「じゃあ、部屋割りを決めよう」

クラウドが間取り図を持ち出した。

まずセルゲイとグレン、ピエトが一部屋ずつもらった。グレンとセルゲイが、玄関から見て二階の右側に、一部屋ずつ。

ピエトは、星空が見える、ロフトがある部屋がいいと叫んだので、三階右のてまえの部屋をもらった。

そして、セシルとネイシャが、ピエトの向かいにひと部屋――ネイシャに個室をあげてもいいよと誰もが言ったが、ネイシャは、部屋がひろすぎて落ち着かないようだった。けっきょく、「母さんと一緒でいい」とふたりで一部屋に落ち着いた。

今日はここにいないエーリヒとジュリ用に、二階の左手前のひと部屋を取った。エーリヒはどこでもいいと言っていたし、文句はないだろう。

 

エーリヒは、いっしょに住むことになった。ジュリも宇宙船を降りる気はなくなったので、いままでどおりいっしょだ。

エーリヒは、宇宙船に乗った日からホテル住まいである。居住区は決めていなかった。最初から、クラウドの近くに住むつもりだったのだろう。

彼は今日から二週間ほど、入院しなくてはならないので、ここにはいない。脳内のチップを除去するために、外科手術を受けるのだ。手術自体は一日で済むが、もとどおりに生活できるようになるまでは、二週間ほどかかる。

エーリヒの荷物は、すでにクラウドがホテルから持ち出してきた。トランクひとつの身軽さだ。

ジュリは、エーリヒのそばにいたいと言って、病院へ行っている。まだ集中治療室だから、会えないというのに。マックスも一緒だから、心配はないだろうが。

ジュリはすっかりこのあいだの出来事から立ち直って、運命のお相手であるエーリヒにメロメロだ。

ジュリはやはりジュリだった。これほど早く立ち直られたのでは、ジャックも浮かばれまい。

 

アズラエルとルナも、ふたりでひと部屋にした。ピエトの部屋の隣だ。もともと、K27区で住んでいた部屋も、寝室が二人の部屋のようなものだったので、ふたりはそれぞれの個室はいらないといった。それでも、以前はベッドしか置けない部屋だったが、今回は、大きなダブルベッドを置いて、さらにソファとテレビを置いたリビングスペースまでつくっても、余裕があるほどのひろい部屋だった。

 

さて。

クラウドとミシェルはひと悶着あった。ミシェルが、個室がいいと言いだしたのだ。

部屋は有り余っているので、ミシェルがひとりで部屋をつかっても、だれも文句は言わなかったが、クラウドが猛反対した。けっきょく、最後はクラウドの泣き落としで、ふたりで一部屋になった。三階の、セシルとネイシャの隣で、ルナとアズラエルの向かいだ。

それでも、4部屋も余った。

 

カザマがメンテナンス済みと言ったのは本当で、まるで新築のようにどこもかしこも綺麗だった。すでに、業者が大きな家具は運び入れたあとだ。あとは個人的な荷物ばかりで、すぐにそれぞれの部屋の片づけに入った。

「4部屋あまってるからな。ひと部屋を客間にして、ひと部屋をパソコン・ルームにしたらどうだ」

「なかなかいいアイデアだ」

セルゲイとアズラエルが、空き部屋を見てうなずきあっている。

「書斎も結構、ひろいよ!」

書斎を覗いているのか、階下から、クラウドの大声がした。

男たちはゾロソロと書斎を見に行き、書斎のひろさにおどろいた。本をたっぷり置いて、さらにコンピュータを数台置いても余裕がある。

「書斎件、パソコン・ルームで」

男たちは満場一致で決定し、書斎の改造に取りかかった。

 

女性陣は、ダイニングキッチンの整理に取り掛かっていた。食器や鍋を戸棚に収納したり、テーブルクロスをあたらしく買いにいくために、テーブルの大きさをはかったり。

買い足してくる品物をメモしていたカザマが、思い立って言った。

「ルナさん、お昼はどうします? なにかつくった方がよろしいかしら」

「あっそうか。サンドイッチでもつくる? でも、材料買いに行かなきゃ」

ルナは、冷蔵庫をあけて、言った。

「近くにデリバリーのお店があったけど、今日はそっちでもいいよ!」

「あたしたちも、なんでもかまわないよ」

「では、お電話しておきましょうか。なにかてきとうに……」

ミシェルの一声に、誰も反対する者はいなかったので、カザマが、ダイニングにある備え付け電話を手に取った。そこへ、インターフォンが鳴る。

 

「はいはいはーいっ!!」

ルナがぺぺぺぺぺと飛び出していったが、屋敷がひろいせいで、ルナが玄関にたどり着くまでだいぶかかった。

「これはたいへんだ!」

へふへふと息を切らせながらドアを開けると、宅配業者がいた。

「ミシェル・B・パーカーさんのお宅で間違いないですか」

「はい!」

さっそく、荷物が届いた。なんだろう。ルナは首を傾げた。

 

「ララ――ララしか書いてないけど、ララさんでいいのかな――ララさんから、お荷物です」

「はい!?」

ルナの声が裏返った。

「大きなお荷物なので、ちょっと失礼しますね〜」

宅配業者が、巨大な板の様な包みを運び入れてきた。横にして入れても、ギリギリだ。この玄関のドアもずいぶんおおきいのに。

板は全部で五枚あった。

インターフォンで、来訪者があったことに気付いた男たちも、ダイニングのほうから見えた女性陣も、わらわらと集まってきた。

 

「え? あたし宛て? ――は!? ララさんから!?」

サインを求められたミシェルは絶叫し、荷物受取書にサインをしたあと、業者が帰って行くのを見届けて、板に向き合った。

板どもは、綺麗な包装紙で包まれ、リボンがかけられていたが、そのどれもが大きかった。一番大きいものは、船大工の絵の二倍はあった。

ミシェルは荷物受取書の控えと一緒に、ゴールドのカードがはいった封筒を受け取った。まず、それを開けると、

“愛するミシェルへ。引越し祝いだよ。受け取って”

シンプルな言葉とともに、真っ赤な口紅がついているのは、ララのキスマークだろう。

クラウドがそれを破こうとしたが、ゴールドカードの裏は、アンジェラの絵がついていたため、クラウドがミシェルに蹴飛ばされて本懐は遂げられなかった。

 

「これ――なに?」

ネイシャが言った。食器を拭いていたカザマが、布巾を手にしたまま、

「絵じゃございませんこと?」

「え?」

みんなそろって、ダジャレのような疑問符を飛ばし、ミシェルを見た。

 

「と、とりあえず開けてみるね……」

ゴクリ、と喉を鳴らして包装を解いた――一番小さいものから。

それぞれが、ずいぶん頑丈に梱包されていた。品物に、わずかでもキズをつけたくない、送り主の気持ちがこれでもかとこめられた厳重さだった。

ミシェルが一番小さな――それでも10号サイズはある額装を、あらゆる装備を解いておもてに出すと、それはデッサン画だった。

「なんだこりゃ?」

絵の価値などわかるはずもないアズラエルが顔をしかめたが、いっしょに出て来たのは鑑定書だ。ミシェルの声が、それを読んで震えた。

 

「ピカソの――デッサン画だ!」

どうやら、複製ではなく本物らしい。クラウドはドン引きした。

「え――もしかして、数千万とかする絵?」

「数千万!? このいたずら書きみてえな絵が!?」

アズラエルの絶叫は誰も聞いてはいなかった。ミシェルはおそるおそる、残り四枚をながめ――小さな包みに手を伸ばしてやめ、一番大きな、縦長のつつみに手を伸ばした。

 



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