「僕も、ツヤコさんの話は興味深く聞きました」

だから、最後まで聞いてみたくて。アルフレッドは正直な気持ちを告げた。今日の話のつづきだけではなく、もっといろいろな話を聞いてみたい、とも。

アミザはそれに対しては何も言わなかったが、

「バンクスの助手として来てるってことは、あんたも、――ケヴィンだっけ? 彼も、ジャーナリスト志望なの」

また玄関にむかって歩き出した。

「いえ、ケヴィンは小説家志望です。僕は、――そうだな。ビアードみたいになってみたい」

「へえ?」

アミザが、すこし興味を示したようだった。ビアードを知っているのか。

「美術館よりは、図書館のほうなんですけど、」

「世界一の、図書館をつくってみたい?」

「まあ、そんなところです」

「素敵な夢だ。――本当にそう思うよ」

アミザの言葉は、どこか、うらやましそうだった。

 

別れ際、アミザは「明日も来てくれ」と正式にお願いをした。アルフレッドは、「なるべくこっそりと来ます」と言ったが、

「下手にこそこそすれば、怪しまれるだけだから、堂々と来て」とアミザは笑った。

 アミザにも丁寧なお辞儀をして、アルフレッドは、裏口から帰った。細い小道を抜け、遊歩道まではいると、一目散にホテルへ向かった。こんなに走ったのは、ひさしぶりだった。

 息を切らせてホテルに入り、宿泊している部屋まで行くのに、エレベーターが遅く感じるほど、アルフレッドはそわそわしていた。一刻も早く、今日のことを――ツヤコのことだけではなく、あの本の内容を――ケヴィンに話したかった。

 走ることさえままならずに、なにもない場所で何度もつまづきながら、アルフレッドは大興奮で部屋のドアを開けた。

 

 「ケヴィン!」

 ケヴィンはシャワーを浴びたバスローブ姿で、ミネラルウォーターの瓶の口をひねっているところだった。今日もたっぷり屋外プールで遊んできたという陽にやけた顔を、驚いたようにアルフレッドに向けた。

 「な、なんだよ……」

 「すごいものを見た! っていうか、すごい話を聞いた!!」

 

 アルフレッドは、部屋に飛び込んできたときの大興奮を維持したまま、ケヴィンをベッドに座らせ、自分は立ったまま、大げさなジェスチャーで今日起こった出来事を話した。

 アルフレッドの興奮にあおられたわけではないが、ケヴィンはその後、アルフレッドの話が落ち着く午後六時まで、ミネラルウォーターの瓶を持ったまま、一度も口をつけることなく、弟の話に聞きほれていた。

 弟の話がやっと終わったそのとき、ケヴィンは自分の持っていた瓶をひったくられたことにも気づかなかった。アルフレッドが、ぬるくなった水をごくごく飲み干すのを見ることもなく、ケヴィンは興奮気味に叫んだ。

 

 「――俺も聞きてえ。その話」

 「そういうと思った」

 アルフレッドは、一気に喉に流し込んだ水に噎せ返りながら言った。

 「でも、アミザさんは、僕たちが母屋に近づくのをあまりよく思ってない。――どうも、僕たちが来ていることは、屋敷のひとには内緒にしたいらしいんだ」

 「それは、なんとなくわかるよ」

 ケヴィンはうなずいた。

 「今、俺たちがまとめてる内容は、たぶんアミザさんの叔母の話だ。それも、インタビューの肝心なところは俺たちも見せてもらえないでいる。バンクスさんは、原稿が完成したら俺たちにも見せるっていってるけど、もしかしたら、マッケラン家の内情に関わってる話だから、インタビューを受けてることを、あまりおおっぴらにはしたくないのかも――」

 「でも、今回の話は、アミザさんのほうから、バンクスさんに、インタビューを受けてもいいといったって話だったけど?」

 

 バンクスは、以前からマッケラン家に、「アラン」の生涯を本にまとめたいと、熱心な交渉をつづけていたが、ミラ首相からも、ほかのマッケラン家の者からも、承諾は得られなかった。

「アラン」の話はマッケラン家のタブーであり、背景にはマッケラン家の闇も抱え込んでいる。

今現在、差別の象徴であったバブロスカ監獄が破壊され、第三次バブロスカ革命のユキトたちの名誉回復が行われていても、いまだ、軍人と傭兵の間には、根強い差別が残っている。

L20を取り仕切ってきた古い軍人の家系であるマッケラン家でも、その問題は根深い。

マッケラン家も、傭兵差別主義の軍人は多く、ドーソン家ほどではないにしろ、古い格式と家柄をたいせつにする伝統は、傭兵をなかなか認めない。

アランは、マッケラン家では「行動派」ともいえるべき、傭兵擁護側の人間だった。

彼女を「英雄化」して、本を出版するなど、もってのほかである。

それがマッケラン家の大多数の意見で、数少ない傭兵擁護派のミラやアミザも、アランを畏敬してはいても、本にして出版するとなると問題が多く浮き上がるのも事実で、バンクスの希望はなかなか実現しなかった。

バンクスがかつて著述した本に記すことをゆるした内容は、アランの裁判を傍聴したものならだれにもわかる、当たり障りのない箇所でしかない。

 

 そんなとき、アミザのほうから「アランの本を書いてくれ」という依頼が来たものだから、バンクスは、あまりに好都合な話に、一瞬裏があるのではないかと疑いかけた。

しかしそれは冗談でも、罠でもなく、アミザにもある「意図」があってのことだった。それはじっさいに、バンクスがインタビューの冒頭でアミザに聞いたのだが、内容はバンクスとアミザの間だけの話であり、ケヴィンたちは聞かされていない。

 

 事ここにいたって、ケヴィンやアルフレッドにもなんとなくわかりかけて来た。

 ――「アラン」のことを赤裸々に書いた本を出版するというのは、何の意図があってか知らないが、アミザの独断なのかもしれない。

 そして、裏に、なんらかの政治的思惑がからんでいる。

 

 「……じゃあ、ミラ首相もこの事実は知らないってことなのかな」

 アランの本が出版されるという事実は。

アミザがバンクスに、長年タブー視されてきた、アランの話をしているということも。

「もしかしたら、そういう可能性もあるかもな。バンクスさんは、インタビューの肝心な部分は、俺たちに文字おこしさせてねえから」

ケヴィンは、気難しい顔でうなずいた。

「きっと、このインタビューを大っぴらにしたくないってのは――外部に漏らすことを警戒してるっていうより、身内にバレないようにしてるってほうが正しいのかも。だから、深夜に、アミザさんはこっそりこのホテルに来るわけだ。

毎日、ちょっとずつ話を置いていくっていうのも、怪しまれないようにしているのかもしれない。アランさんの話をするために、一日まるっと時間取っちゃったら、なにをしてるかバレやすい。あれだけ多忙な人だから、それなりの理由がないと、一日という時間は取れないはずだ。でも、深夜に数時間なら、恋人に会いに来てるって思われるだろ」

「なるほど」

バンクスも、このホテルにきてから、インタビューを受ける部屋と自室を往復するばかりで、外にはほとんど出ない。たまに外に出るときは、サングラスにYシャツとスラックス、といった、普段の彼にはない、このホテルの宿泊客にふさわしい格好で外に出る。

バンクスは、マッケラン家の人間に顔を知られているので、変装しているのだ。