「一番ショックが大きそうなのからにする」

一番でかい額装は、一番ショックが大きいだろう――いろいろな面で。

そう思ったミシェルだったが、なかから出て来たのは、いわゆる地球時代の名画と呼ばれるものではなかった。

だが、美しい絵だ。

波と砂浜――今にも潮の香りが漂ってきそうな、写実的な。

 

「え? アレ? これ、もしかしておじいちゃんの絵かな?」

ミシェルの推測は当たった。額装の裏に、作者とタイトルを書いたカードがはさまっている。

「イシュマール・MJH・サルーディーバ作。タイトル、地球の海――地球の海だって!」

ミシェルが歓声を上げ、ルナの顔が輝いた。

「地球の海……」

「すごいきれい!」

コバルトブルーの海に、白い波しぶき、煌めく砂浜。ルナたちは、地球の海に思いをはせた。

この絵を気に入ったのは、女の子たちだけではなかったようだ。ピエトやネイシャも、しゃがんで絵を見つめ、貝殻のところをつついたりして、「本物そっくり」と驚きの声をあげた。

「なかなかいい絵だ。リビングの壁にでも飾るか」

グレンの言葉に、リビングというには広すぎる大広間の壁を、みなが見つめた。たしかに、今の状態では殺風景だし、絵を飾ってもいいかもしれない。博物館並みの壁の大きさがあるこの部屋には、飾ることができる。

 

「じゃ、じゃあ、二番目の、いくね」

二番目に大きい包みは、ずいぶん横長だった。クラウドは、向かいの壁に飾れるな、とすでに長さを測りはじめていた。

包みを解き、額装があらわれ――それを見た途端に、ミシェルは、「……ないわ」と最後の言葉を残して失神した。

「ミシェル!?」

真砂名神社の、例の絵でも入っていたかと、かろうじてミシェルを支えたクラウドが見たものは、ただの絵だった。――たしかに、美しい絵ではあったが。

青系統の色で統一された魚たちが、横長の海を泳いでいる。大きい分迫力もあるし、吸い込まれそうな色彩だ。

「綺麗な絵だねえ……!」

セシルがうっとりと見惚れた。

「あれ――? もしかして、この絵」

ルナとクラウドだけは、この絵の正体がわかった。ルナはおくちをぽっかりと開け、叫んだ。

「――これ、アンジェラさんの絵だ!」

 

「まあ……!」

「アンジェラのだと!?」

カザマとアズラエルが同時に感嘆符を飛ばしたが、たしかにそうなのだった。クラウドが証明書を額装の裏から発見したし、ルナが言ったのだった。

「これね、ララさんのとこに――あのね、船大工の絵を届けに行ったときね、かぶぬしさんのおやくしょ? みたいなところで見たの。ミシェルがずーっと眺めてたから、ララさんがくれたんじゃないかな」

ミシェルも、自分があの日、株主総合庁舎で、初めて本物を見て感激したアンジェラの絵が、贈り物として自分のもとに届いたことで、衝撃を受けすぎたのだろう。

とりあえず、残りの二枚は、ミシェルがまた卒倒するといけないので、包みを開けずに、クラウドとミシェルの部屋へ運んだ。気絶したミシェルもいっしょに。

 

「まァ、おおきい絵は業者を呼んで飾ってもらうとして――」

セルゲイが言いかけたところで、またインターフォンが鳴った。今度は一番玄関のそばにいたセルゲイが出ると、スーツ姿の中年男性がいた。

「ルナ・D・バーントシェント様のお宅でおまちがいないでしょうか!?」

「え? ――ええ」

超ネクタイをしたスーツ姿の男性は、妙にハイテンションだった。

「宇宙船株主のララ様という方からの、贈り物をお届けにまいりました!」

「こんどはあたし!?」

満面の笑みを絶やさない――エーリヒと対極の表情筋の男性は、ルナを認めると、外へ促した。それにつられて、みなも、ぞろぞろ外へ出てきた。

「さあ、こちらをどうぞ!」

 

――そこにあったものは。

 

そこにあったのは、ピカピカの新車だった。小型のワーゲンタイプの高級車で、ボディカラーは目が覚めるような赤。内装も、赤と白の水玉ドット模様で、ずいぶんかわいらしい仕様だ。

助手席には、リボンを掛けた、リリザの遊園地のマスコットキャラクターである、うさぎのジニーが乗っている。ルナくらいの大きさがあるぬいぐるみだ。ルナは以前、ピンクのそれをグレンに買ってもらったが、車に乗っているのは真っ白なタイプだ。

 

「……」

ルナはやはりおくちを開けたまま停止していた。

「ごらんください! リリザ限定の特別仕様車で、世界にたった五台しかありません! ね! ほら――ほら、ほら! ごらんください、ここにロゴが、」

ハイテンションのちょびヒゲが、バックドアに、カラフルなロゴが入っている場所を強調する。そこには、七色のグラデーションカラーで「リリザ」のロゴが。

「すばらしいでしょう――ボディカラーは、ストロベリー・ポップ! 一番人気のカラーです!」

ルナは、さっぱりわからなかった。

「こちら、自動車のキーになります!」

まるで結婚指輪のケースのような、真っ赤なベロアの箱を、ぱかりとチョヒヒゲは開けた――ダイヤモンドをちりばめた、自動車のリモートキーが入っていた。

「こちら、本物のおダイヤになっております。おダイヤがお嫌な場合は、ルビーかサファイアにお取替えできますが――お客様!?」

今度は、ルナが失神した。

 

 

「“愛してるよ。わたしのルーシー。その車で遊びに来て”」

セルゲイが、ララからルナへのメッセージカードを、淡々と読んだ。

「ノーチェ555」

この車を見たことがあるのは、L5系出身のセルゲイか、軍事惑星セレブのグレンくらいだった。車の内装と同じ、赤と白のドット模様で、キスマークつきのカードを丁寧にしまうと、セルゲイは呆れ声で言った。

「L5系あたりでしか宣伝してない、“超”高級車だ。女の子に人気で――私が担当していた患者のお姉さんが、乗っていたのを見たことがある。あっちはエメラルドグリーンの車だったけど――この車自体が、期間限定の販売で、彼女も手に入れるのが大変だったと言っていたから覚えてる」

理解できない、とセルゲイは、いささか困惑を滲ませた調子で言った。

「……車のキーにダイヤがくっついてるのなんて、初めて見たよ」

「セルゲイ、俺も初めてだよ。たぶん、ここにいる全員がはじめてだ」

クラウドはなだめた。ルナとミシェルは、ぶっ倒れたままなかよくベッドでご就寝だ。

 

「よお! 昼メシ買って来たぜ! ――ドア開けっぱなしじゃねえか! 不用心だな!」

「ちょ……っ、外の、ノーチェ555じゃねえ!?」

「うっわあ――すっごい家だねえ――」

「こんにちは。お昼ご飯を買ってきたんですけど、みなさんもういただいてしまいました?」

バーガスにロビン、大きいおなかを抱えたレオナと、セシルの担当役員が、やってきた。

「ノーチェ! 555!」

L5系でセレブでなくとも、知っている人間がいたようだ。ロビンが大興奮で外の車を指さすのに、アズラエルはめんどうなヤツが来たと、顔をしかめた。

 

「今度はまた、宮殿みてーな家を選んだな。ええ? おい」

バーガスがあきれ顔で、空ほど高い吹き抜けの天井を見あげた。

「部屋はまだいくつか空いてる。おまえらも入るか」

「マジか!?」

「ほんとかい!?」

アズラエルの台詞にバーガスとレオナが絶叫し、まんざらでもない顔で顔を見合わせた。

「え、部屋あいてんの。じゃあ俺も――「おまえを入れると思ったら大間違いだ」

ロビンも便乗しようとしたところで、クラウドが、どんな手を使っても、ロビンの入居は阻止する、といった顔でロビンを睨んだ。ロビンが下唇を突き出し、臨戦態勢にはいったところで――ロビンのほうがやめた。

「そういや、あの車、だれの? 俺のネコちゃんと、うさちゃんはどうしたんだよ?」

「おまえの、じゃない。俺のだ!」

恋愛関係になると、とたんにおとなげなくなるL18の男性代表格であるクラウドも、例にもれず威嚇したが、説明はしてやった。

「とんでもない引っ越し祝いのおかげで、人事不省になってるよ」




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