「いろいろ、候補はあったんだけど――たぶん、K20区に落ち着くかも」

 セルゲイは、不動産のパンフレットを数冊、テーブルに置いた。

いちばん上は、第一候補のK20区のマンションだ。バーガスとレオナがすんでいる高層マンションで、リビングの壁が一面ガラス張り、海が見えるというゴージャスな部屋だ。

 「あの部屋も、良かったなあ……というか、すごかった」

 セレブのお部屋だった、とルナは言った。ミシェルも内装を見て、まんざらではない顔をしている。

 

 K35区のマンションもなかなかだった。ここは、セルゲイやグレンが以前住んでいたあたりで、立地条件がかなりいい。街中であることも、中央区がちかいことも好条件だし、部屋自体もひろくて、ルナとミシェルは気に入った。

 K20区もK35区も、今まで住んでいたK27区より割高の家賃だが、その分部屋数は多いし、部屋自体も広い。

 

 「K06区は?」

 ルナは思いたって聞いたが、アズラエルは「そこはダメだ」といかめしい顔をし、セルゲイも、

 「私も聞いてみたんだが、K06区は、体の不自由な人優先だから、私たちはダメだって」

 といった。

 ルナはしょんぼりとし、なにか言いたげな顔で、グレンの怪我した足を見つめた。

 「ルナ、おまえ、俺にずっとケガしてろってのか」

 

 リゾート地ちかくのK23区は芸術家の集まる区画で、ミシェルは何度もおとずれたことがあるらしく、「ここもいいよ!」と押した。川が入り組んだ中に街があって、ちいさな小舟で行き来するのだという。ルナとピエトはおもしろがったが、「車をどこに置くんだよ」というアズラエルの意見でなしになった。

海辺のK25区も、ルナとミシェルは歓声を上げた。まっ白と青の土壁の街。青い海が、どこからも見渡せる絶景。白く美しい灯台。

「うわあ〜……キレイ!」

だがセルゲイが、「この街は、地球に着いたときの玄関口の街と同じらしいから」と遠回しに「ここはダメ」と言った。地球に着けば、しばらくこういうところで暮らすんだから、という顔だ。

たしかに、美しくて環境はよさそうだが、車を置く場所がないし、家も小さいうえに、部屋もせまかった。そして、中央区からあまりに遠い。ピエトの学校もだいぶ遠くなる。

ダメだしを食らったが、ここは地球でツキヨおばあちゃんが暮らしていた街がモデルなのだとわかったルナは、今度遊びに行ってみようと思った。K19区から、少し足を延ばせば行ける場所だ。

 

「なかなか決まらないね」

「やっぱり、K35区か20区かなあ。車を置けるし、ピエトたちの学校も近いしね……ン?」

ミシェルとルナは最後の間取り図――K38区の庭付き一戸建てに目を留めた。

 「え!? ――なにこれ! K35区と変わらないような家賃で借りれるの!?」

 「……」

 なぜかグレンが、すわった目で二人を見ている。アズラエルとセルゲイは、苦笑いだ。

 「ここがいいよ! ねえ、ここにしよ?」

 

 K38区の庭付き一戸建ての家は、三軒あった。

それぞれが、おおきなダイニングキッチンと、ルナとピエト、アズラエルがまとめて入れるような浴室、それ以外に10部屋もある、三階建ての豪邸だ。天井から空が見えるロフトつきの部屋もある。

車が三台収納できる地下駐車場と、バーベキューができるひろい庭。プールがついた家まである。おまけに、家の隣にシャイン・システムのボックスがあった。

ちかくに公園も、病院もあり――これで、K35区でマンションを借りるのと同じくらいの家賃。これ以上ないくらいの好物件だ。

 

 「な、なんでこんなに安いの……もしかして、ワケアリとか?」

 あまりにステキな物件に、ミシェルが疑ったが、セルゲイは首を振った。

 「なにもないよ。カザマさんが、最初に紹介してくれた物件が、実はここで」

 「「ほんとに!? ここにしよ!!」」

 ルナとミシェルが声をそろえて絶叫した。それに、ぶっと吹き出したアズラエル。セルゲイの大きくなる苦笑。ますます苦い顔になるグレン。

 「……グレンの反対で、なしになった」

 セルゲイが言うと、女の子組のうらみがましい視線がグレンに突き刺さった。

 

 「なんで!?」

 「こんないいところ、ほかにないのに!!」

 「おまえらはな!」

 グレンは言い返した。

 「おまえら、その区画、よく見てみろ!」

 二人は言われて、間取り図を見直した。下のほうに「K38区――ご結婚おめでとうございます。新婚夫婦の幸せな生活を応援します」と書かれてあった。ルナは思い至った。

 

 「K38区って――新婚さんの区画だ」

 

 「そうだ!!」

 グレンはあやうく、テーブルを叩くところだった。

 「おまえらはいい――ルナはアズラエルとピエト、ミシェルはクラウドと借りるだろ――俺はセルゲイとだ! そうなったら、どうなる? 新婚夫婦ばかり集まる区画に、俺とセルゲイで家を借りろっていうのか!?」

 ついにセルゲイも吹き出し、意味が分かったミシェルもテーブルを叩いて大笑いした。

 「いいじゃん! 仲好さそうなゲイカップルのふりしてたら!!」

ちなみに、家を借りると、おそろいのラブラブ☆バスローブ(原文ママ)とハート形ペアカップ、スリッパがついてくる。ミシェルは、ふたりがそれを身に着けている姿を想像して、ますます爆笑した。

 「……ミシェル、お前おぼえてろよ」

 グレンのこめかみがヒクつき、ついに向かいのミシェルの頭を小突きだした。ミシェルがキャーと笑って反撃する。

 ようやく、明るい空気がもどってきた。さっきまで、まるでお通夜のようだったのだ。

 

 「――ジュリさんは?」

 ルナは思わず聞いた。さっきのグレンの「勘定」に、ジュリは入っていない。

 「ジュリさんだって、いっしょに暮らすんだよね?」

 

 とたんに、また静かな空気が流れた。グレンはジュリのことを忘れていたわけではない。彼は、言いにくそうに、告げた。

 「ジュリは、宇宙船を降りる可能性が高いってことだ」

 「えっ!?」

 ミシェルが叫んだが、セルゲイもアズラエルも否定しなかった。セルゲイが、あとを拾うようにつづけた。

 「――午前中に、ジュリちゃんが目覚めたから、ジャックのことと、カレンが降船したことを告げたら、やっぱりパニックになっちゃって」

 セルゲイはちいさく肩をすくめた。

 「カレンを追いかけるって言って、聞かなかったんだ。でも、カレンのもとには行かせられない。カレン自身も言っていたけど、これからカレンが進む道は危険が多いからね――ジュリとはいっしょにいられない。ジュリを、身近に置いて危険にさらすことを、カレンはいちばん恐れていた――それに」

 セルゲイは、言いにくそうにつなげた。

 「私も反対だ。ジュリちゃんは、かならずカレンの足手まといになる。――今回のことだって、ジュリちゃんは、利用されてしまったわけだ。そのことが、カレンの命を危険にさらす結果となってしまった」

 「……」

 

 ジャックは、ジュリを利用して、カレンやグレンの動向をさぐっていた――それは、たしかだった。

 かつて、ルナがアズラエルの過去の夢を見たとき、アズラエルの父アダムは、「普通の子」であるルナを、傭兵であるアズラエルの妻にはさせられない、危険が大きすぎると反対していた。

 それは、ルナ自身が危険だということもあるが、アズラエルを危険にさらす可能性もあるということなのだ。

 



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