だが――カレンは、本当は、もどりたかった。 L20に。 ルナとメルヴァの件は、それをカレンに気付かせるキッカケでしかなかった。 カレンは戻りたい。 たとえ、針のむしろのうえを歩くような場所でも。 その世界で必死に息をしようとしている、ミラとアミザのそばにいたかった。 自分が当主でなくていい、アミザが当主になって、自分が支える側でいい。 すこしでも、彼らの助けになりたいし、いっしょにいたかったのだ。 (でも――義母さんは) あたしに、帰ってくるなって、いう。 グレンにも協力してもらい、セルゲイを宇宙船に留める方向で説得をがんばっているけれども、――当の本人がこのありさまでは。 悪夢にうなされ、飛び起きてふるえ、眠れぬ夜を明かしている。 やはり、不安なのだろうか。 無意識の不安が、知らぬうちに身体をむしばんでいるのか。 真夜中悪夢にうなされて飛び起きる以外は、カレンはこの上なく健康で、元気だ。 食欲もあるし、急に落ち込むようなこともない。 怖いのだろうか――L20にもどって、ミラに「なぜ帰ってきた」と言われることが? いや――ミラはそんなことは言わないことを、カレンは知っている。 ただ、哀しげな目でカレンを見つめるだろう。 ミラの想いは、カレンに十分通じている。 自分がもどることで、あの優しい義母さんをさらに悩ませてしまうだろうか。苦労をかけてしまうのだろうか。 それが心配なのか。 自分がこのまま宇宙船にいれば、義母の葛藤はちいさく済む。アミザが次期当主になり、それで八方丸く収まる。 軽率な行動で、マッケラン家を窮地におとしいれた母親を持つカレンなど、マッケランには必要ない。 そういう一族を、ミラもアミザも、敵に回さずに済む。 マッケランの分裂も防げる。 しかし――軍事惑星群のあきらかな動乱期である今。 マッケランの明日もさだかでない今、自分ばかりが地球で、のうのうと暮らしていくことを、はたして――。 自分は、許せるだろうか。 (――母さん) カレンは、髪を乾かすために、洗面台に立った。一度だけ、ミラに見せてもらったことがある――実母、アランの写真に、カレンは到底似ていなかった。 髪の色も、顔だちも。 ミラとアランはおなじ、燃えるような赤毛――目も大きく、闊達さにあふれた明るい表情は、クールなかげりを帯びたカレンの顔とは似つかない。 (母さんは、あたしの顔を見たとたんに死ぬことを決めたって、そういってた) カレンに、実母の末路を語った一族の者はそう言った。 (グレン、あんたはあたしの顔を見て、なんとも思わなかったの) あたしはこんなにも、ユージィンに似ているのに――。 その日、ルナは朝からウロウロしていた。 いつも通りみんなを送り出したあと、パソコンのまえにすわっては立ち上がり、コーヒーを淹れてみたり、キッチンにいってわけもなく冷蔵庫を覗いてみたり、それからパソコンのまえにもどってみたりとうさうさ、ソワソワ、ウロウロしていた。 先日、アズラエルとピエトの養子縁組がなった――だからといって、生活になにか変化が訪れたかといえば、そういうわけでもなかった。生活は今までどおりである。 ルナはウロウロするのをやめ、ついにパソコンのまえにちょこんと座って、電源を入れた。 いままでルナは、大騒ぎされることを恐れて、パパとママにアズラエルのことを言いだせないでいたのだが――やはりそろそろ、アズラエルと暮らしていることをちゃんと報告しなければならない――という結論に達していた。 ツキヨおばあちゃんが、「ばあちゃんに任せておいで」と言ってから、ずいぶん経った。 ルナはあれから、いつ両親から電話がかかってくるか、戦々恐々としていたのだが、結局電話はこない。 ということは、おばあちゃんは、まだルナの両親には言っていないのかもしれない。 日々のせわしなさ――ルナの場合、あらゆる事件が起きたせいでせわしなかった――にまぎれて、すっかり忘れていたのだが、養子縁組の話がなった以上、そろそろアズラエルと付き合っていることぐらいは、報告してもいいのではないかと思えてきた。 (うん……いっしょに暮らしてるってことは、いきなりゆわないよ? まずは、アズのことを紹介して……) 彼氏ができた、くらいは伝えてもいいのではないだろうか。 日を置いて、一緒に暮らし始めた、とか、ピエトのことを、順に伝えていけば――。 しかし、傭兵という時点で、ものすごい反応をされるだろうことは、ルナにだって予想がついた。 ルナはメールボックスをひらくかひらかないかのところで固まり、しばらくうさ耳をぴこぴこさせた。やがて、「ままよ!」とばかりにメールのアイコンをクリックした。 「受信:一件」。 ルナは目を真ん丸に見開いた。アズラエルのことでなくても、あれからメールや電話、手紙などはいっさい届いていなかった。 ほかに、メールを送ってくる人間に心当たりはない。エレナは電話しかしないし、それもきたのは一度きり――ナターシャも、今のところ一度もルナにメールをくれたことはなかった。 宇宙船内にいる友人たちは、ルナがあまりメールをチェックしないことを知っているから、用があれば電話をかけてくる。 メールには、添付ファイルがある。ルナは、母親からのメールだと思った。写真でも、送ってきたのだろうか。 しかし、母親からのメールではなかった。 「ケヴィン!?」 ルナは叫び声をあげた。 メールの差出人はケヴィンだった。 ケヴィンもナターシャ同様、「必ずメールをするから」と言っていたけれども、一度もメールをくれたことはなかった。 ルナは、彼らの新しい連絡先は知らない。ケヴィンは作家になるためにL52に行ったのだし、ナターシャも新しい生活に慣れるのが手いっぱいで、メールを送る余裕などないのだろうとルナは思っていた。 「わあ! ケヴィンだ。久しぶりだなあ」 ルナは喜び勇んでメールを読んだ。 件名:ルナっちへ。ケヴィンだよ。 本文:元気ですか。俺はなんとかやってます。 ずっとメールできなくてごめんな。L52についてから、生活に慣れるのでいっぱいいっぱいで、やっと最近落ち着いたんだ。 L52はすごいッス。大都会です。 俺、シャインなんて、初めて乗ったよ。ルナっちシャイン知ってる? 俺最初、乗り方知らなくてさ、目的地に着くだけでもひと苦労だったんだぜ。やっぱ都会は違うわ。俺、田舎モンだから。 やっと落ち着いたころに、アルとナターシャが来てさ、びっくりしたよ。ああそう、ナターシャもアルも元気だから。 ナターシャもたぶん、ルナにメール送れてねえと思う。あいつ、L52の有名なケーキ店でパティシエ修行してるよ。あと二年くらいしたら落ち着くんじゃねえかな。毎日朝早くから夜遅くまで、がんばってるよ。 書きたいことがいっぱいあるんだけど、っていうかしゃべりてーことばっかなんだけど。 とりあえず、今日メール送った本題。 実は、ルナっちに読んでほしい話があってさ。 俺の小説の処女作です! コラムしか書いたことなかった俺が、5キロ痩せながら仕上げました……。 小説ってマジしんどい。ちょっとくじけそうになった……。 まだ推敲の余地ありまくりで、ハズカシー代物なんだけど、読んでくれたら嬉しい。 率直な感想ください。 おもしろくなかったでも、おもしろかったでもなんでもいいから!(あ、でもおもしろくなかったはヘコむからやっぱりやめてほしい。) ルナッちがヒマなときに読んでね。 ちなみに、内容はL03につたわる神話をもとにしたファンタジーだよ。 タイトルは「サーミの風」。 ケヴィン |