「……ねえ。あたしたちだって、このまま強制降船でL18に帰されちゃ、命の危険があるんだよ?」

 メリーは泣きそうな顔をした。

 「ユージィンが逮捕されて、だからライアンは、任務をやめようとしたけど、あたしたちだって安全になったわけじゃない。……やりすぎって言われたら、そうだったかもしれないけど、グレンの命をたすけたんだよ。あのときあたし、グレンのほうを撃とうと思ったら、それができた。そうでしょ?」

 「……」

 「グレンを助けて、正直に任務のこと吐いて、あたしたちを降ろすっていうんじゃ、あんまりひどいよ。あたしたちだって、賭けだったんだよ。ウチみたいな、つくったばっかりのグループはあんまり名が知られてないから、暗殺にはつかいやすい。でも、ウチのプライドとして、そっち関係は、あまり請け負いたくない。でも、ドーソンに目をつけられたら一巻の終わりだよ。逃げられない、分かるでしょ」

 「では、ジャックの身体についていた、盗聴器の存在は、どう説明してくれますか」

 チャンの鋭い眼光が、メリーを射抜いた。メリーは「そんなの知らないよ!」とさらに拗ねたが、顔色は変わらなかった。

 

 「あなたのおっしゃることに、不自然はない――言い訳が、完璧すぎるんですよ。まるで、用意されていたようだ。でも、ジャックが撃たれる寸前に言おうとしたことに、私も興味があります。ジャックが言おうとしたことを、あなたがたは知っているのでは? 彼が船内で見た、「心理作戦部」? 心理作戦部の誰かが、乗っていたんですか。どういう意味です? 彼は、言ってはならないことを言おうとしたがために、あなたに狙撃されたんじゃないですか。あなたは、ジャックに盗聴器をつけて、彼の言葉を聞いていた」

 「そんなの知らない。タイミングでしょ!」

 メリーはわめいた。

 「ジャックとジュリさんは、ここへ来るまえに、ラガーにいた。あなたもラガーにいた。ジャックとすれ違いざまに盗聴器をつけることは、プロの傭兵なら可能です」

 「だからあたしは! 盗聴器のことは知らない! ジャックを追ってたのは、みとめるけど!」

 

 チャンは答えなかったが、タケルが、メリーの肩をやさしく叩いた。

 「降船と決まったわけではありませんよ。事情をお伺いするだけです。今回は特殊事情ですから、情状酌量もじゅうぶんにあります」

 「ウチのボス、バーベキュー・パーティーに参加したんだよ? グレンを消そうとおもえば、そのときできた。違う? ねえ!」

 「分かってます。心配しないで」

 チャンは相変わらず、疑い深い目をメリーに投げるばかりだったが、タケルが間に入って、その場はおさまった。

 「とりあえず、私と一緒に中央役所に行きましょう。悪いようにはしません。けっして。――ここは軍事惑星じゃないんです。あなたが傭兵だからと言って、非人道的なことはしません」

 タケルの言葉に、メリーの強張っていた肩がやっとさがった。彼女は素直に立ち上がった。

 

 

 「――どう思います」

 チャンがちいさく、クラウドに聞いた。

 「う〜ん……メリーのいうことは、半分は、嘘ではないと思うけど」

 「グレンさんの暗殺は、実行をあきらめたということですか」

 「そうだね……その気はないよ。彼らは」

 

 クラウドはそう思った。オルドを招いたホーム・パーティーの一件でも、それは確信した。

「アンダー・カバー」がなんらかの任務で宇宙船に乗ったのはたしかだが、少なくとも、彼らに、グレンを暗殺する意志はない。

実質、もはや不可能だ。地球行き宇宙船を降ろされることを覚悟でやるなら、まだ顔が割れていないうちに実行するだろう。

おまけに、ライアンがバーベキュー・パーティーで見たものは、グレンと親しい、多数の役員たちの存在。

これだけの警備と人脈の中で暗殺を実行するのは、不可能だと踏んだに違いない。

 

「たぶん、ユージィンの追跡を巻いて、一緒に地球にたどり着いて暮らしたいっていうのは、本音かもしれない」

クラウドは言った。

「でも、ジャックは口封じに消された。それは間違いないよ」

「……」

「ジャックは多分、見てはいけないものを見てしまったんだ。アンダー・カバーの任務に関連する、なにかを」

先ほどジャックが言いかけた、「心理作戦部」の語句。

「……ではやはり、この混乱に乗じて?」

「おそらくね」

 

アミザの狙撃があり、カレンの身辺もきな臭くなるだろうことは、ニュースを見ていればすぐにわかることだ。

さすがに、ジャックがカレンを暗殺しに行くことは予想外だっただろうが――。

(いや? 常にジャックを張っていたというなら、もしかしたらヤツが、カレンの暗殺を請け負ったところも見ていたかもしれない)

ジャックもまた、ヘルズ・ゲイトとして、おなじグレンの暗殺を請け負って宇宙船に乗り込んだアンダー・カバーを張っていた。

その調査上で、アンダー・カバーの任務に関わる、「知ってはいけないもの」を知ってしまった。

だから、ジャックはこの混乱に乗じて消された。そう考えられなくもない。

 

(グレンの――暗殺)

クラウドは、自分が銃を持ってカレン救援にかけつけるべきだったと猛省した。

ヘルズ・ゲイトがこの宇宙船に乗り込んだ目的は、クラウド拉致が目的で、奴らはグレンをもさらおうとしたが、それはクラウドの拉致から目をそらすカムフラージュだったとクラウドは見ていた。

(だが)

ここにきて、クラウドの見解が百八十度ひっくり返った。まさか、グレンが撃たれるなんて。

(ユージィンは、もしや、グレンをほんとうに消そうとしているのか)

 

グレンは、この宇宙船に乗るまえ、軍法会議にかけられて、一ヶ月ものあいだ、軍部内の牢屋に入っていた。それを救出したのはチャンだったが、ドーソン一族の宿老たちが、グレンの処分を「三年間の謹慎」、あるいは、グレンの父バクスターとおなじように、「辺境送り」にしようとしたのを、頑なに「銃殺刑」の執行を押したのが、ユージィンだった。

つまりユージィンは、あの牢屋から、グレンを生かして出す気はなかったのだ。

「地球行き宇宙船のチケット」という、奇跡ともいうべき助けがグレンに訪れなかったら、グレンは、もうこの世にいなかった。

 

そして、「ヘルズ・ゲイト」。

あのとき、奴らはグレンをも拉致しようとしたが、クラウドの拉致が成功していたら、グレンは消されていたかもしれないとクラウドは思い至った。

グレンを消すことなく拉致したのは、グレンの命を盾に、クラウドに言うことを聞かせるためだったかもしれない。

ただクラウドを従わせるためにだれかを人質を取るのなら、ミシェルが最適だし、ルナでもよかった。ふつうなら、グレンよりは、そちらを取るだろう。あの場に、か弱い少女が二人もいたのだから。しかし彼らは、なぜかそちらには手を出さず、二度手間を踏んでまで、グレンを拉致した。

つまり、グレンを、クラウドにいうことを聞かせるための人質にとったあとは、消すように、言われていたからだ。

 

『てめえの命を狙っているのが、俺たちだけだと思うなよ』

ジャックはグレンにそう言った。

つまり、ジャックは「アンダー・カバー」もまた、ユージィンの命で、グレンを消すために乗船していたことを知っていた。もしかしたら、たったひとり宇宙船に残されたジャックは、共闘を望んだかもしれない。だがおそらく、ライアンは断った。ライアンは、グレンを消す気は本当になかったから。

彼らは、地球に行きたいのだ。ユージィンの追跡をまきたい。だからこそ、メリーの言うとおり、これは「賭け」だった。

ジャックは始末したいが、グレンを消す気もない。その意志を、「こちらがわ」にはっきりさせたかったのだ。

 

ジャックが一人、宇宙船に残ったのは、アンダー・カバーの見張りの意味も、あったかもしれない。ヘルズ・ゲイトがしくじった。だとすれば、次はアンダー・カバーにグレン暗殺のバトンが渡る。

しかし、予想外の事態が起きた。

マッケラン家要人の過去の悪行が暴き立てられ、アミザとカレンの「暗殺」がスタートした。マッケラン家要人たちに依頼され、アミザとカレンに銃を突きつけていた組織は、カレンの暗殺のために、宇宙船内にいる「ヘルズ・ゲイト」に実行を依頼した。

ヘルズ・ゲイトは金さえ積めば、どんな仕事も受けるグループだ。奴らに金は積んだとしても、これから組織が宇宙船に乗り、任務を実行する手間と金を考えたら破格に安い金額だ。

ジャックは数年刑務所にはいったところで、たいして造作もない。

 

そして、アンダー・カバーが宇宙船に乗ってだいぶ経つが、グレン暗殺を実行しなくても、ヘルズ・ゲイトのようにユージィンから急き立てられることがない理由。

彼らには、ほかに、別の任務がある。

(それが、“心理作戦部”関連か)