ルナは予告どおり、次の日の夜、パーティーを開催した。

パーティーとはいっても、引っ越し用意をはじめているので、ホーム・パーティーではない。ルナはマタドール・カフェを予約した――二階の個室を予約しようとしたが、それができなくて、一階の奥のテーブルを予約席にしてもらった。時間も、かなり遅くなってしまったので、ピエトはすこしだけ参加することが許された。

それから、ルナは友人たちに声をかけた。

レイチェルは出産予定日がちかいので、「残念だけど、行けないわ。ほんとうに残念だけど」とじつに残念そうな声で言った。

シナモン夫婦も、ほかの友人との飲み会が重なり、「なんで今日なんだよ〜! もっと前から言ってくれよ!」と、ジルベールの嘆きをルナは電話口で聞いた。

ラガーの店長やらアントニオやらは自分の店があるし、タケルはカレンに着いて行ってしまったし、チャンやメリッサも仕事が重なり、リサたちもダメ。リサは、「だからこないだ会ったとき、お茶しようって言ったのに!」とご立腹だったが、「また今度誘って。かならずだよ!」と念を押すのを忘れなかった。

キラたちも、遊びに行っているのか連絡が取れない。

今回は、みんな予定が重なったらしく、ことごとく断られた。だから結局、一緒に暮らしているメンバープラス、エーリヒとベンという、実にシンプルな「歓迎会」になった。

 

午後三時過ぎにクラウドが帰ってきて、「エーリヒの歓迎会を開こうと思ってるんだけど、」と口を開いたところで、アズラエルがルナを見たので、クラウドもルナを見た。

「歓迎会なら、今日の夜九時からマタドール・カフェで!」

「え。予約済みなんだ」

クラウドは呆気にとられた顔をした。

 

クラウドの脳は、膨大な情報量を消化するために、睡眠を欲した。彼はベッドに倒れたまま、夜になるまで起き上がってこなかった。

午後九時という遅い時刻に、クラウドたちがマタドール・カフェに来たとき、すでにエーリヒは来ていた。ルナとミシェルとピエトが先に来ていたはずだが――。

マタドール・カフェは、今日はずいぶん混んでいた。奥のテーブル以外のスペースは、テーブルが二、三席のこっている状態で、あとはみな、ダンスをしている。

 

「社交ダンス同好会の、パーティーの予約が入ってて、あんな奥の席でごめんね」

デレクが教えてくれた。クラウドは、

「いや、こっちも急に無理を言って……」

と言いかけ、

「――なんだろう、あのカオスな空間」

と、奥の予約席を見つめた。男たちもうなずかずにはいられなかった。

エーリヒが座って腕を組み、無表情でルナを見、ルナがぽっかり口をあけて、エーリヒを見つめている。

男女が見つめ合っている――そのことが、これほどカオスを生み出した空間もなかった。

アズラエルもグレンも怒りださなかったのは、あまりにもその光景がカオスすぎたせいだ。

「ルゥが男と見つめあってて、ムカつかなかったのは初めてだ……」

アズラエルは言い、グレンも言った。

「なんだ? 何が起こってる? 何分、あの調子なんだ」

「なにかの実験?」

ついにセルゲイまで言った。

 

「あ、みんな来たよ!」

気付いたルナが、ふつうにこちらを振り向いて、手を振った。エーリヒも組んでいた腕をもとにもどして、「やあ」と立った。カオスタイムは終了した。

「……」

男たちは、にわかに言葉が出なかった。

ミシェルとピエトが、デレクと一緒に飲み物を運んできたので、やっと我にかえった。

 

「ルナちゃん、ミシェル」

「うん?」

クラウドは、ルナとミシェルの、エーリヒに対する反応を見ていたのだが、とくに変わった様子はない。むしろ親しげだ。――さっきのカオスは、親しげとかどうとか、クラウドにも表現できない状況だったが。

 

「エーリヒと会って、どう? その――気持ち悪い、とか」

ルナとミシェルは顔を見合わせた。

「? 気持ち悪くは――ないよ」

おもしろそうなひとだけど。ミシェルは言った。

「うんなんかね――なつかしいかんじがする」

さっき、絶妙なカオス空間を生み出していたルナは言った。ルナとミシェルのエーリヒに対する態度は、おおむね好意的だ。

クラウドは、「そう……」と肩すかしされたような顔をしてカウンターへ行った。

 

「エーリヒさんが気持ち悪いって? なんで?」

「わからない」

ルナとミシェルは首を傾げあった。

ひとを気持ち悪い、なんて思うのはよほどだと思う。あまりにも不潔だとか、変質者まるだしだとか――エーリヒは、無表情だし、変わった感じはするが、身なりは清潔だ。

エーリヒにくらべたら、いつもミシェルにハアハアしてるクラウドのほうがよっぽどキモイよと、ピエトがあまりなことを言ったあと、ルナは、「あ」と思い出したのだった。

 

あれは、ルナとアズラエルが一ヶ月の旅行に行く前の会話だった。

ルナはサルディオネ――アンジェリカと長い電話をして、イマリの運命の相手が、「華麗なる青大将」という、ZOOカードだと聞いたのだった。

 

『ええと――キイワードは、軍事惑星群の男で、蛇系、気持ち悪い、アズよりしつこくて、来年か再来年、宇宙船に乗ってくる――俺たちにも関係あるかもしれない人物――友人程度の、』

『へびのかわ!』

『OK。ルナちゃん、蛇の皮は俺の心の中に大切にしまったよ』

 

「華麗なる青大将」と「英知ある黒いタカ」は一緒に乗ってくる――それはルナが、月を眺める子ウサギから知らされていたことだ。

イマリの運命の相手である「華麗なる青大将」は、もしかしたら、イマリを害する相手かもしれない。

それは、イマリが、「ルナがアズラエルとしてきたような恋」を望んでしまったからだった。だから、「華麗なる青大将」といちばん太い糸で結ばれてしまったと、月を眺める子ウサギは言った。

ルナとアズラエルが長いあいだ輪廻転生しながらつづけてきた恋は、ただ甘いだけのものではない。どちらかというと、結末は、いつも悲劇的なものだった。

それを知ったルナは、ふたりが宇宙船に乗ってくるまえに、ほかの運命の相手を見つけてあげようと、一生懸命になっていたのだった。

けっきょく、うまくはいかなかったが。

(そういや――青大将さんも乗ってきちゃったんだ)

月を眺める子ウサギも、最近はまったく出てこない。ルナが呼んでも、出てきてくれない。つまり、そのことに対するご意見も、コメントもない。

 

「ちょっと待って。じゃあ、イマリの“運命の相手”がいよいよ乗ってきたってこと?」

ミシェルがウキウキ顔で言った。

「う、うん――そうゆうことになるね」

「華麗なる青大将」は――今のところ、エーリヒの同乗者のベンだろう。それ以外にいるだろうか。ルナは、ベンの姿を想像して、ごくりと息をのんだ。

(へび系の気持ち悪い人ってゆうけど、どんなだろう……)

 

「クラウド、エーリヒさんは、“華麗なる青大将”じゃなくて、“英知ある黒いタカ”のほうだよ」

クラウドがもどってきたので、ミシェルは言った。さっきまでグレンと話していたエーリヒが、その言葉に反応した。

「私のことかね」

「エーリヒさんは、ZOOカードを知ってる?」

「いや、知らないね。昨日、概要をクラウドに聞いたばかりさ――ルナは、ZOOカードのプロフェッショナルかね」

「ZOOの支配者です!」

「ほう」

 



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