冴えてるじゃねえか、アル! さすが、俺の“図書館”だ!」

「図書館は、今関係ないだろ」

アルフレッドはあきれたが、がっかりしていたケヴィンの横顔に明るさがもどってきたので安心した。

ケヴィンは、アルフレッドが「図書館のネコ」と言われたことを話したときから、

「やっぱりな。俺はそうだと思ってたぜ」

となぜか当然のような顔をして自慢げに言うのだった。