ルナは、口をぽっかりと開けてメールを読んだのだが、「ファンタジー! あたし大好き!」とだれもいないパソコン・ルームで、だれに訴えるでもなく盛大に叫びながら、ウキウキと添付ファイルをダウンロードした。

ダウンロードは多少の時間がかかった。ずいぶんなファイル量だ。

「おお……! 力作だね、ケヴィン!」

ルナがファイル名をちゃんと確かめずにクリックしたのは、早く読みたい気持ちが気を急かしたのである。ルナはケヴィンのコラムが、あの雑誌のなかで一番好きだった。ケヴィンが小説を出版したなら、絶対に買うつもりだった。ルナはケヴィンの作品の大ファンである。

それに、メールにちゃんと「L03の神話を基にしたファンタジー」と書いてあったから――。

 

「ん?」

開いたページに、メールにあったタイトルとはまったくちがうタイトルが鎮座していたことに、ルナは固まって、一度ファイルを閉じた。

ファイル名は、たしかに開いたページにあったタイトルと同じだった。

ケヴィンは「L03の神話を基にしたファンタジー」とメールに書いていた。しかし、このタイトルは――。

まさか、冗談のつもりだろうか。冗談にしてはあまりにもシャレにならないタイトルだった。

 

「悲劇の英雄、アラン・G・マッケランの物語」

 

最初に開いたページも、同じタイトルが一言一句間違いなく書かれていた。

「……」

ルナは最初のくりかえしで口をぽっかりと開け、それから我に返ったように「ええ!?」と絶叫した。

 

――マッケラン。

 

その名が意図するものはルナも知っている。

ルナが、「アラン・G・マッケラン」という名を知らなかったなら、この小説を、L03の神話をモチーフにした、アランという主人公の、英雄活劇ファンタジー小説だと思って読み始めたかもしれない。

だがルナは、この名を知っていた。

L03というよりかは――軍事惑星にかかわりがあるということも。

 マッケランは、カレンの姓である。

 

(たしか――)

ルナはてててっとリビングに走り、本棚から一冊の本を取り出して、めくった。

「バブロスカ 〜我が革命の血潮〜」である。

ルナは相変わらず、この本を読み終えていなかった。椿の宿でまえがきだけを読み、あのあと自分でこの本を購入したが(船内の書店にふつうに売っていた。)けっきょく本編を読めないでいるのだった。

「序文」と書かれたまえがきに、ルナは彼女の名を見つけた。

 

「――この革命の犠牲となったのは、なにもユキトや我らだけではない。

悲劇の女性アラン・G・マッケラン。

少年空挺団の少年たち。傭兵から将校になったアンドレア。

L18の戦士たちも耳にするのも初めての名前が、あるのではないだろうか。

我らの影に、こうして名前すら知られず、消えていった革命の犠牲者があるのだ。

終わったかにみえた革命も、この数十年のうちに、さらなる犠牲者を出した。

それも、こうして、名すら知られることのない――」

 

(アラン――悲劇の女性――ものすごく、昔のひと?)

バブロスカの本のまえがきだけでは、彼女が生きていた年代はわからない。ルナは小さな頭をかかえてうんうんと唸り、それからもう一冊、本があることを思い出した。

同じバンクスが書いた本で、「アンドレア事件」と、「少年空挺師団の事件」を記した本だ。こちらは偶然書店で見つけたものだが、そちらもルナは、買うだけ買って、読んでいない。

ルナはその本も持ち出してめくり、やはりまえがきに「アラン」の名を見つけた。

 

「――この本では、エリック氏との約束通り、バブロスカ革命から派生した数々の事件記録を追います。

前作にもわずかに取り上げました、「アンドレア事件」、「アラン少尉のバブロスカ裁判事件」、「少年空挺師団事件」です。

ですがアラン少尉の事件については、いまだ関係者も存命であり、時期尚早と感じたため、今回の本では記さぬことに決まりました。アラン少尉の出来事については、いずれ筆を執りたいと思います。――」

 

(アラン少尉のバブロスカ裁判事件――)

関係者が存命ということは、そう昔のひとではないのかもしれない。ユキトおじいちゃんと同じくらいの年代のひとか、もっと若いか――。

 

ルナは、「アラン」という人物が、カレンの母親ではないかと思った。

(悲劇の女性……)

カレンが病院に運ばれたときに、セルゲイが、ルナに零した言葉を思い起こした。

 

「カレンの立場は厳しい。“カレンの本当のママがしたこと”で、カレンもまた、一族の中では悪く見られているんだ。ほんとうは、カレンが正式なマッケラン当主の跡継ぎだけれど、一族には認められていない。カレンを育てたミラ首相――カレンのママの妹だけれども、彼女の実の娘のアミザを次期当主にとのぞむ声の方が大きいんだ」――。

 

アランが、カレンの母親だったとして――どうして、ケヴィンがカレンの母親のことを小説にしたのか、まったくわからない。さっきのメールには、事情をにおわせることは何ひとつ書かれていなかった。

ケヴィンが送ってきたのは、「L03の神話を基にしたファンタジー作品」のはずだ。

 

ルナは読んでいいものか悩み、ファイルを開いたり閉じたりした。

そうしているうちに、ひとつの疑問は解決した。タイトルページの下に、「バンクス・A・グッドリー」の名前を見つけたからだ。

これで、この小説はケヴィンが書いたものではないと分かった。

やはりケヴィンは、ファイルを間違えて送ったのだ。

 

この「バンクス」という作者は、エリックの手記「バブロスカ 〜我が革命の血潮〜」を編集し、出版した人であり、「バブロスカ 〜エリックへの追悼にかえて〜」の作者でもある。

では、この作品はやはり、「アラン・G・マッケラン」の伝記と考えていいだろうか。

(でもどうして、この人の作品を、ケヴィンが?)

ケヴィンとバンクスのつながりを、ルナはどうしても想像できなかった。たとえ間違ったファイルを送ったのだとしても、どうしてケヴィンがこの原稿を送ることになったのか――この原稿を、ケヴィンが所持していた理由は。

この本は、すでに出版されているのだろうか。

ルナはバブロスカの本の巻末に記されている出版社を見た。

「L52 ラスカーニャ・シティ・トゥルカシア バートン社」。

二冊の本は、この出版社から発刊されている。ケヴィンが居住しているのは、同じL52だ。

 

もし、この「アラン」という女性がカレンの母親だとしたなら。

セルゲイの言い方では、アランの起こした「大変なこと」のせいで、カレンはマッケランの一族から疎まれていて、後継者とは認められていない、ということになる。

ルナは、本を書棚にもどして、パソコンにもどった。ためらいがちに、二ページ目をクリックした。

それからルナは、貪るように字面に食いつき、パソコンの前から動かなくなった。