(――ミカレンは、戦死したんだろうか)

 地球軍だったのに、地球軍の侵略から、アストロスの民たちを守って。

 

 (よく考えたら――アストロスからしても、L系惑星群の原住民からみても、地球人は侵略者なんだもんな)

 アルフレッドは幸いなことに、平和な星に生まれて育ったために、ふだん、そういったことを考える必要もない暮らしをしている。地球行き宇宙船にも原住民は住んでいたらしいが、アルフレッドが会うことはなかった。最近、バンクスの取材についていって、辺境惑星群やL8系の惑星群に行ったことで、はじめて原住民というのを見たのだ。

 

 (アストロス、行ってみたかったなあ……)

 宇宙船を降りたことを後悔しているわけではないのだが、ふいに思い出すと、郷愁に駆られることがあった。

 (みんな、またバーベキューやってるかな)

 あのバーベキューは楽しかった。――次回のツアーのチケットが、どんな確率かは知らないが当たったとして――少なくともナターシャは二回もチケットが当たった――あの仲間とは、二度と一緒にはなれないのだ。

 宇宙船の役員には会えるかもしれないが、エドワードやジルベールたち、ミシェルやルナ、アズラエル。ケヴィンと一緒に所属していたサークルの仲間とは、また一緒に地球に向かうことはできないだろう――よほどの偶然が重ならなければ。

ナターシャとも、よくあのバーベキュー・パーティーの話をする。

 ミシェルは元気だろうか。ルナは、アズラエルは……。

 

 アルフレッドは、ツヤコが眠ったのをたしかめて、桟から降り、書棚にむかった。

 ホテル内の図書館とちがい、興味深い書籍でいっぱいだ。アルフレッドは、さっきの話の続きが知りたくて、「ナグザ・ロッサの海戦」というタイトルの書籍がないかさがした。ツヤコは、この書斎の本をほとんど覚えているという話なので、もしかしたら、さっきの話も、この書斎にある本の内容かもしれない。

 しかし、この莫大な量。さがすだけで五時になりそうだったので、アルフレッドはあきらめて、手近にある本をとった。

 辞典にも似た分厚い本は、被ったほこりと黄ばんだページが、年月を感じさせる。アルフレッドは背表紙を見ずに取った本の表紙に目を留めた。

 「マッケラン史記 L歴100〜300年間」

 アルフレッドは驚いて、書棚に目をやった。この書棚に並んでいる同じ装丁の本たちは、すべてマッケラン家の歴史書なのか。

 

 アルフレッドはソファに本を持ってきて、ひらいた。

 ペラペラとページをめくっていくと、ふいに、見たことのある光景が飛び込んできた。

 アルフレッドは、その写真の光景を、どこかで見たことがあった――必死で思い出そうとしてこめかみに指をあて、銅像の名が目に飛び込んだとたんに、どこで見たかを思い出した。

 

 (あ――そうだ。これ、地球行き宇宙船で――)

 この写真は、地球行き宇宙船の、「ルーシー&ビアード美術館」の入り口だった。

 美術館創始者であるビアード・E・カテュスと、資金の援助者であったルーシー・L・ウィルキンソンの銅像が、門構えのようにそびえたっている。

 アルフレッドは、ケヴィンといっしょに、何度もこの美術館へ足を運んだ。ナターシャとも、一度くらい行ったか。

 地球時代からのすばらしい絵画や芸術作品で埋め尽くされている美術館。ビアードやルーシーの歴史を展示した部屋もあり、アルフレッドはその部屋も、何度も見に行った。

 ビアードのファンになったアルフレッドは、彼の生涯をえがいた映画も、DVDで観た。

 (なぜこの写真が? マッケラン家と関係があるの)

 アルフレッドは、前後のページから熱心に読み始めた。そこには、おどろくべきことが書いてあった。

 

 マッケラン家とルーシーの関わり――、美術館にはなかった、「ルーシーの隠された目的」――、千年前に起こった戦争のこと――、ラグ・ヴァーダ病――ビアードと夫パーヴェルが、ルーシーから引き継いだ使命――アンナという、L03の予言師――。

 

 「……なんだ、これ」

 アルフレッドは、知らず、鳥肌立った腕をこすった。

 これはマッケラン家の歴史書だ。フィクションや小説ではない。

 夢中で読んでいたアルフレッドは、そばにツヤコが来ているのに気付いて仰天した。悲鳴を上げるところだった。アルフレッドが開いているページを指さし、ツヤコは嬉しげに言った。

 「ルーシーのことを書いてあるのはうちの本だけさね。あのひとが嫁いだウィルキンソン家には残ってない。それはねえ、うちから入った後妻のいじわるじゃなくて、ルーシーの遺言だったのさァ」

 「ゆ、遺言……?」

 「ルーシーは、ぜったいに、来るべきときまで自分の正体を明かさないことにしてあった。ウィルキンソンに残しちゃえば、一発で見つかっちまうだろう? ――ところで、あんた、だれ」

 無邪気な顔で、アルフレッドの顔を覗き込むツヤコは、さっきまでアルフレッドをアミザだと言っていたことは忘れたようだった。

 

 「ぼ、ぼくは、アルフレッドで……、」

 何回目かの自己紹介をはじめたあたりで、書斎のドアが開き、アミザが顔を見せた。

 「時間だよ、アル」

 「おやアミザ。夕食かい」

 「正解――あれ? ばあちゃん」

 アミザは驚いたように大股で曾祖母に近づき、「ばあちゃん、あたしが分かるの」と言った。

 「分かるよ。何言ってんの。孫もひ孫も多いけど、名前を間違えたりしないさ。あんたはアミザ。この子は、アルフレッドかい。じゃあ、アルでいいね」

 ツヤコは、楽しげに言った。

 「あたし、この子にナグザ・ロッサの海戦の話をしてあげたい。夕飯は、そのあとでいいかい」

 久しぶりに曾祖母とまともな会話ができたアミザは、目をぱちくりとさせてから、

 「あ――いや」

 ちいさなためらいを見せた。

「アルは、明日も来るから。今日はもうだめだよ、ばあちゃん」

となだめるように言った。

 

今度はアルフレッドが驚く番だった。おそらくいい顔はされないだろうが、「明日もツヤコさんのお話を聞きに来てはダメですか」と聞いてみるつもりでいたのだ。

断られるのを承知でいたアルフレッドだったが、アミザがそういったことに、期待と喜びを隠しきれない顔で、「あの……」と言いかけ、アミザのウィンクにぶつかった。今は何も話すなという合図を、アルフレッドは受け取った。

アルフレッドが明日も来るとわかったツヤコは、素直に信じた。そして、

「また明日ね、アル」

と手を振った。アルフレッドは書棚に本をもどし、ツヤコに丁寧なお辞儀をして、アミザのあとを追って書斎を出た。

 

「あ、あの……」

ほんとうに明日も来ていいんですか、とアミザの背に聞きかけたアルフレッドは、いきなりアミザが振り返ったので、アミザの胸元に飛び込むところだった。振り返ったアミザは、複雑な顔をしていた。

「勝手にあんなこと言っちまったけど――明日も、来てくれる?」

アルフレッドがなにかいう前に、アミザが遮った。

「あたしとしては、複雑なんだ――なるべくなら、あんたやバンクスの存在を、屋敷の者に知られたくない。だからあまり、出入りしてほしくない。――でも、ばあちゃんにはいいみたいだ。孫みたいな君に、話ができるっていうのは――」

「……」

アルフレッドは、アミザの言葉を待った。でも、それ以上、彼女は何も言わなかったので、アルフレッドは、

「許していただけるなら、明日も来ます。でも、あまりそれが好ましくないのであれば、来ないようにします」

と言った。

自分たちは、バンクスの助手として来ているのであって、アミザと彼の仕事を邪魔するわけにはいかない。