セルゲイが顔を見せたので、アズラエルも驚いた。 「おまえ、いっしょに降りるんじゃねえのか」 「えっ!? セルゲイもいっしょに降りるはずだったの!?」 ミシェルの絶叫に、セルゲイはあいまいな苦笑を返した。 「来るなって、言われちゃったよ……」 その苦笑は、どこかさみしそうだった。 セルゲイの格好は旅支度だった。そう思えなくもない格好だった。ポロシャツとスラックスに革靴――おおきなスーツケースを手にしていた。 セルゲイは、さっきまで、――ほんの数分前まで、降りるつもりでいたのだ。 『L系惑星群L80いきのL355便、搭乗ゲートが開きました』 いつか聞いたアナウンスがいよいよ別れのときが来たのだと知らせる。 人ごみが流れ出したので、ついにカレンが行ってしまうのだと、ルナは悟った。 カレンまではとても遠い。 聞こえるだろうか。 でも、もうカレンは行ってしまう。 ルナは声を張り上げた。あの夜、アパートからカレンを送った言葉で。 「カレン――行ってらっしゃい!!」 ルナの大声に煽られたように、ミシェルが、ピエトが叫んだ。 「カレン! 行ってらっしゃい! 気を付けてね!」 「カレン! またなーっ!!」 キラやリサ、シナモン、レイチェルも叫んだ。 「また会いましょう!」「バーベキュー、楽しかったね!」「元気でね!!」 「行ってきます!」 それはたしかに、カレンの返事だった。 姿は見えないけれど、カレンの大声は、たしかにルナたちに届いた。 カレンには――聞こえていた。 「カレン! カレン元気でねーっ!!」 「いってらっしゃーい!!」 ミシェルとピエトが、いつまでも、声を張り上げ続ける。ルナも、叫んだ。喉がかれるまで。 ――いってらっしゃい、カレン。 カレンを覆い隠していた警護の軍人たちも、ステーションの向こうに姿を消した。 立ち入り防止柵が、駅員たちの手で撤去される。 ルナとミシェル、ピエトは、ふり続けていた手をやっと下ろした。 「カレン――行っちゃったね」 ミシェルが、ぽつんとつぶやいた。 リサが、「リズンに行かない」と言ってきたが、ルナとミシェルは、そんな気持ちになれなかった。 「ごめん――今日は、帰るね」 ルナは、以前ナターシャを見送ったときとは違い、リズンでお茶をする気には到底なれなかった。 レイチェルもそれを察したのか、「ルナ、元気出してね」と言って、リサたちと一緒に先に帰った。 (カレン) 毎日一緒に暮らしていたカレンがいなくなってしまうことは、胸にぽっかり、穴が開いたようだった。 アズラエルやグレンですら、さみしいと感じているのだろう。セルゲイなど、複雑な気持ちを抱えたまま、いつカレンを追って降りても不思議はないような顔をしている。いつまでも、カレンが消えた回廊の向こうを見ていた。 言葉少なに、皆は家路についた。 アズラエルは、家に着くなり「走ってくる」と言いだし、ピエトも「俺も行く!」とついていった。 ルナは、ひとりぽつねんと、ダイニングの椅子に座った。 (カレンは、もういないんだ) みるみる、涙があふれてきた。 公園のほうへ走り出して数分後、アズラエルは、後ろをついてきているちいさな足音が、遅れがちになってきたのを耳でとらえた。 ピエトが、泣きじゃくりながら足を止めている。 「家にもどるか」 アズラエルは聞いたが、ピエトは首を振った。アズラエルはピエトを背負い、公園を一周走ったあと、ベンチにすわって、ピエトが泣き止むのを待った。 グレンは自室のリビングにもどったあと、すぐにテレビをつけた。 一週間はあのニュースがつづくと思いきや、そうでもなかった。昨日までは、あたらしく飛び込んでくる情報を、ニュースキャスターがひっきりなしにしゃべりまくっていたが、そろそろ落ち着いたらしい。 アミザ狙撃の犯人は逮捕。傭兵グループ「燐」。 マッケラン要人五人は、余罪が次々と出てきて、監獄星行きは免れまい。だが、そのまえに、長い長い裁判があるだろう。 ユージィンのことが、あれきり報道されないのもグレンには不思議だった。真っ黒なはずのあの叔父が逮捕されたなら、マッケランの要人たちのように、余罪があふれ出てくるはずだった。それがない。ニュースキャスターが、あれきり、ユージィンの名をまくしたてることはない。 (あの本をそのまま鵜呑みにするなら、ユージィンはシロということで、釈放されたのか) あの本では、不気味なほどユージィンは善良な人間だった。しかし、ユージィンは、かつて「あのような」人間だったのだ。いつごろからか、人は変わってしまったけれども。 (ユージィンはアランの暗殺には関わっていない。なら、なぜ逮捕された?) グレンには分からなかった。ユージィンは釈放されたのか。しかし、ニュースの公式発表は、「任意同行」ではなく、「逮捕」だった。 「……」 くわしい状況が知りたくても、連絡を取れる相手がいない。 (オトゥールはどうだ) グレンは、ロナウド家嫡男の顔を思い浮かべ、すぐにあきらめた。 もう自分は、ドーソンに関わらないと決めたのだ。 ――カレンとは違う。 グレンは、リビングのテーブルにある、スーパーの袋を見つめた。今朝、これをスーパーの店員が届けに来たのだ。「カレンさんという方から」と言って。 (ほんとに、買ってよこすとはな) 中身は、グレンの好きな銘柄のビールとソーセージだ。高価なものではない。グレンが普段飲んでいるもので、ソーセージは何度か食卓に上がったことがあるメジャーなものだ。 カレンと、皿に残った最後の一本を、よく取り合ったことを思い出して、グレンは苦笑した。 不思議なことにカレンは、一度もグレンに、「ドーソンにもどらないの」と聞くことはなかった。 お互いが、「家」と「一族」の話を避け続けてきたのはたしかだが、まったくしなかったわけではない。今回、カレンがL20にもどることを決意したとき、「いっしょに戻らないか」と言われることも、グレンは予想していた。 「いっしょに、軍事惑星を変えていこう」 ドーソンとマッケランの嫡子同士、協力し合って――そういわれてもおかしくなかった。いや、それができると錯覚するほど、宇宙船に乗ってからの生活で、互いを信頼していた。 カレンにそう言われたら、グレンはうなずいていたかもしれない。 そうしたら、この宇宙船のどこかにいるかもしれないレオンを、なんとしても見つけて、縛ってでもいっしょに連れ帰る。 レオンとカレンと一緒に、軍事惑星に戻る――その選択も、わるくはなかった。 だがカレンは、グレンに「共にいこう」とは言わなかった。 (オルドには、『軍事惑星群で会おう』と言ったが) カレンがグレンに言わなかったのは、グレンを信頼していないからではない。 それは、グレンにもわかる。 マッケランとドーソンは違う。 |