「そういや、ベンはどうした?」 グレンが聞くと、ルナとミシェルはその名に反応してぴーん! となった。それを横目で見てから、クラウドは言った。 「間もなく来るよ――でも、すぐ帰るかも」 「え? どうして。すぐ帰っちゃうの」 ミシェルが聞いたところで、急に男たちが無言になった。不自然な沈黙に、首をかしげたのは女の子組とピエトだけだ。 「――ミシェル、君は、本物の“傭兵差別主義者”というのを見たことがないだろうね?」 「え?」 エーリヒの言葉は、クラウドがさえぎった。 「エーリヒ!」 「ベンは、ずいぶんな傭兵差別主義の家でそだった。だから、彼はアズラエルと同席できないんだよ」 「は?」 ミシェルもルナも――ピエトも、意味が分からないといった顔をした。 「分からなくていいよ」 クラウドは慌てて言ったが、今度はアズラエルがはっきりと言った。 「ようするに、ベンにとっちゃ、俺は人間じゃねえんだ。家畜とおなじテーブルに着けるか? そういうことだ」 ルナたちは唖然としたが、クラウドだけは頭を抱えた。 「アズ――あのさ、」 「どうも――こんばんは」 遠慮がちな声がかかった。皆の視線が、声の方へ向いた。 「どうも。ベン・J・モーリスです。お招きにあずかりまして……」 そこには、気弱そうにも見える――これといって特徴のない、黒髪の成人男性がいた。背は高いし、体つきもしっかりしている方だとは思う――だが、なんというか、おそろしく平凡、だった。ルナはもう一度彼を街で見かけたとしても、彼だと気付けないかもしれない。 エーリヒと似たような、清潔な白シャツと濃い色のパンツ、しっかり磨かれた革靴といった格好は、貴族軍人の典型的な休日スタイルだということは、ルナたちには分からないだろう。 彼らは、まちがってもTシャツにジーンズというような、傭兵じみた格好はしない。 (青大将さんだ!) ルナは心の中だけで叫んだが、ベンの外見にはまったく、ヘビらしきところは見当たらなかった。清潔だし、変質者的なところもないし、気持ち悪い箇所など見当たらない。 ルナもミシェルも、顔を見合わせ、首を傾げた。 「……イマリ、べつにかわいそうじゃないじゃん」 ミシェルは言った。ベンは背も高いし、平凡だが、顔だちは悪くないしで、シナモンがここにいたら、「イマリにはもったいない!」と叫ぶだろうことは予測できた。 “華麗なる”という表現にも首をかしげるところだ。 (ぜんぜん華麗じゃない) ルナは失礼だがそう思った。めのまえの男性は、華やかさとか、華麗、とは対極にある。あまりにも、地味だ。 「華麗なる青大将」とは、また別の人物を指しているのだろうか? 「クラウド軍曹、おひさしぶりです」 ベンはクラウドに会釈をし、グレンとアズラエルのほうに向かって、「どうも」と言った。そのあたりに不自然さはなかった。アズラエルだけをとくに差別視しているような言動は見受けられない。 ベンは、しずかに、名前以外の自己紹介をすることもなく用意された席に座った。セルゲイが、「お酒はなにを?」と聞くと、「じゃあ、スコッチで」とおだやかな声が返ってきた。 「いやあ、この宇宙船は平和でいいですね。ここにくるまえに、L77にも寄ってきたんですが、あそこもよかった。なんというか、穏やかな暮らしができそうで」 「ああ、L77ね。あそこは平和ですよねえ」 気弱そうな外見に反して、口調はしっかりと明るい。セルゲイと、のほほんと世間話をかわす姿は、ふつうのお兄さんである。食べ方も、飲み方も、さすがお貴族様だけあって、上品でスマートだった。 「(ルナ、このひと、青大将じゃないよ)」 「(あたしもそうおもう)」 ルナとミシェルが、小声で話していたところへ、セルゲイが話題を振った。 「L77は、ルナちゃんと、ミシェルちゃんの出身星でもあるんだよ」 「えっ? そうなんですか?」 話を振られたルナは、ベンと目があったとたんに、固まった。それは、ミシェルも同じだったようだ。ミシェルは、一気に顔色まで悪くなった。緑色にもみえるくらい――。 「え――うん――はい!」 ルナは、なんとか返事を返すことができた――だが、ミシェルはダメだった。 「あそこは、素敵なところですね。そう、ちょうどお祭りがやっていて――」 ルナが慌てて返事をしたとたんに、ミシェルがガタン! と立った。口を押えているうえに、脂汗が額に浮いている。 「ミシェル――だいじょうぶ!?」 ルナが叫んだのと同時に、ミシェルが駆けだしていく。クラウドもそれを追った。 ミシェルがトイレに向かってえづいている。 「ミ、ミシェル、だいじょうぶ?」 背中をさすってやりながら、ルナは聞いた。女子トイレに入れないクラウドが、外で心配そうに様子をうかがっている。 「だ、だいじょ、だいじょうぶ……」 この宇宙船に乗ってから、真砂名神社で卒倒した以外は、風邪を引いたことも、おなかをこわしたこともないミシェルである。飲みすぎで吐いたこともなかった。 ――それが。 (やっぱり、あの人が“華麗なる青大将”さん?) ミシェルは、クラウドが厨房からもらってきた水でうがいをし、やっと人心地ついた。 「ミシェル? どうしたの、おなかいたい?」 「ご、ごめん――ほんとに、あの、悪いけど、あたし、あの人ダメかも――」 「え?」 ルナとクラウドは顔を見合わせた。 「悪い人ではないんだと思う――あたしだって、人に対してこんなふうに思うの、はじめて――ヤダな。――言いたくないけど、なんだか、あのひと、怖い」 ルナは息をのんだ。ルナもさっき、ベンと目が合ったとたんに、怖さを感じたからだ。 まるで、ヘビに睨まれたウサギだった。 「怖いっていうか――不気味な怖さっていうの? ああ、ヤダ。これ以上言いたくない。あのひと、悪い人じゃないもの――でも急に、あの人と目があったら気持ち悪くなって――しんじられない。あたし、失礼だよね――ごめん、あたし、いないほうがいいわ。帰る」 ミシェルも、自分の状態が信じられないようだった。目が合っただけで、吐きそうになるなんて――ルナも信じられない――だが、分かる。 ルナにはミシェルの気持ちがわかった。ルナも一瞬、「うぐっ!」となったのだ。 ルナは確信した。 (やっぱり、ベンさんが、“華麗なる青大将”) クラウドも、同じことを考えていたようだった。ルナと目が合うと、頷き返してくれた。 『ルナは、気持ち悪いって思うかもしれない。もしかしたら。初対面で受け付けないかも』 アンジェリカはそう言っていた。 外見的には、ヘビのような部分はまるでないベンである。どうしてもヘビに近いというなら――どちらかというと外見的には、エーリヒのほうがそうだ。するどく細い目が、ヘビの目に見えなくもない。 ベンは、目も大きくて、ヘビに似た個所などどこにもない。ZOOカード的なまえをつけるなら、『平凡な黒い犬』とか、『温厚な大型犬』と名付けてもいいような容姿だ。 信じられないことだったが、ルナは確かに、「気持ち悪い」と思ってしまった。 「あたしも、怖いと思ったの――ヘビににらまれたうさぎってゆうか、」 「あ、そう、そう! ヘビに睨まれた感じ!」 ルナの意見にミシェルも同意した。クラウドは、「なるほど」と納得した。 「ベンは、見かけは悪くないのに、ほんと、モテないんだ。エーリヒ以上に女の子に避けられる」 自分がモテないのは、心理作戦部にいるせいだと思っているようだけど、とクラウドは納得したように言った。 「――あ、待ってミシェル、送るよ」 ふらふらと裏口に向かおうとしたミシェルを、クラウドが追いかけた。ルナは慌てて止めた。 「あたしが送ってく」 ミシェルもクラウドも振り返った。 「あたし、ジュリさん連れてこなきゃ」 |