男たちは、ちっちゃなウサギちゃんの声に、急に静まり返った。

 「だめです」

 ウサギちゃんは言った。

 「なんだか、ふきつなよかんがする。ジュリさんをおうちに近づけちゃだめ」

 アズラエル、グレン、ミシェルが何か言うまえに、クラウドがずっと眺めていたメモを放り投げて、あわてて立った。

 「アズ! 銃は何丁部屋にある!?」

 「あ? 二丁はあるぜ」

 「すぐ持ってきて! グレン、アズ! 銃を持ってカレンの護衛につくんだ!」

 グレンとアズラエルが、顔を見合わせる。

 

 「――ジャックは、“ヘルズ・ゲイト”だ」

 

 クラウドがそういうと、アズラエルはまっしぐらに自室に駆けて行った。

 「ルナちゃんとミシェルは、ここにいて!」

 ピエトを送り出したあとで、本当によかったとルナはエプロンのはしを握った。

 ふたたび車の音がしたので、ルナとミシェルが反射的に外をのぞくと、見知らぬ黒い車が、三台もアパート前に横付けされたところだった。

 

 

 

カレンは、ジュリとジャックが階段を上がってくるところで、ようやくタトゥの正体を思い出した。

 

――ヘルズ・ゲイト。

 

あの蛇とスカル、そして開け放たれた真っ黒な窓。Welcome to Hell!の文字。

 

かつてグレンを昏倒させて、宇宙船から運び出そうとした傭兵グループ。

あのとき、「ヘルズ・ゲイト」として逮捕されたのは、四人だった。

グレンを襲いに行ったのはヘルズ・ゲイト三人。

貨物倉庫で待機していた一人をあわせて、四人。

クラウドのほうへいったのは、彼らがナンパしたチンピラ三人。

七人、そろって降ろされた。数は間違っていない。

 

(――七人)

地球行き宇宙船に乗船するのは、常に二人一組だ。七人という数はおかしい。チンピラは、チンピラ同士で入船するだろう。彼らには、ヘルズ・ゲイトからの分け前も弾んだはずだ。ひとりのけ者にされたら、仲間割れが起こる可能性もある。

(――ひとり、足りない)

 

カレンは、そもそも、最初から間違っていたのではないかと思った。

(もし、ヘルズ・ゲイトが四人で乗船したのではなく、「八人」だとしたら?)

なぜ、カレンが八人だと思ったかというのは、「ヘルズ・ゲイト」の幹部が「八人」だと聞いたことがあるからだ。

職業などいくらでも詐称できる。顔も、変えることはいくらでもできる。ヘルズ・ゲイトがナンパした、流しの傭兵とかいうチンピラは、本当は「ヘルズ・ゲイト」の幹部メンバーで、それを「演じて」いたのだとしたら。

いくら地球行き宇宙船でも、そこまで下調べはしない。後ろ暗い前科がある者がいっさい乗れないのだとしたら、傭兵など最初から入船できない。

この宇宙船に乗れないのは、L55が指定した、重犯罪者のみだ。

 

「ヘルズ・ゲイト」として入船したのは四人。残りの四人は、職種を詐称して入る。

もし、そうだとしたら――。

まだ「ヘルズ・ゲイト」のメンバーは、ひとり、船内に残っていることになる。

 

(なぜ)

どうして、今日に限ってジュリが帰ってくる。ずっと帰ってこなかったのに。

ラジオでも、テレビでもこのニュースは持ちきりのはずだ。

ジュリがあんな楽しげな声を上げているというのは、事件があったことを知らないのだろう。

いや、ジュリは、ニュースを見ただけでは、あれがカレンの妹だとは気付かない。

ジャックのタトゥは見たことがない。

アイツが、「ヘルズ・ゲイト」の幹部だという証拠は、どこにもない。

そして奴らの目的は、グレンかクラウドの奪取だったはず。

 

(でも――、)

カレンは、不吉な予感に冷や汗が流れるのをどこかで感じながら、中腰のままパソコンを見つめた。

 

カレンは、マッケランがつかう傭兵グループを思い浮かべた。

白龍グループに、ブラッディ・ベリー。

でも、彼らは、カレンやアミザの暗殺にはつかえない。

だとしたら、やはり、「どんな汚い仕事も引き受ける」傭兵グループをつかうはずだ。

場末の傭兵はつかわない。プロをやとうに決まっている。

 

(落ち着け――考えろ。サラマンドラ、クリティカル・アシッド、燐……)

悪名高いグループを片っ端からあげていくが、それらのメンバーが入船しているという話はなかった。

これら一連の事件には、マッケラン家だけではなく、ドーソンが関わっている。

マッケランつながりではなく、ドーソンつながりの傭兵グループもじゅうぶん、あり得るのだ。

 

やはり、あの「ガイコツ・タトゥ」は。

 

「カレン〜! ただいまあ〜!」

能天気なジュリの声とともに、ドアが開く。カレンは、銃を寝室に取りに行くのは、間に合わないことを悟った。

ジュリに遅れて入ってくる、ジャックの笑顔。Tシャツにジーンズ。そして、真夏なのに、ジャケットを羽織っている。いつもの薄汚れたジャケットを――。

 

「よう、カレン。ひさしぶりだな」

 

カレンがソファの陰に飛び込むのと、懐に突っ込んだジャックの手が火を噴いたのは、同時だった。