(あ――ありがとう) カレンは、あっけにとられてそういった。フクロウはうやうやしくお辞儀をしながら、(どういたしまして)と言った。 そして、この巨大フクロウは、おそらく部下であろうフクロウたちに、鋭い声で命じたのだった。 (奴らをつかまえろ! 一羽たりとも逃すな!) フクロウたちは強かった。またたくまにすべての白鳥をとらえ、檻にぶち込んだ。 (僕がいるからには、これからはあなたを、決して危険な目には遭わせません) フクロウは、三百六十度、首をくるくる回しながら、誇らしげに言った。 カレンの驚きはまだまだ続いた。今度は、キラキラと輝く、大きなペガサスが飛んできたからだ。そのペガサスも大きかった。大きなキリンであるカレンを、羽根で包み込んでしまえるくらいだ。 (あなた、綺麗だね) カレンはまじまじと見つめ、思わず素直な感想を口にすると、ペガサスはほんのり、ピンク色に輝いた気がした。 (あまりほめないでください――わたし、照れ屋なんです) (そうそう。また恥ずかしがって布をかぶってしまうからね。そのあたりにしておいてください) フクロウが笑って言い――ペガサスが、羽根と前足をつかって、完全にカレンを――キリン姿のカレンを、地上に持ち上げた。 カレンは、すっかり足が自由になった。 何年ぶりに、地上に出ただろう。そんな気分だった。 (あたし――動ける!) カレンは、キリンの前足を、高々とあげた。後ろにひっくり返りそうになるくらい。 (動ける! ――見た!? 義母さん、あたし――) カレンはすぐさま、倒れ傷ついた二羽の白鳥のそばへ向かおうとしたが、黒いシェパードが、二羽の白鳥を守っていた。カレンは、その黒いシェパードが、ソヨンに似ている気がした。黒いシェパードだけではない。二羽の白鳥は、やさしげな顔をしたカバの背に乗せられ、周りを、いかめしい顔をしたフクロウたちが守り、ちいさなリスのナースまでついていた。 (もうだいじょうぶだよ。――あたしたちはだいじょうぶ) かつて涙の海につかっていた白鳥が言った。手当てを受け、羽根は白く輝いている。 カレンはうなずき、自由になった足で振り返り――ついに、言葉も出ないほど仰天した。 カレンの後ろには、カレンを突いていた白鳥とは違う、光り輝く翼を持った白鳥たちがたくさん、羽ばたいていた。 (我々は、マッケランの者です。あなたの味方です) 彼らは、口々にそう鳴いた。 白鳥の後ろで、空を覆い尽くすのは、金色の龍。頭が八つもあるやつだ。ララに似ているような気がしなくもない。しかし龍はそれだけではない。青に緑に、さまざまな色の龍があちこちから集まってくる。 ムクドリ、キジ、カラス、タカ、スズメ、カモにヒバリ――鳥たちも、びっしりと空を埋めていた。 地上には、フクロウとペガサスのみならず、クマにゾウにサイ、カバ、ウサギやネコ、犬、ロバに馬――ライオンにトラにチーター、ヒツジにヤギ、カンガルー――カレンが見たことのない動物もたくさんいた。ずっと後ろの方に、しぶきをあげているクジラまでいたのだった。 (L20もマッケランも、白鳥だけじゃないんですよ) ペガサスは、微笑んで言った。 (おまえの味方は、こんなにいる) 先頭にいる駿馬は、年老いていたが、黒くうつくしいたてがみと、その理知的な顔立ちが、若いころのツヤコを思い起こさせた。 そして、彼女のすこし後ろにいるのは――カレンと同じ、キリンだった。 カレンにはそれがだれか、すぐにわかった。 (かあさん) カレンは涙した。 (かあさん) ――あたしのことを、愛してた? (もちろん) そこにはキリンではなく、微笑むアランの姿があった。カレンとほぼ変わらない若さでそこにいた。彼女の時間は、二十四歳で止まっている。 (ユージィンそっくりの、あなたを愛してるわ) カレンはアランに抱きしめられたまま、しばらく泣いた気がした。 (さあ――前をお向き。うしろは、あたしたちが守るから) (カレン。前だけを見て、進むのよ) 駿馬とキリンが言った。カレンもアランも、キリンの姿にもどっている。 カレンは、ふたたび前を向いた。暗雲はたちどころに消え、雲海が、広がっていた。山は、峻厳ではあるが、陽の光をあびて、輝くような青さだ。 カレンは、前足を動かした。後ろ脚も動かした。 長年土に埋まっていたけれど、歩ける。 錆びついてはいない。 (行きましょう) (さあ、わたしたちともに) (長いようで、ほんの短い旅路を) フクロウやら、ペガサスやら、駿馬やらが口々に言った。傷ついた二羽の白鳥と黒いシェパードは、いつしか大きな緑色の龍の背に乗っていた。 ――もう、孤独ではない。 でも、一人で立って、歩いていくことができる。 カレンを連れて行こうとするように、目のまえに躍り出たペガサスの背に、小さなピンクのウサギが乗っているのに気付いた。 (あなたは) (こんにちは) ピンクのウサギは微笑んだ。 (“革命家のキリン”さん) カレンは、はっと目が覚めた。頬が、涙に濡れてつめたかった。 ソファでうたた寝をしていたらしい。気づけば、すっかり陽が沈もうとしていた。 「カレン」 セルゲイがカレンを起こそうとしたところで、カレンがいきなり起き上がったので、彼は驚いて「うわ」とちいさく叫んだ。 「あ、――もしかして、夕ご飯の時間?」 「そう。カレンは起きてるかなって」 (そういや) カレンはセルゲイの顔を見て、ふと思った。 (そういや――あのなかに、セルゲイはいなかった気がする) カレンの後ろを守ってくれていた、たくさんの動物たちの中に、なんとなくセルゲイは、いなかった気がした。 カレンはZOOカードにあまり興味がないし、セルゲイのカードがなんだったか覚えてもいないのだが、ルナたちの会話を聞いていると、セルゲイはよくパンダだと言われることが多い。 だが、パンダは、あのたくさんの動物たちの中にはいなかった。 (そうか。そういうことなんだ) ――やはりセルゲイは、宇宙船に残るべきなのだ。 「ってことはなんだ――あたしは、ルナの昼飯食い逃したってことか!?」 「そうなるね。朝食も、ついでに昼食も食べ損ねたってことだ」 とたんに沈んだカレンに、セルゲイは苦笑した。 「笑いごとじゃない、笑いごとじゃないよセルゲイ! あたしもう、今夜しか、ルナのごはん食べられないんだよ!」 「明日の朝食もある」 「そういう問題じゃないんだよ! 昼飯なんだった」 セルゲイが仕方なく白状したメニューはカレンの好物だった。食べ物の恨みがこもった視線を向けられたセルゲイは、あわてて部屋から逃げ出した。 |