多少の元気はもどったが、どことなくしんみりしたままカレンのお別れ会は終わり、だいぶ早い時刻に帰路についた。 セルゲイは、ジュリがいびきをかいて寝ているのをたしかめてから、自室であの本を開いた。「悲劇の英雄、アラン・G・マッケランの物語」だ。 クラウドほどではないが、本を読みなれているセルゲイは、深夜をまわるまえに本を読み終えた。それから、窓をいっぱいに開いて涼しい風を部屋にいれ、天空にひろがる宇宙を見上げた。 (カレン――必ず、君のもとに帰るからね) ――地球のはなしを、手土産に。 ジュリがグレンのベッドで寝ているので、グレンはありがたくミシェルの部屋のベッドをつかわせてもらうことにした。ミシェルは、今日はひとりで寝たくない気分だったのだ。 アズラエルはリビングのソファベッドで、ルナとミシェルは、ルナの部屋のおおきなダブルベッドに、ふたりで寝転がった。 「おやすみ」とふたりで言いあい、ミシェルのほうからはすぐ寝息が聞こえてきたが、ルナはなかなか寝付けず、寝返りをうってばかりいた。 やっと、うとうとし始めたところで、ルナはクローゼットから白銀色の光がこぼれているのに気付いた。 (――あっ!!) ルナは転げるようにベッドから降り、クローゼットをあけた。やはり光源は、ZOOカードだ。 (だれか、来たの) いよいよ、“英知ある黒いタカ”が乗ってきたから、月を眺める子ウサギがやってきたのだろうか。 ルナは、慎重にZOOカードを絨毯の上に置き、ミシェルのほうを伺った。ミシェルはすっかり寝付いている。 南京錠を外し、ふたを開けると、二枚のカードが浮き上がった。ルナの予想は外れた。 一枚は、たくさんの原稿用紙の上に万年筆を走らせているグレーのまだらネコ、もう一枚は、たくさんの本に囲まれた、グレーのまだらネコだ。 『俺は、“文豪のネコ”』 原稿用紙に埋もれそうなネコのカードから声がした。 『僕は、“図書館のネコ”』 本に囲まれたネコのカードからも、声がした。 ルナは、この二枚のカードがだれか、すぐにわかった。 (ケヴィンと、アルフレッド?) 二枚のカードは、つづけて言った。 『俺の名は、“叙事詩(エポス)”』 文豪のネコと名乗ったカードが言った。 『僕の名は、“図書館(ビブリオテカ)”』 図書館のネコが言った。 「え!?」 ルナは意味が分からず、聞き逃してしまったのでおもわず叫ぶと、二枚のカードは言い直してくれた。 『俺の名は、“叙事詩(エポス)”』 『僕の名は、“図書館(ビブリオテカ)”』 「ちょ、ちょっと待って」 ルナはクローゼットから自分の日記帳を取り出し、やっとそれを書きとめることができた。二枚のカードは、ルナがメモするまで根気強く何度も教えてくれた。 「い、いったい、この名前はなに? どういう意味?」 だが、ルナの質問にはこたえてくれなかった。キラキラと銀色の光をまき散らし、カードはあとかたもなく消えた。 ルナは呆然と、ページに残った名前を見つめた。 ケヴィンが――叙事詩(エポス)。アルフレッドが、図書館(ビブリオテカ)。 (どういう意味?) 教えてくれる人物は、今のところだれもいない。 ルナは小声で月を眺める子ウサギを呼んでみたのだが、彼女は現れなかった。導きの子ウサギも、だ。 (ケヴィンとアルフレッドのZOOカード……) ケヴィンになにか、危険が迫っている? ルナは、ケヴィンの知り合いだった、バンクスのことを考えた。アランのお話を書いたバンクスが行方不明で、連絡もないから心配していると彼は言っていた。 ルナは、はじめてサルディオネにZOOカードの占いをしてもらったとき、ルナが助ける人物の中に、「双子の兄弟」、つまり、ケヴィンとアルフレッドがいたのを覚えている。 そして、サルディオネがナターシャとアルフレッドに告げたのは、「文豪のネコ」、つまりケヴィンが、ルナを助ける日が来るかもしれないということ。 (この、“叙事詩(エポス)”とかいう名前が、関係あるのかな) だが、これきりでは、さっぱり意味がわからない。 ルナは、今度は真実をもたらすトラか、ライオンを呼び出そうとして、止まった。 ピンク色の光を浴びたカードが二枚、飛び出してきたからだ。 ルナはそのカードを見たとたん、考えていたことすべてが吹っ飛び、「あーっ!!」とでかい声を上げ、みんなを起こしてしまった。 「な、なに!?」 「どうした、ルゥ! ミシェル!」 「どうしたのルナ!!」 ミシェルが飛び起き、旦那様と愛息子が駆けつけて来た。ルナの前にはZOOカード。三人はすっかり、原因を解した。 「真夜中に大声を出すな」 アズラエルはルナのほっぺたを一度つねってからリビングにもどっていき、ピエトとミシェルは、ZOOカードボックスを囲んだ。 「なにかあったの!?」 「導きの子ウサギが来た?」 だが、二枚のカードはピンク色の甘ったるい輝きを残したまま、消えて行ってしまった。 「あ、あ〜あ……」 ピエトが残念そうな顔でそれを見届けた。ルナのほっぺたは、アズラエルにつままれたところが多少赤くなってはいたが、ぷっくりしていた。 「よし、あした、パーティーをするよ!」 「ええっ!?」 ネコと茶色いちびウサギは、飛び跳ねた。 「――だとすれば君、なにかね。この童話の数々は、“うさこちゃん”の前世の物語だっていうのかね?」 「そう」 エーリヒの表情を、クラウドは見失った。もともとこの男に表情などはないが、エーリヒも事実を消化しかねているのが伺えた。 「いったい――なんのために」 なんのためにマリアンヌはこのディスクをつくった? なんのために、こんなに膨大な記録を? ――クラウドに見せるために? 「俺にもわからない――まだ」 6冊分の「マリアンヌの日記」を読んだが、それでもクラウドには、かくされた秘密はわからなかった。ルナの記録にはない童話もたくさんあった。それらすべてが、「うさぎ」と「ライオン」と、「パンダ」と「トラ」の物語。 すなわち、ルナとアズラエル、セルゲイとグレンが関わる物語だ。 「6冊だけじゃだめだ――やはり、ぜんぶ見ないと」 クラウドはついに言ったが、コピーデータも、原書もない今、本データはユージィンが持っているディスクだけだ。 「これは、さっき君が言った、“任務”とやらに関わりが?」 「そうだね――俺にもまだ確信は持てないけど、きっとそうだ」 「私も、シャインの認証カードが欲しい、クラウド」 「……協力する気はあるの」 「シャインの認証カードのためにね」 クラウドはちらりとエーリヒを見た。エーリヒはスクリーンを見つめている。 「俺たちも、君を待っていたんだ」 「私をかね?」 やっとエーリヒは、クラウドを見た。目は、顔のパーツの中で最も雄弁に感情を語る。エーリヒの顔面に表情が表れることはないが、彼は高揚していた。 「ああ、そうだ。――たぶん、一気には納得できないかもしれないけど、聞いて驚くなよ」 |