――ドーソンは、滅びる。 おそらく、グレンがどうあがいても。レオンが、ユージィンが、どう、あがいても。 グレンがもどれば、その「滅び」に、必ず巻き込まれる。 おそらくカレンは助けられないだろう。それで、グレンがカレンを恨むことはない。しかし、そんな末路を、カレンはグレンに、選ばせたくないだけだった。 あの日、病室をおとずれたカレンは、明後日宇宙船を降りるということをグレンに告げ、『アンタは命の恩人だ』と実に真面目くさった顔つきで言ったので、グレンは思わず、 『礼はうまいビールとソーセージでけっこう』 と言ってしまった。その返答が、あまりにも予想範囲内だったのか、カレンは深夜の病院にもかかわらず爆笑した。 それからカレンは、神妙な笑みをたたえたまま、グレンに尋ねた。 『グレン、あたしの顔、だれかに似てると思ったことはない?』 『?』 グレンは、ほんとうに分からなかった。カレンが求めている答えも分からなかったし、グレン自身は、カレンが誰かに似ていると思ったことなど、一度もなかった。グレンはカレンの顔を穴のあくほど眺めたが、思い当たる人物は思い浮かばない。 無理やり似ているところを探せば、義母のミラくらいか。 やがて、業を煮やしたカレンが、『あたしのこと、ユージィンに似てると思ったことはない?』とはっきり聞いてきたので、グレンは『ユージィン?』と語尾を上げ、即答した。 『ない』と。 そっちの返事は予想外だったようだ。カレンは目を見開き、疑い深い目で、『ほんとに?』ともう一度聞いた。 グレンは、ほんとうにそう思ったことはなかったので、『ああ』とシンプルに答えた。 そして、説明が必要だと思ったので、そうした。 『レオンが、ユージィンに似てると思ったことはある。あっちは叔父と甥の関係だがな。だが、おまえは似てると思ったことはねえ。あの本を読む前から、俺はおまえの親父がユージィンだということは、知ってた』 ユージィンには、結婚する前から、マッケランのアランという女性の間に子どもがいて、その子がカレンという名だと、グレンは幼いころから知っていた。 『だが、ユージィンには似てない。おまえは、ミラ首相のほうに似てると思う』 『あたしが? 義母さんに?』 『ああ』 グレンはつづけた。 『ほら――犬を飼ってると、飼い主に似てくるっていうの、あるだろ』 カレンは目を丸くした。 『一度もあったことがねえ父親より、毎日一緒に暮らしてた他人のほうに似てくるっていうのは、あるんじゃねえか』 『あんた、それでもあたしのこと、励ましてるつもり!?』 ついにカレンは噴き出し、看護師が『静かにしてください!』と怒鳴り込んでくるまで、ふたりで笑い続けた。 厳重注意を受けたあと、ふたりはようやく笑うのをやめたが、グレンは言った。 『おまえは、恐ろしいユージィンしか知らねえんだろうが』 グレンは、手短に本の感想を述べた。 『俺は、あの本に書いてあるユージィンが、別人だとは思わなかったよ。――おまえは信じられねえかもしれねえが、ユージィン叔父は、すごく優しかった――昔はな』 グレンの十歳前後くらいまでは、優しいユージィンの記憶しかない。ルーイの家からもどったグレンを、グレンの実の父親であるバクスターは、つめたい目で見据えたまま抱き上げもしなかった。父親の態度に傷ついたグレンを抱き上げ、「よく帰ってきたな」と慈しんでくれたのは、ユージィンのほうだったのだ。 それがいつから、あのような恐ろしい存在になっていったのか、グレンも定かではない。グレンが中等部にあがるころには、ユージィンは変貌したといっても過言ではないほど、悪魔のような所業をする人間になっていた。ユージィンを変えた直接的な原因は、グレンにもわからない。 カレンがユージィンを実父だと知ったのは、そのころだろう。 『おまえは、ほんとうに、ユージィンに一度も会ったことがないのか』 『ああ。一度もね』 グレンからかつてのユージィンの話を聞いたカレンは、複雑な顔で黙りこくっていたが、やがて肩をすくめて言った。 『でも正直、会いたいと思ったことはなくて――あんな奴を愛してしまったアラン母さんがかわいそうだな、と思ったくらい。父親が欲しいと思ったことはなかったんだ。なんつうか、ミラ義母さんも、母親であり、親父みたいなもんでもあり。ツヤコばあちゃんも、若いころは相当モテたよ。――あ、男じゃなくて、女に。女を嫁にもらったはずで、ツヤコばあちゃんと言いながら、存在はじいちゃんよりだし。あたしはよく知らないけど、アミザの親父は、もと女だったって話で』 『……L20って、そういうとこがややこしいよな』 グレンも肩をすくめた。 女だと思っていたら男だったり、その逆だったり。女と女だったり。男と男だったり。 今の世の中、あまりめずらしくはないが、L20はその頻度が高かった。 『うん。だから、親父がいないってことを、悲しく思うことはなかった。ユージィンにそれほど会いたいって思ったことも。――でも』 カレンは、病室の暗い天井を見つめた。 『――あの本を読んで、会ってみたいなと思うようになった』 そして、あわてて付け加えた。 『昔のユージィンじゃないのは分かってるんだ』 『……』 『話をしてみたいわけじゃない。だけど、アラン母さんを愛していたかどうか、きっといつか、聞いてみたい』 『……そうか』 グレンは、カレンのその願いが叶えばいいと思った。カレンはL20にもどるのだから、もしかしたら、それは実現するかもしれない。 カレンは、しばらくの沈黙のあと、いきなり言った。 『ねえ、グレン。あんた、この宇宙船に乗ってはじめて出会ったころに、あたしに話してくれた夢があったよね……?』 グレンは、カレンが覚えているとは思わなくて、目を見張った。 傭兵と、軍人が差別なく暮らせる軍事惑星にすること。 思えば、ふたりの垣根を取り払ったのが、酔っ払ったグレンの発したそのひとことだった。 『あたしが、あんたの夢を叶えるよ。――あんたの、代わりに』 『……』 グレンが何も言えずにだまっていると、カレンがからかうように舌を出した。 『地球であたしの活躍を、指咥えて見てな』 『言いやがったな』 グレンも思わず笑った。 『てめえが失敗したら、地球からL20に届くくらいのでかい声で笑ってやる』 (そういうしか、なかったじゃねえか) カレンも一度は捨てていたのだ。マッケランにもどるという――希望か使命か、一口ではいえない激情を押し込めたまま。 『ねえ、グレン』 カレンは病室を去り際、心を込めて言った。 『あんたと、出会えてよかった』 グレンも、良かったと思った。 地球で友人を、看取らずにすむこと。 ――自分の夢を、現実にしてくれる友がいること。 そしてカレンが、一度は捨てた思いを、拾い上げることができたこと。 カレンも、良かったと思ったのだ。 ――グレンと、この宇宙船で、出会えて。 |