「よう、グレン」

 タオルできつく止血され、応急処置を受けているグレンに向かって、ジャックは言った。

 「カレンのほうは、“ついで”だ」

 「あァ?」

 「てめえの命を狙っているのが、俺たちだけだと思うなよ――なァおい、グレン、俺は見たんだ」

 「早く来い!」

 引きずられていきながらも、しつこくまくし立てるジャックに、グレンは思わず聞いた。

 「――何をだ」

 「俺はなァ、この宇宙船で、あの心理作戦部の……」

 

 ジャックの台詞は、そこまでだった。

パンっという音とともに、ジャックの身体がぐらりと崩れた。

 

 「うおあああっ!」

 ジャックの襟首をつかんでいたラウが、思わず手を離す。ジャックは音を立てて、ゆかに倒れこんだ。

彼は、頭を撃ち抜かれて絶命していた。みるみる、血だまりがフローリングを汚していく。

 「きゃああああーっ! きゃーっ!!」

 ジュリの甲高い悲鳴。

 

 「みなさん! かくれてください!」

 チャンの怒声に、セルゲイがジュリをかばって伏せた。バーガスはグレンに被さる。

 アズラエルとチャンがすかさず開いた窓まで駆け寄り、身を乗り出して周囲を探った。

 「どこからだ――!」

 「あそこです!」

 ジャックを狙撃した人間は、逃げるつもりはないようだった。少し離れたマンションの屋根にいる。女傭兵だ。金髪のボブヘアで、背はそう高くないが、腕も腰も肉付きがいい。バーガスくらいは、簡単に投げ飛ばせるような体格をしていた。

 女傭兵は、チャンとアズラエルに向けて、ひらひらと手を振った。

 「味方か――?」

 「すくなくとも、我々を狙撃する気はないようです」

 女傭兵の狙いは、ジャックだったらしい。チャンとアズラエルは、ほっと体の力を抜いた。

 

 

 

 

 「やりすぎです」

 ジャックを狙撃した女傭兵――メリー・M・アップルと名乗った彼女は、ふてくされた顔で、ルナが出してくれたアイスコーヒーを啜った。ガムシロップ三つと、クリームもたっぷり入れたアイスコーヒーを。

 「え? じゃあなに? あたし、降船?」

 「普通だったら、そうなってるってことを、忘れないでいただきたいですね」

 

 メリーは、唾を飛ばしながらチャンに食って掛かった。

 「情状酌量ってないわけ? 傭兵だったらフツーのことでしょ? あたし、グレンの命、たすけたんだよ? やりすぎだったとは思わないな」

 「……」

 「あんたたちが鈍いし遅いから、グレンが撃たれちゃったんじゃない! 言わせてもらえば、あんたたちがちゃんと間に合ってたら、あたしが撃つ必要はなかった。そうは思わない?」

 チャンは、メリーの唾が飛んだメガネを拭き、

 「あなたの話は分かりました――でも、ジャックを殺すべきではなかった」

 「……」

 「彼からは、まだ聞き出したいことが山ほどあったんです。殺してしまっては、もうなにも聞けない」

 チャンの深いため息。

 

 ルナたちのアパートに救急車が二台着いたころには近所は騒然。野次馬はこれでもかと集まり、レイチェルたちも、不安げな面持ちでルナのアパートのほうを見ていた。

 足を撃たれたグレンと、パニック状態のジュリ、そして遺体となってしまったジャックが搬送されていったあと、救急隊と同時に来た警察官が、カレンの部屋にすし詰めになっていた。

メリーはそれを眺めつつ、狙撃銃を手にしたまま、呑気に鼻歌を歌いながらルナの部屋にやってきた。

 チャンやタケル、ララも知らない、第三の存在の登場である。メリーは当然、質問攻めにあった。

いったい、なぜジャックを狙撃したのか。ジャックがヘルズ・ゲイトだと知っていたのか。なぜこのタイミングで、ジャックを張っていたのか――。

 

 メリーの話によると、以下のとおりである。

 自分たちは、じつはユージィンに命じられて、グレンの暗殺のために宇宙船に乗ったのだと。

 その告白自体が、皆を戦慄させるものであったのは確かだが、彼らがほんとうにグレンを消す気なら、わざわざ顔を出す理由はない。

 話をこっそり聞いていたルナでさえ、そう思った。

 

 メリーは、傭兵グループ「アンダー・カバー」の幹部だった。

 ライアン率いる「アンダー・カバー」は、グレンの暗殺には否定的であり、できるなら、実行したくはなかった。

  

 メリーいわく、ライアンとメリーの希望は、できるなら、一緒に乗ったルパート――前の任務で大怪我を負って、車いす生活。もう任務はできないそうだ――彼と一緒に、地球にたどり着いて、平和に暮らすこと。

 ほんとうなら、オルドもいっしょのはずだったが、彼は降りてしまった。

 メリーに睨み付けられたクラウドは小さくなるしかなかったが、メリーはこの場で、過去のことを蒸し返したりはしなかった。

 

 なんとなく、その意志は、アズラエルもクラウドも感じ取っていた。ライアンたちが本気でグレンを消す気なら、ライアンが、アズラエルたちに近づくことはないだろう。

ライアンはプロの傭兵だ。暗殺を任務として宇宙船に乗り込んだなら、すぐに実行している。

ライアンは、グレンの前にも、アズラエルの仲間たちにもその姿を見せ、バーベキュー・パーティーにも参加している。

 

 メリーは語った。

 ヘルズ・ゲイトの行動やら、グレン近辺のきな臭い情報は、メリーたちも独自に調べ上げていた。同じユージィン経由で地球行き宇宙船に送り込まれたグループだが、ヘルズ・ゲイトのことは、ライアンも知らなかったそうだ。

 自分たちを雇っておきながら、もうひとつ別のグループを雇ったユージィン。

 ユージィンの真意がつかめず、「アンダー・カバー」は、グレンの暗殺実行を、先延ばしにしていた。

 そこへ、今朝、ユージィンが逮捕拘束されたというニュースが入った。

 そのニュースを見た瞬間に、ボスのライアンは、すべての任務の変更を決めた。

 ヘルズ・ゲイト幹部で、唯一、宇宙船に残っていたジャック・J・ニコルソンを拘束、彼らがユージィンに依頼された任務内容を聞き出す。

 メリーは、ジャックを狙撃して身動きが取れないようにし、拘束するために追っていたのだが、予定外にジャックはカレンに銃をぶっ放し、グレンをも撃った。だからメリーはあわてて、グレンの命をたすけるために、狙撃した――。

 

 「あなたのおっしゃることに、不自然はなにもありません」

 「……」

 チャンは、にこりともしなかった。

 「でも、一応、中央役所にご同行願います。それから、ライアンさんにも」