「取材は今日で終わった。俺は三日後にここを出て、L22の裁判所に飛ぶ。それからL11の流刑星にいく。おまえらとは、ここで別行動だ。俺は、“アランさん”の足跡を追う」 バンクスの、いつにない緊迫した表情に、ケヴィンたちも連れて行ってくれとは言えなかった。 「おまえらを連れてきて、正解だったってことになるかもな」 バンクスは、にっと満足げな笑みを見せた。 「おまえらは、明日でも帰っていいよ――バイト代は、ちゃんと、おまえらの口座に振り込んでおくからな。悪いな。急展開で。おまえらの“取材”は中止になっちまったが、」 「それは――それは、いいんです」 アルフレッドが、緊張した面持ちで聞いた。 「アミザさんが、バンクスさんの本が出版されたら、多少混乱が起きるかもしれないって――だから次回の取材は約束できないって言っていましたが――アミザさんは、無事なんですよね?」 それは、ケヴィンも聞こうとしていたことだった。バンクスは、苦い顔をしながら目をそらし、それから、顔を上げて言った。 「すべては、この本が出版されたときに、分かる」 「……!」 「だが、アランさんの伝記を出版することは、アミザさんの意志で、俺もその考えに賛同した。だから、協力している。アランさんの伝記を書くことは、俺の夢でもあったんだ」 バンクスは、それ以上言わなかった。ケヴィンもアルフレッドも、それ以上聞いていいものか迷った。 これまで、彼の取材に着きしたがってきたからこそ、軍事惑星群の闇もふかいことが伺いしれたし、彼らが見たのは、底なし沼のような闇の表面に張った薄膜だった。とてもではないが、バンクスのように、その渦中にずぶずぶと入り込んでいくことはできなかった。 バンクスも、取材には同行させてくれたが、けっしてふたりを深入りさせたりはしなかった。そのバンクスが、これ以上踏み込むなと言外に告げている。 ふたりはあきらめた。このあたりが、潮時だ。 「……じゃあ明日、俺たちはここを失礼します。あの、」 「どうした」 「アミザさんに挨拶することは……」 ケヴィンの言葉に、バンクスは首を振った。この調子では、おそらくバンクスとも顔を合わせず、明日出発することになるだろう。 「じゃあ――おやすみなさい。バンクスさん」 「ン」 バンクスは、寝酒をすっかり空けようとしていた。 「無事にもどってきてくださいね――じゃあまた、出版社で」 バンクスは、手を挙げると同時に、ベッドに倒れ伏した。 次の日、ケヴィンとアルフレッドは、チェックアウト前にバンクスの部屋をノックしたが、予想通り彼は出てこなかった。意識を失うように寝ているに違いなかった。 いつものことなので、ふたりはドアに向かって挨拶をし、ホテルを出た。 もうセレブ生活は終わりだ。ケヴィンは、「カジノにも一回くらい行っておけばよかった」と後悔の言葉を口にしたが、ケヴィンが本当に後悔しているのは、カジノに行けなかったことではなく、もっと早く書斎のことを知りたかったという後悔だ。アルフレッドには分かった。 ケヴィンは、二千年前のマッケラン家将軍、サーミの話を、アルフレッドはルーシーの物語を――書き始めるには、まだマッケラン家史記を読みつくしていなかった。 (ツヤコさんにも、アミザさんにも、ちゃんと挨拶がしたかったな) アルフレッドは、リムジンに乗ったまま、小さくなっていくマッケラン家の屋敷を見つめ続けた。 ふたりはL52に帰って、いつものバイト生活に戻った。 アルフレッドは、ルーシーとビアードの物語を書くのに、まだ取材の必要があると感じていたが、ケヴィンはさっそく、サーミの物語を書き始めた。熱が冷めないうちに、書けるところまで書いておきたいという気持ちが優先した。 ケヴィンが第一部を書き上げたころ。 L20での取材から一ヶ月――バンクスから、添付ファイルつきのメールが送られてきた。 バンクスはまだ軍事惑星群にいた。添付ファイルはもちろん、「悲劇の英雄、アラン・G・マッケランの物語」とタイトルされた完成原稿だった。 自分たちが手伝って来た原稿が本になった喜びをまず二人はかみしめ、それからじっくりと読んだ。 取材中はすべてを知ることができなかったアランの生涯を知って愕然とし――そして、バンクスの安全を思った。 本は、ふたりに原稿が送られた同じ時期に、発刊された。出版社近くの大きな書店に平積みされているのを、ケヴィンもアルフレッドも見た。本は、「バンクスからだ」と言われて、編集長から受け取った。 ケヴィンが、「サーミの風」とタイトルした自身の小説の推敲を終え、ルナにメールを送ったのは、本の発刊から二週間後のことだった。 ルナは、お昼も食べずに夢中になって、アランの伝記を読んだ。読み終えたときは、滂沱の涙でエプロンがびしょびしょだった。 (カレンのお母さんは……アランさんは……) ルナはファイルを開いたまま、ネットのブラウザをひらき、「悲劇の英雄、アラン・G・マッケランの物語」で検索した。すると、インターネットの書店ほとんどで、販売されていた。電子書籍にもなっている。 発刊は、二週間前だった。 だとすれば、この本は、いま書店へ行けば売っていることになる。 (カレンは、この本の存在を知ってるの) ルナが戸惑い気味にブラウザを閉じたところで、電話の音が鳴り響いた。ルナはびっくりしてうさ耳をぴーん! と立たせ、恐る恐る、電話に出た。 ブラウザは閉じたが、ファイルは閉じていない。画面には、タイトルが打たれた最初のページが開かれたままだった。 「る、るなです……」 『ルナッち!? お、俺、オレオレ!! ケヴィン!』 相手はなんとか詐欺ではなかった。 「ケヴィン!?」 ルナが驚いて声も出なくなっているあいだに、相手は畳みかけるように言葉をつなげた。 『ゴメンいきなり電話して! メール読んだ!?』 「う、うん、今読んだとこ……」 『俺、間違ってファイル送っちまって……悪いけど、そのファイル削除して! ゴミ箱からも消して! ルナっち読んでねえよな!?』 ケヴィンの声は相当焦っていた。ケヴィンは、やはり間違ってファイルを送ったのだ。 すでに本として発刊されているが――ケヴィンの慌てぶりを見ると、だれかに見せてはならないことが書かれていたのだろうか。 「ルナあ。ただいま〜。おやつ買って来たよ」 ルナがリビングで電話をしているあいだに、カレンが帰ってきた。ドアは鍵がかかっていなかった。 「不用心だな」 さすがのカレンも眉をひそめ、ルナに注意をしようと入ってきたのに、ルナは気が付かなかった。 「ルナ?」 カレンは廊下を歩いてきて、ルナがリビングで電話中なのに気づき、呼ぶのをやめた。パソコンルームまで開けっ放しになっている。カレンはドアくらい閉めてやろうと何の気もなく部屋に近づき、そこから、パソコンの画面が見えた。 カレンの手から、ケーキの入った箱が落ちた。 その音で、ルナがカレンの存在に気づいた。ルナは青ざめた。 |