カレンはソファに身を沈めた。

 

 現場検証が終わったら、荷造りがはじまる。業者も入るし、セルゲイが万事取り計らってくれる。カレンはこのまま、明日にはララの屋敷へ移動し、明後日には発つ。

 本当は、いますぐにも移動しなければならないのだが、タケルやチャンが、「別れを惜しむ時間」をくれたのだ。

 タケルから聞いた話によると、まだマスコミには流れていない情報だが、すでにアミザの暗殺を請け負った組織はつかまった。

 傭兵グループ「燐」。

 ずいぶんまえから、高額の雇い金で、雇われていたらしい。

 

 先ほど、暗殺ターゲットのリストが、「燐」のアジトから発見された。

 軍部は戦慄した。

 そこにはカレンとアミザの名だけでなく、ミラとツヤコの名と祖父アーサー、エルナン医師、すでに故人ではあるが、祖母シナコの名まであったからだ。

 マッケラン家をすでに追放されていた祖父は、隠居後の豪邸で、死体となって見つかった。自殺の形を取らされていたが、警察は「燐」のしわざと見て、調査を始めているらしい。

 

 「燐」の羽振りが異様によかったわけが、わかった。

 奴らは、逮捕されたマッケラン要人たちの、私兵みたいなものだったのだろう。黒幕をバックに、好き放題していた。カレンたちの暗殺という大仕事を請け負う代わりにずいぶんな金が奴らに流れていただろうし、要人たちの依頼した、数々の裏仕事もさばいてきた。

ヘルズ・ゲイトが、宇宙船にいる傭兵グループだからということで、依頼したのだろうか。

 グレンとクラウドの拉致も失敗した「ヘルズ・ゲイト」である。すこしはできるところを見せておかねば、今後がない。

 だが彼らは、カレンの暗殺も失敗した。

 まったく、ご愁傷様である。

 

チャンは、この宇宙船に乗っている傭兵グループで、カレンの暗殺を実行できるとしたら、やはり「ヘルズ・ゲイト」くらいしかなかっただろうと言った。

たしかに、白龍グループ系列やブラッディ・ベリー系の傭兵グループは、いくら金を積まれてもそんな任務は請け負わない。ほかの傭兵グループもいくつか乗っているようだが、アズラエルとグレンや、クラウドの隙をくぐって暗殺できるような腕と経験を持った傭兵はいない。

ヘルズ・ゲイトは、傭兵仲間の間でも評判はわるいが、腕は確かだ。

すくなくとも、クラウドですら、ジャックが「ヘルズ・ゲイト」の幹部だとは見抜けなかったのだ。今日、あのタトゥに問題提起されるまでは。

カレンは、今日ほんとうに暗殺されていたかもしれないのだ。

(あの――ピンクのうさぎが教えてくれなかったら)

カレンはもう一度、深々とため息を吐いた。

 

 (ルナのごはんも、今日かぎりかあ……)

 こころ残りと言えば、それくらいのもの。カレンはずいぶんと現金な自分に、苦笑した。

 みんな、きっと無事に地球に着けるように。

 メルヴァの軍は、きっとL20の軍が止める。

 (あたしがもどって、きっとそうさせる)

 あとは、セルゲイの説得だけだった。

 セルゲイには、宇宙船に残ってほしい。

 ルナのためにも――自分のためにも。

 説得は難しい。でも、今のカレンは、それもできる気がしていた。

 

 

――アランのことは、ずっとカレンのトラウマだった。

物心ついたころ、カレンは、マッケラン家の者が、なぜか自分とアミザを「ちがうもの」として扱うことに気付いた。

そしていつか、くわしいことは分からないが、それが「自分の母親」がしたことが原因であることに気付いた。

しかしミラはいつでも、「カレンは次期マッケランの当主だから、アミザとちがうように扱われるんだよ」と言い、「カレンの母親は立派な人だった」とカレンをはげますことを忘れなかった。

だが、カレンに対してマッケラン家の者が、つめたく当たるか、まるで「監視人」のような目つきで見てくるのは、カレンの勘違いではなかった。

――ツヤコもミラも、カレンを愛してくれた。

だが、アミザが受けるようなあたたかな眼差しを、叔父や叔母、祖父や祖母、ほかの身内から受けたことがないカレンは、いつしか、差別される傭兵のことを、思うようになった。

 

決定的なことが起こったのは、いつのことだったか。

あれは、パーティーのときだった。

カレンが、「どうして傭兵は、同じ人間なのに差別されるの」とおとなたちに聞いたとき、おそろしい戦慄が会場内に走った。

音楽はやみ、ダンスがやみ、人々の顔が凍てついた。カレンは幼心に、言ってはいけないことを言ったのだと分かった。

 

そのあとだった。

カレンは、ミラから実の母親アランの生涯を聞かされたが、そのとき悟ったのだった。

自分は、愛してくれた義母を苦しませる存在でしかないのだということを。

アランの結末を、義母ミラはひどく悲しんでいた。そばにいてやれなかったこと悔いていた。己の力不足を悔いていた。

そして、カレンはマッケラン家の皆が、自分をみつめる視線の意味が、ようやく分かったのだった。

マッケラン家はアランの子であるカレンが、「傭兵差別主義者」に育たなかったことを、恐れたのだった。

 

カレンの分別がおとな並になってきたころからは、ミラ以外の人間から、アランの話を聞かされることが多くなった。

裁判での仲間の裏切り、実の父であるユージィンの裏切り。

それを信じるには条件は整いすぎていた。カレンは、そのときはじめて父がユージィンであることを知ったのだから。

カレンを疎んだのは、「傭兵差別主義」の身内だけではない。祖母や祖父は、傭兵差別主義ではなかった――けれども、ユージィンを憎むがゆえに、成長していくにつれ、彼に似てくるカレンを疎んだ。

愛娘を裏切り、死に追いやった人物として、ユージィンを憎み、カレンにはひどく複雑な目を向けた。あまり、カレンの傍には近寄らなかった。

ユージィンは、誰もがおそれている人物で、冷酷非情だ。あの男が自分の父親だと知ったとき、カレンの心は衝撃にしずみ、母親を哀れに思った。

そして、「恋」をおそれた。

 

自分は、母親にのぞまれて生まれて来た子どもではなく、実の父のユージィンですら、アランを裏切り、カレンを裏切った。――母親は、心神喪失で自殺した。

カレンの顔を見たとたん、アランは自殺を決めたのだと、ずっとマッケラン家の者にカレンは言われ続けた。

口さがない者は、アランが牢番たちに身体を明け渡し、カレンを生んだのだ、牢番の慰み者であったと、根拠もない話をする者もいた。

さすがに、カレンがそれを信じることはなかったが、激しい怒りのために、一週間高熱を出したほどだった。

信じたくはなかったが、あまりにひどいその悪意は、長年カレンの胸にしこりとなって張り付いた――まるでアバド病の細菌のように。

エレナが受けて来た仕打ちをマックスから聞いたとき、病のようになってしまったのはそのためだった。

ジュリを見捨てられなかった気持ちも、そこから来ていたのかもしれない。もしかしたら、牢番にひどい目に遭わされたかもしれなかった、母の姿をジュリやエレナに重ねてしまった。

今ではそれが――嘘だったと分かるけれども。

 

アランは憎まれていた。カレンも憎まれていた。

様々な理由で。

アランの起こしたもめ事をおさめるために、どれだけの金をつかったと思う。

ある者はそう言った。

アランのせいで、マッケラン家は窮地に立たされたのだ。軍事惑星の名家であるマッケランの名を汚した。

そういう者もいた。

ミラでさえ、カレンに気をつかい、カレンがアランと同じような運命をたどらないよう、神経をとがらせていた。