ルナがジュリを連れてきたときには、もうベンはいなかった。

「ウィスキーを一杯飲んで、帰ったよ」

セルゲイが教えてくれた。

ベンが喋り出したとたんに、ミシェルは逃げていき、ルナもジュリを連れてくるために姿を消した。悪気はなかったのだが、歓迎会なのに歓迎していないようで、ルナは、ベンに、気分を悪くさせてしまったのではないかと反省した。

「かまわんよ。彼はもともと、すぐ帰るつもりだったから」

ベンのいた席には、アルコール一杯分の紙幣が置いてある。

「ところで君はどこへ行っていたの――私は、君といろいろ、喋りたいんだが」

エーリヒが自分を待っていたのが意外で、ルナは驚いたが、

「あのね、もうひとり、ともだちを呼びに――ジュリさん!?」

連れてきたはずのジュリはいなかった。

ルナが慌てて裏口へ回ると、ジュリがうずくまって泣いていた。

 

「ジュリさん……」

「ふえっ……えぐ、ええっ……カレン、カレン……」

 

ジュリをここまで連れてくるのは、実際ひと苦労だった。行きたくない、カレンのところに行く、ジャックに会いたいと泣くジュリを、ルナはなだめになだめて、連れ出したのだ。

ルナだって、落ち込んでいるジュリを、無理に連れてくるのは気が引けた。

ほんとうは、もうすこし落ち着いてからでもよかったかもしれない。だがカレンみたいに、いつジュリが、「エレナのところに帰る」といって、宇宙船を降りてしまうかわからない。

セルゲイやグレン、マックスも、ジュリをエレナのもとへ送る方向で、話を固めているのは確かだった。

だからルナは、すぐにでも会わせてあげたかったのだ。

 

ジュリが待ち続けた、本物の、「運命の相手」に――。

 

「ぶ、ぶえっ、ぶえっ……エレナ、エレナあああ、会いたいよぉ……」

マタドール・カフェの外を歩く人々が、なにごとだと振り返っていく。ジュリは人目もはばからず、子どものように泣き続ける。店内にも、盛大に泣くジュリの泣き声は届いたのだろう、セルゲイが出て来た。

「ジュリちゃん、中に入ろう。――もうすこしで、エレナちゃんのところに帰ることができるからね」

さすがセルゲイは、ジュリのなだめ方が上手かった。ジュリはぐずぐずと泣きながら、セルゲイに支えられて、店内に入る。ルナも追った。

クラウドが席をあけたので、ジュリがエーリヒの隣に座った。

なぜかそのタイミングで、バックの「社交ダンス同好会」のダンス曲が、じつにムードある音楽に変わったので、クラウドは吹き出してしまった。

エーリヒは、号泣する女が隣に座ったことで、あいさつをしていいものか迷ったようだったが、「どうも――私は、エーリヒ・F・ゲルハルトです」ととりあえず名乗った。

ジュリが、泣きながら顔を上げた。――それで、じゅうぶんだった。

エンジェルが、ハートの矢をつがえ、狙い定めて放つのは一瞬。

 

「……王子様?」

 

ジュリの、滂沱の涙と鼻水が、やんだ。目はエーリヒにくぎ付けである。エーリヒは、何の表情もない顔のなかで、ごくたまに動きを見せるまぶたを瞬かせたあとで、周囲を見渡した。ジュリの視線の方角には、自分しかいない――つまり。

「王子様?」

と自分をゆびさした。ジュリは、うっとりとうなずいた。

二矢目が放たれた――今度は、エーリヒのほうに。

 

――それで、すべてが整った。

 

エーリヒは小気味よく音を鳴らして、ポケットからバラの刺繍が入ったハンカチーフを取り出し、お姫様の涙を拭いてあげた。そして、

「どうか、一曲」

と手をさしだした。ジュリが、そのままジャックを追ってあの世まで行きそうな、浮ついた足取りでその手を取ったのは、むろんである。

ふたりは、手を取り合って、「社交ダンス同好会」のほうに消えた――。

 

「――え?」

ついていけていないのは、事情を知らないアズラエルとグレンのみである。

 

セルゲイは「よかったねえ」とのほほん顔で笑っているし、クラウドは、さっきの曲調の変化がツボに入ったのか、身体を丸めて笑い転げている。

仕方がないので、ルナは説明してあげた。

 

「ジュリさんの運命の相手はね、エーリヒさんなの」

 

「はあ!?」

気の毒なことに、筋肉兄弟のあごは外れかけた。

「昨夜、ちゃんとZOOカードに出たんだよ」

ルナは真面目くさった顔つきで言った。昨夜、ルナははっきりと見たのだ。

 

“英知ある黒いタカ”と、“色町の野良ネコ”を結ぶ、くっきりと赤い、ふとい線を。

 

ルナは、上記の組み合わせの衝撃で、もう片方のカップルの存在を忘れていたのだが、昨夜ZOOカードから飛び出してきた二枚のカードは、たしかに“英知ある黒いタカ”と、“色町の野良ネコ”のカードだった。

(“華麗なる青大将”と、“真っ赤な子ウサギ”のカードは、出てこなかった)

ルナはそれを不思議に思ったが、月を眺める子ウサギに、なにか考えがあるのかもしれない。

 

「エーリヒと、ジュリ、ねえ……」

アズラエルがなかよくダンスを踊る二人のほうを見て、苦笑した。

「いや、なかなかお似合いだ」

「まさか、ジュリがね……」

ルナから、ジュリの運命の相手がエーリヒだと告げられたときは、さすがに信じられなかったとクラウドも言った。

 だが、エーリヒの好みを考えると、あながち間違ってもいない気がした。

 自分がとうていかなわないと思うほど、賢い女性か、底抜けの――ジュリがそうだとは言わないが。

「エーリヒも、通算四十九人に振られたけど――五十人目で、やっと“運命の相手”に出会えたってことだね」

 

「社交ダンス同好会」の面々は、とつぜんの参加者を歓迎してくれているようだ。それこそ新婚とでも思われているのか、祝福の声が上がる。

ピエトがすっかり寝てしまったので、そろそろ歓迎会はおひらきである。

もともと今日のパーティーは、ジュリとエーリヒを出会わせるためにひらいたパーティーだったから。

社交ダンスを知らないジュリは、動きがいまいちおかしい。だがエーリヒがちゃんとリードしている。

きっとジュリは、これからエーリヒに社交ダンスを習うだろう。

 

(よかったね、ジュリさん)

 

カレン、ジュリさんはきっとだいじょうぶだよ、と、ルナはL系惑星群へ向かっているともだちに、ちいさく告げた。

 

 



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