(アミザ――ツヤばあちゃん)

ツヤコだけが、正しいアランの「結末」を知っていた。ほかの者の話は信じるなと、彼女はいつもカレンに言った。

信じたくなくても、悪意ある身内から聞かされる話が、カレンの心にトラウマを植え付けていったのは事実だった。

 

「義母さん、あたし、もどっていい」

カレンははっきりと聞いていた。ミラが、なにを言っているんだという顔をする。

その顔を見て、カレンはほっとした。

ミラは、カレンを避けたいのではない。――ほら、そうじゃないか。

カレンは、自分にもう一度言い聞かせるようにし、心のなかでもう一度言った。

(そうじゃないか)

その声は、ツヤコの声にも聞こえた。カレンは、にじみ出る涙をこらえながら言った。

 

「――あたし、もどってもいい。義母さんと、アミザのそばに」

『帰りたいなら、帰っておいで』

このこたえも、カレンがぐるぐると考えていたよりずっと、単純明快な返事だった。

『でも、こっちは、あんたにはつらいことばかりで――』

 

「義母さん」

カレンは力強く言った。

「こんなときになんだけど――あたし、アバド病が治った」

 

『えっ!?』

ミラは、一瞬、なにを言われたか分からない顔をした。

「あたし、アバド病が治ったの――ほんとだよ」

ミラは、瞬きをした。カレンは、母親の顔が、ずいぶん老け込んだように見えて、また涙するところだった。

「義母さん、ひと段落したらまた連絡する。あたしはだいじょうぶ。きっと、だいじょうぶだから」

『カレン――』

『ミラ様、お時間です!』

ソヨンではなく、別の者の声がミラを呼んだ。『ミラ様!』

ミラは目を見張って口をパクパクさせたが、『あとで――あとでまた』とだけ言って、首相の顔にもどった。通信は切れた。

 

セルゲイはまだ、カレンのアバド病の完治報告をしていなかったとみえる。

無理もない、セルゲイはセルゲイで、カレンを宇宙船から降ろしたくなくて、連絡を控えていたのだろう。

 

聞いてよかった。

義母さんにはっきりと、聞いてよかった。

 

カレンは熱くなった鼻をいきおいよくかみ、脱力した身体をふたたび机にあずけた。

ミラは、カレンを避けたりしたのではない。マッケランにいれば、カレンが居心地の悪い思いをするから、ほかの居場所を用意してくれたにすぎない。アバド病のこともあり、余命まで宣告されたカレンに、これ以上つらい思いをさせたくなかった。

ミラの想いは、ずっと変わらなかったのに。

それがわかっていても、ついに見捨てられてしまったのだという思いが、ずっと消えなかった。

(聞いて、よかった)

 

昨夜から、自分になにが起こっているのだろう。

長年かかえてきたしこりが、次々にほどけていく。

(今日が命日とか、いわないだろうな……)

 

あまりにいいことと、頭をガツンと殴られるようなことが交互に起こりすぎて、カレンの頭はついに、オーバーヒートを起こしてしまったのだ。

 

 でなければ、これはなんなのだ。

 カレンは、急にパソコン画面にうつった模様に、驚いて身を起こした。

 

 夢で見たガイコツ・タトゥの模様が、電磁波の波にまぎれて浮かんでいる。

 

 「これは、だあれ?」

 

 タトゥの下に、文字が浮かび上がる。カレンはキーを叩いていない。

 

 「――!?」

 画像は一瞬で消えた。

 薄気味悪さに、カレンは立ち上がり、周囲にキョロキョロと目をやってから、またパソコン画面を見つめた。画面は電磁波がジジ、と音を立てているのみ。

今見たものが現実とは到底思えない。カレンは頬をつねったが、目が覚めないので夢ではない。

 

 「いったい、なんなんだ……」

 次いで、金切り声が聞こえて、さすがのカレンも身体をビクリと震わせるほど飛び上がった。

しかし、その声の正体がわかったとたんに、カレンは脱力した。

 ジュリの奇声だ。帰ってきたのか。

 窓が開けっぱなしだったために、ジュリのキイキイ声が筒抜けなのだ。カレンが窓からのぞくと、案の定、ジュリだった。ご機嫌なジュリが、両手で手を振っている。カレンは苦笑しながら「おかえり」と手を振り、ジュリの後ろをのっそり歩いてくる知り合いに気付いた。

 知り合いの男は、ジュリとつきあっているジャックだ。ヤツまで能天気面でウィンクをしながら、手を振ってくる。

 (悪いタイミングで帰ってくるなあ……)

 

 ジュリの帰還は、階下のアズラエルたちもすぐわかった。

 「なんだって、こんなときに帰ってくるんだ」

 グレンが少し、苦い顔をした。

 「いつもは帰ってこねえのに」

 こんな事件が起こった最中だ、だれもジュリに構っているヒマはない。

 窓をのぞくと、ジュリがジャックとじゃれあいながら、仲良くこちらへ歩いてくる。ジャックのポンコツ寸前のアンティーク・カーが駐車場からはみ出している。グレンにはさっぱり良さが分からない。あんなポンコツで、新車より高いのだ。

 

 「しかたねえな」

 アズラエルは肩をすくめた。

 「ジャックがいっしょなら、面倒みさせておけよ――それとも、こっち呼ぶか」

 ジャックは、女たらしで、もと警官だというただのチンピラだ。知らない仲ではない。ラガーで会えば一緒に飲むこともあるし、ジュリとつきあいはじめてからは、二度ほど、カレンとジュリの部屋でコーヒーを飲んでいったことくらいはある仲だ。

 たいてい、ジュリを送ってきても、K27区は趣味じゃないのか、さっさと帰るが。

 「こんなところに住むなんて、イカレてるぜ」

 とほざくジャックの頭を小突いた経験は、アズラエルにもグレンにもある。

 

 「さすがに今日はさっさと帰るだろ――もしかしたら、ジュリがニュース見て、もどってきたのかもしれねえ」

 「それはねえな」

 「そうか? ラジオもテレビも、このニュースばっかだぜ、」

 「ジュリはわかってなくても、ジャックが聞いてる可能性はある」

 「じゃあ、なんだ? 妹がご愁傷様って声かけに来たっていうのか?」

 「ジュリを送ってきただけだろ」

 「なんで、今日に限って?」

 アズラエルとグレンは、にらみ合った。それは、疑問の交換であって、今日に限っては、お互いのツラを視線で張り飛ばしあっているのではない。

 

 「だめです」