百三十四話 孤高のキリン X



 「きゃあぁっ」

 途切れない銃声とジュリの悲鳴。カレンは頭をかばい、連続で打ち込まれる銃弾の音を聞きながら、歯を食いしばって身を縮めた。ソファの陰で最初の攻撃をやり過ごした。

 「チッ!」

舌打ちがして、ジャックが弾を込めるすきにカレンはソファからはい出し、キッチンのほうへ逃げた。

 三発の銃弾がすぐさまカレンを追った。カレンは壁の陰にうずくまる。

 (なんとか寝室まで逃げて、銃を)

 次の弾切れのときに、ナイフをジャックに投げて、そのすきに寝室まで駆け込む。

 心配なのは、ジュリを人質にされるかもしれないことだ。

 だが、最初の一撃で仕留められなかったジャックに、もう術はない。銃声は、階下にもとどいているはずだ。アズラエルたちが来たら、ジャックはもうおしまいだ。

 

 (――?)

カレンはシンク下の扉からナイフを出した。だが、三発のあとに打ち込まれる気配はない。ピストルの弾は切れていないはずなのに。

カレンが、恐る恐るシンクの陰から身を起こしてリビングを見ると、ジャックがアズラエルとグレンに左右から銃を突きつけられ、手を挙げていた。

「カレン! 無事か!?」

「生きてるよ!」

カレンの位置からは見えないが、クラウドの声もした。

シクシク泣いているジュリの声が聞こえるが、ジャックはジュリを人質に取っている様子はなかった。ジュリにケガをさせたわけでもない。ジュリがケガをしていたら、もっと大げさに泣きわめいているだろうから。

 

 「銃をおろせ」

 アズラエルが命じるが、ジャックはニヤついたまま銃をおろさない。

 「おまえら、なにか、勘違いしてねえか」

 「なにをだ」

 「俺は、おまえらを撃てる。おまえらは、俺を撃てねえ。なぜなら、おまえらは降ろされちゃ困るんだろ、宇宙船を」

 「ためしてみるか」

 ゴリッと音をさせて、グレンの銃口がジャックのこめかみにめり込む。

 「へへ……おまえ、自分もターゲットだってこと、忘れてねえか?」

 

 ふたたび鳴った重い銃声と、グレンの悲鳴。

「グレン!」反射的に飛び出しかけたカレンを、アズラエルの「来るな!」の声が止めた。

アズラエルが引き金をひくまえに、ジャックに飛びかかり、その手から銃を手放させたのは、バーガスだった。

 「っアあ! ちくしょう! 間に合わなかったか!」

 巨躯のバーガスにのしかかられ、頭と腕とを押さえつけられたジャックは、不気味な笑みを浮かべたまま、やっと観念したようにおとなしくなった。

 

 「グレンさん!」

 チャンも飛び込んできた。クラウドが傷口に手を当て、「救急車の手配を! はやく!」と叫んだ。部屋に入りかけたヤンがあわてて携帯電話を手にする。

 「うあ……」

 グレンは足を押さえてうめいていた。弾が貫通した太ももから血が流れるのを見て、ジュリがまた悲鳴を上げ、こちらも、やっと部屋に入ることができたセルゲイにしがみついた。

 

 「カレン! カレン、だいじょうぶ!?」

 「あたしは平気!」

 セルゲイの焦った声に、カレンはなんとか大声で返事をしたが、まだ出ていく気にはなれなかった。

 「グレンは無事なの!?」

 「無事とは言いがたいが、反射神経がいいやつでよかったよ!」

 カレンの問いには、バーガスの怒声。

これでもグレンは、ジャックの銃口が自分の心臓に向けられたところで、あわてて避けたのだ。

「コイツだけか!?」

「ほかに仲間は――」

「仲間の気配はありません!」

役員たちの怒号が重なる。

 

カレンは、自分の傍にだれか来たのに気付き、手にしていたキッチンのナイフを握りなおしたが、タケルだと気付いて、あやうく踏みとどまった。

「な、なんだごめん……タケルか……」

タケルは汗だくで、両腕を上げていた。

「お声もかけずに来た私が悪かったです……すみません、ご無事ですか」

「無事だよ……おかげで、あたしにケガはない」

カレンもようやく、タケルに肩を貸してもらって、壁の陰から出てくることができた。

どうやら腰が抜けたらしい。

 

「バーガス、そいつの上着を剥いて」

「どうかしたのか」

「そいつの、タトゥを確認したい」

「タトゥ?」

カレンの予想と、クラウドの予想が合致しためずらしい瞬間だった。クラウドが言おうとしたことをカレンが先に言い、バーガスが言われたとおりにジャックの上着とTシャツをめくりあげると、背中に、タトゥがあった。

カレンとクラウドは顔を見合わせた。ジャックの背中上部にあったのは。

 

――真っ暗な扉の中のガイコツが舌をだし、ヘビが絡みついたタトゥだ。

そして、Welcome to Hell! の文字。

 

 カレンは、夢で見たタトゥがそのままジャックの背中にあったことに嘆息した。

「銃声が聞こえてからにしちゃ、駆けつけるのが早かったね」

「クラウドが、いきなり、ジャックがヘルズ・ゲイトだって見破ったんだよ」

アズラエルが肩をすくめた。

「君が見せてくれた、メモのおかげでね」

玄関は超過密状態になっていたので、押し込まれるようにして、みながリビングへ移動した。

「アンタ、見たことないって言ってたじゃん」

「見たことはないけど、まァ、連想ゲームみたいなもんさ。Welcome to Hell! だなんて、カンタンな謎かけにもほどがあるだろ」

「そうかな……」

とりあえず、クラウドの脳みそがいつもどおりだということは分かった。おかげで助かった。

 

「あんたたちも――行動を起こすのが早いね」

「地球行き宇宙船で、あなたにケガをさせるわけにはいきません。ここは“安全”な場所なんですから」

チャンが肩をすくめ、すぐさま携帯電話でどこかに連絡していた。相手はララのようだった。――カレンの無事は確認したとかなんとか。

「カレンさん、ララ様のほうでもすでに用意は整っています。……できれば、御身の安全のために、ララ様のお屋敷に移動してほしいのですが」

緊迫したタケルの声。

タケルたちは、バンクスが刊行した本のことは、二週間前、すでに知っていた。

おそらく、なにか事件が起こるだろうことは、予想していたのだ。

そして、今日アミザが狙撃されたことで、カレンの身にも危険が及ぶのではないかと思い、緊急警備についたのだった。

「……いやだとは、この状況では言いづらいな。でも、少し待ってくれる」

「分かっています」

「下の、ルナやミシェルは無事なんだよね?」

「だいじょうぶです。おふたりには、別の役員がついています」

 

「俺は、もっと早くグレンのボディガードに着くべきだった」

バーガスが、後悔をにじませた声で言った。

「ガードしてるやつにケガを負わせるなんてな。さすがの俺も、自分にガッカリだぜ。二週間前から、いっしょに便所や風呂も入って、添い寝してやるべきだった」

「それだけは勘弁してくれ。頼む」

グレンの顔から、さらに血の気が失せた。

 

 「ジャック。てめえがヘルズ・ゲイトの残りの一人だったのか」

 バーガスが襟首を締め上げたが、ジャックはうんともすんとも言わなかった。

 「立て!」

 宇宙船役員たちに立たされ、手錠をかけられたジャックだったが、玄関を出ようとしたところで、妙なことを口走り始めた。