「カレン!」

階下のルナの部屋に行くと、ピエトが駆け寄ってきた。

「だいじょうぶ? よく寝た? 食欲ある? おなかすいてる?」

カレンは思わず笑った。

「ああ。よく寝たよ。腹も減ったし」

ほんとうにスヤスヤと、よく眠ったと思う。アミザが狙撃され、ジュリは半狂乱、グレンも撃たれて搬送され、自分の命も狙われているというのに。

あまりに立てつづけに緊張がつづいたせいで、スイッチがプッツン、切れたのかもしれないとカレンは思った。そもそも、あのガイコツ・タトゥのことばかり考えていたのも、逃避ではないかと思っていたくらいで――。

 

「カレン、だいじょうぶ?」

食卓に器をはこんでいたミシェルも、一目散にカレンのもとへ走ってきた。アミザとよく似ているミシェルの顔を見ると、ほっとする。

「だいじょうぶだよ、あたしは。グレンとジュリのほうが、よっぽど災難だったよ」

「さっき、グレンとジュリさんのお見舞い行って来たけど、グレンは元気だったし、ジュリさんは眠ってた。――あのさ、」

ミシェルが、遠慮がちに聞いてきた。

「クラウドもアズラエルも、あたしたちにくわしい説明してくれないんだけど……あの、もうひとり救急車で運ばれて行った人、いたでしょ? ――亡くなったの?」

「……」

カレンは詰まったが、とりあえず「……うん」と返事をした。

「あのひとが、ジュリさんのつきあってた、ジャックっていう人?」

「ああ」

「カレンをその――暗殺しに来た人、なんだよね?」

カレンはうなずき、「ヘルズ・ゲイトっていう、まえ、グレンを襲った傭兵グループのメンバーだよ」と説明した。

ミシェルが沈黙してしまったのを見て、カレンはあわてて言った。

「あたしのせいで、怖い思いさせたね」

それに目を見張ったのはミシェルで、「え? ううん」と彼女も慌てて首を振った。

「そうじゃないの――カレンのせいとかじゃなくて――あたし、やっぱり銃の撃ちかたとか、習っておこうかなって、今日の昼間、ずっと考えてたの」

 

ミシェルの言葉は、カレンの胸をうずかせた。

ミシェルも、それからルナも、きっと軍事惑星群の男と付き合ったせいで、しなくてもいい怖い体験を次々にしている。

クラウドを、ヘルズ・ゲイトが拉致しにきたときも、ふたりとも、恐怖のせいでしばらく様子がおかしかったと、かつてアズラエルは言っていた。

今回はついに、身近で死者が出てしまった。

人が殺される瞬間を、ふたりが見ていなかったことが救いだ。

――ジュリは、だいじょうぶだろうか。

(きっと、ジュリの回復を待てずに、あたしは旅立ってしまう)

 

「……ミシェルは、銃なんか、撃てなくてもいいと思うよ」

カレンの言葉に、ミシェルはなんだか不満げだったが、アズラエルの、「シチューできたぞ!」という声に、三人そろって「はァい!」と返事をした。

 

「あれ? ルナは?」

「ルナだったら、みんなにサンドイッチとおにぎりを配りに行ってる」

「え?」

「ルナちゃん、外で張り込みしてる役員さんたちに、おにぎりとサンドイッチと、コーンスープを差し入れしにいったんだ」

いつのまにか、セルゲイが後ろにいて、残ったサンドイッチをつまんでいた。

 

「雨が降ってきちゃったよ! ――あ、カレン!」

ルナがもどってきた。玄関先で、エプロンをぱたぱたさせて、カレンの姿を見つけると、満面の笑みを見せた。

カレンはどきりとして――それから、にわかに、目頭が熱くなった。

 

(――ルナ)

 

ルナは「おかあさん」みたいだとジュリはいつも言った。

ほんとうにそうだった。ルナは、とても暖かい「居場所」だった。

いつでも笑顔で、カレンを、皆を迎えてくれる。帰ったら、「おかえり」といって微笑んでくれる。

「カレン、おはよ。ごはん、食べよ」

ルナはなにも聞かなかった。笑顔でカレンの手を取り、食卓に向かった。カレンにはそれが嬉しかった。

 

――ルナはいつも変わらずに、そこにいる。

 

「みんな差し入れ喜んでくれたけど、今日はあぶないから、外に出ないでくださいって怒られちゃった」

「あたりまえだろ。だから、俺が行くって言ったのに」

「だって、アズ、シチューから離れられないってゆってたじゃない! 待ってたら、せっかくのコーンスープが冷めちゃうよ!」

ルナがぷっくりとほっぺたをふくらませ、アズラエルが肩をすくめる。

「ミシェル、俺の分のコーンスープは?」

「なに言ってんの。みんな配ってきちゃったよ」

「ええ!? ほんとに!? 一滴も残ってないの!?」

「ええーっ!? 俺も食いたかったのに!」

「ママのコーンスープが……」

「だれがママだ」

「なんだ……味噌汁があるのか。なら、いいや」

クラウドが、空の鍋を見て絶望的な声を上げ、ミシェルが呆れ声、ピエトも不満げな声を上げる――そして、味噌汁が入った鍋を見つけて、機嫌を直す。いつものかけあいを聞くのも、今日かぎり。

カレンはセルゲイと、食卓に着いた。

いつものメンバーで、いないのはグレンとジュリ。ジュリは最近、いないのが当たり前のようになっていたが、それでもいないのはさみしい気がした。

 

「はい、カレン」

カレンの前に、いつものように、味噌汁椀が置かれる。

アズラエルのつくったバリバリ鳥のシチューがたっぷりと盛られた白い皿。カレンが「美味しい」といったのを覚えていてくれたらしい。

サラダのほかに、今日は二、三品、おかずが多かった。カレンの好物ばかりだ。

ミシェルとピエト、クラウドも食卓に着いて、最後にアズラエルとルナが席に着く。

「いただきます!」

みんなそろって言ったところで、いつも真っ先に味噌汁椀をとりあげるカレンが、

「みんな」

と言った。箸にさえ手を付けずに。

 

「あたし、明後日、宇宙船降りることになった」