「え?」

今度は、ルナが首をかしげる番だった。

カレンは、嬉しそうな顔をすると、おおげさに手を広げた。

「あたしの夢はね、マッケランの当主になって、地球行き宇宙船の株主になって、いつでも宇宙船に乗れるようになるの」

「マッケランの……当主」

「うん、あたしね、不思議な夢を見たんだ」

 

カレンは、夢の内容は言わなかったが、今回の事件があったことで、決意したのだと言った。

自分ではなく、アミザを当主にしてもいいから――自分は一生支える側でいいから、義母と義妹の傍にいたいと思っていた。だが、その夢を見て、願いが変わった。今まで守ってきてくれたミラやアミザを、やはり自分が当主になって、守らなければならないのだと、気づいたそうなのだ。

 

「それでね、ここからが大事。あたしは、地球行き宇宙船の株主になって、いつでも宇宙船に乗れるようになるの」

「うん」

「それでね――そこに、ルナがいてくれたらいいなって、思ってたんだ」

「ふえ?」

ルナは口をぽっかりとO型にあけた。「あたし?」

「その顔もしばらく見納めだな」

カレンが笑ったので、ルナはふくれっ面をした。だが、カレンの真剣な顔に、すぐにほっぺたはしぼんだ。

 

「あたしの夢なの――宇宙船に帰れば、いつでもルナがいて、ルナが迎えてくれて、ルナのあったかいごはんが食べられる――あたしの、夢」

「……」

「すごく、幸せだった――あたし。この宇宙船に乗って」

 

L20にもどり、マッケランの当主となるのは、ミラやアミザを守るためでもある。そして、いまL系惑星群全土を戦渦に巻き込もうとしているメルヴァを止めるためでもあり――それはすなわち、宇宙船で暮らしている、ルナたちの安全を守るためでもある。

気づけば、やりたいことは、数えきれないくらいあった。

軍事惑星群を、変えていくこと――グレンの、そして、亡き母の夢でもあった、軍人と傭兵の差別を、なくすこと。

 

「なんだか、立派なことを言ってるようだけどさ、ぜんぜんそうじゃないんだ」

カレンは苦笑いした。

「居場所を失われないために、立ち向かうんだ」

大義ばかりでは、歩き出せなかった。迷いが多かった。揺れ続けていた。

「意外と現金だよ、あたしはね」

ルナの味噌汁で、メルヴァをやっつけに行けるからさ。

「あ、いっとくけど、あたしがこんなことを言ったからって、ルナの重荷にしたいわけじゃないんだよ? ルナが役員になってても、なってなくても、L系惑星群のどっかにいたら、味噌汁食いに、たまに顔を出すから」

カレンが笑って言うのに、ルナも笑い、涙をぬぐった。

「あたしはきっと、宇宙船の役員になってるよ! それで、カレンが来るたびに、じゃがいもと玉ねぎのおみそしるをつくって、おさかなを焼くよ!」

「そうしてよ、ぜひ。あたしのためにも」

ふたりはそう言って笑いあい――やがてカレンは、こつん、とルナの肩に頭を預けた。

 

「ねえ、ルナ。あたしを見送るときに、バイバイとか、さよならって、言わないで」

「――え?」

「あたし、“行ってきます”っていうから、いつもみたいに送り出してほしいの。“いってらっしゃい”って」

「……!」

ルナは、ついに泣いた。また、ふぎふぎと謎の言葉を発しながら、泣いた。カレンもルナを抱きしめ、目を赤くした。

 

――しばらくの、短いようで長い、別れのために。

 

 

 

 

カレンは、ひとしきりルナを抱きしめたあと、「今夜のうちに行かなきゃ、二度とジュリとグレンには会えないかも」と言って、すぐに病院へでかけて行った。

カレンとの会話は、それが最後だった。次の会話は、もっともっと、何年もあとになった。

ミシェルやクラウドが、手早く入浴を終えて、カレンの好きな酒を持ってルナたちの部屋に来たときは、もうカレンはいなかった。無論、アズラエルとピエトも、カレンと「さよなら」を交わすこともできなかった。

カレンは、帰ってこなかったからだ。

グレンとジュリの見舞いに病院へ行き、そのままララの屋敷へ移動し、アパートには帰ってこなかった。

次の日の朝食のあと、本当の別れだと聞いていたミシェルとピエトは、もれなくもう一度泣いた。

カレンの好物ばかりをならべた朝食をまえに、ルナも涙をこぼした。

セルゲイも、カレンに同行しているのか、次の日の朝食のときもいなかった――カレンが宇宙船を降りる当日まで、彼は姿を見せなかった。

 

――明後日は、あっという間に来た。

 

K15区の、宇宙船入口。

見送りに来たルナたちは、宇宙船の搭乗口付近まで来て、警備の物々しさに目を剥いた。

今期の地球行き宇宙船は、L20の軍機に警備されているという話だったが、それら軍機のほうから来たのか、カレンの周辺は、L20の真っ青な軍服で固められていて、ルナたちは、カレンのそばに近づくことさえできなかった。

立ち入り防止柵が臨時で建てられていて、ルナたちはそれ以上先に行けない。みんなは柵越しに、カレンの姿を探さねばならなかった。

数少なかったが報道陣もいて、役員たちは彼らを押し返すのに難儀していた。

ルナは、背の高い軍人たちに囲まれた中央に、やっとカレンとタケルの姿を見つけた。

ルナもミシェルもピエトもそちらを熱心に見、手を振ったが、カレンは気づかない。おそらく、見えないのだろう。

 

「こういうのを見ると、カレンさんが首相の子どもなんだってこと、実感しちゃうわよね……」

シナモンの言葉は、皆をうなずかせた。

シナモンたちは、今日初めて、カレンがL20の首相の子だということ知ったのだった。もしカレンがこのまま地球に向かっていたのだったら、シナモンたちは一生知ることのない事実だった。

 

今回も見送りに、バーベキュー・パーティーの仲間たちが勢ぞろいしたことは言うまでもないが、ジュリはここにいない。ジュリは初日にだいぶ強い安定剤を打たれたせいで意識が混濁していて、まだ目覚めていない。今日の見送りには来ることができなかった。

「来れなくて、逆によかったかもしれねえぞ」

アズラエルは言った。それはルナも思った。カレンとの別れを、ジュリがどう受け止めるか、――パニックは確実だ。しかし、寝ているうちにカレンがいなくなったことを、ジュリがあとで知ったら。

恋人が目の前で撃たれ、王子様だと信じていたカレンがいなくなる――ジュリの衝撃は、想像に難くない。

(ジュリさん……)

ルナは、ジュリが目覚めたとき、どうそれを告げたらいいのか、悩んだ。

グレンは見送りに来ることができたが、またしばらく、車いす生活だ。

「おまえ、また怪我したのか」という、事情を知らないオルティスの呆れ声に、「この宇宙船の安全神話は壊れつつあるぞ」と嫌みを返すことしかできなかったグレンだった。

 

「やあ」

この声は、ここにいるはずの声ではない。「見送り組」のほうではなくて、カレンのそばで、見送られる側に――予定としては、いるはずだった。

「軍機から、だいぶ人数が来たって言うけど、ほんとうに物々しい警護だね」

 



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