「――あれ、ルナちゃんの車なのか!?」

ロビンが素っ頓狂な声を上げた。彼にしては5オクターブくらい高い裏声になった。

ルナとミシェルが、ララから贈られたノーチェ555という車と、名画のせいでぶっ倒れたままだとクラウドが説明すると、ロビンは吠えた。

「マジかよ――つか、――え!? ララにもらった!?」

ロビンは絶句し――どうしてルナとミシェルが、そこまでララに気に入られているのか、理解しがたい顔をした。理解しがたいのは、アズラエルもクラウドも一緒だ。おそらく、ルナたち本人も、そうだ。

しかもあれは、リリザ限定の特別仕様車らしく、ロゴまで入っていると知ったロビンは、ためいきを吐いた。

「ルナちゃん、今度アレ貸してくんねえかな〜。俺の女が乗りたがってたんだ。でも限定車で、いくらカネ積んでも買えるもんじゃないらしくてさ。お金持ちのオジサマに頼んだらしいんだが、ダメだったって」

「貸したが最後、もどってこないような気がするねえ」

レオナはロビンをにらんだが、ロビンはまったくお構いなしに、外の車を見に行った。

 

彼らは、来たのはいいが、ほとんど手伝いの必要もなかった。

家具はすっかり業者まかせで運び入れていたし、ロビンはノーチェ555を眺めるばかりでなにもしなかったし、レオナは臨月のおなかでせわしなく動こうとするので皆に止められ、かろうじてセシルの担当役員がキッチンの片づけを、バーガスが絵を大広間の壁にかけるのを手伝ったくらいだった。

 

けっきょく、お茶を濁しに来ただけのような彼らは、片づけがあらかた終わると、大広間に移動した。カザマがコーヒーを淹れ、カップについでいると、ルナとミシェルが起きて来た。額に冷えピタをはっていたが、元気そうだった。

「おひゃようごひゃいまひゅ」       

「おはよ……」

「ふたりとも、だいじょうぶかい?」

セシルが心配そうに額に手を当てたが、熱はなさそうだった。

「ひゃいひょうふれしゅ……」

「あ、コーヒー、おいしそ!」

ミシェルは、すぐさまコーヒーにありついた。

すっかりキッチンは片付けられていて、卒倒していたルナとミシェルは、役に立たなかったことを謝ったが、カザマが「それよりも、」と言った。

「ララ様にお礼の電話を」

ルナとミシェルは顔を見合わせ、「……直接行ってきます」と言った。ミシェルは額を指で押さえ、「場合によっては、一部を返却します……」と何とも言えない顔で言った。

「返却しまふゅ」

ルナも後を追うように言ったが、

「もう、大きな絵は飾っちゃったよ?」

セシルは言い、カザマも、

「ララ様が、返却をみとめるかしら……」

とむずかしい顔で言ったので、ルナとミシェルは「ははは……」と乾いた笑いをもらした。

 

「あんまり広すぎて、慣れるまで落ち着かないね」

ミシェルはソファがあるのに、じゅうたんの上に座った。冷えピタをぽいっとゴミ箱へ丸めて投げると、見事ゴミ箱に落下した。

「ゴミ箱までが、こんなに遠い」

「そうさ――こんな広い家なんだから、多少人数が増えたって困らない」

ロビンがそっとミシェルの隣に座って肩を抱いたのを、クラウドではなくミシェルがべっと弾いたが、これしきで懲りるものなら、ロビンという人間は存在しない。

 

「俺がここに住むっていうのを、クラウドが反対するんだ。なんとかいってくれよハニー」

「ハニーじゃないよ。いやだよあたしだって。あんたが来たら、派手な女の人もいっぱい来るんでしょ?」

「妬いてるのか」

「なんでそうなる? あたし共通語喋ってるはずだけど? なんで通じない?」

「そもそもだな」

ロビンはミシェルの肩を抱き、もう一回弾かれた。

「ここにはグレンとセルゲイだって住んでる! うさちゃん目当てにな――俺がひとりくらい増えたってかまわないだろ」

「俺は、グレンとセルゲイがいっしょに暮らすのを、認めてるわけじゃねえぞ」

アズラエルが凄んだのに、グレンとセルゲイはためいきひとつで肩をすくめただけだ。

 

「俺たちだって、ルールは守ってるぜ」

「そうだよ」

グレンとセルゲイは言った。

「ルナはかわいそうなことに、顎にカビが生えてる傭兵野郎を運命の相手と勘違いしてる――ルナが本当に愛する男がだれか気づくまで、俺は辛抱強く待ってるんだ。それまで俺は、ルナにおはようのキスをしたり、おやすみのキスをしたり、月曜のキスをしたり、祝日のキスをしたり、いつもかわいいが、格別に可愛い日はキスしたり、たまに抱き上げたり、肩を抱いたり――膝に乗せたりするくらいで、それ以上のことはしてねえ」

「それらも差し控えろ」

現恋人は怒った。

「なんだそのルールは! だれが決めた! 俺は知らねえぞ!」

「俺が決めた。おまえに文句は言わせねえ」

アズラエルがまだ何か言いつのろうとしたが、セルゲイが弾いた。

「膝に乗せるくらいいいじゃないか。アズラエルだって、ピエトもネイシャも膝に乗せるだろ」

「そういう問題じゃねえ!!」

セルゲイは、閻魔大王のごとき微笑で黙らせるかと思ったら、今日はそうでもなかった。

「いいかい? アズラエル」

セルゲイは幼子を諭すように言った。

「ルナちゃんをただのうさぎと考えてごらん」

「あァ?」

「君、以前言ってただろう。『最近俺は、うさぎを一匹飼ってると思うことで自分を納得させている』って」

ミシェルが吹いた。ルナはうさ耳をぴこぴこさせ、クラウドが「カオス」とつぶやく。

「グレンも私も、うさぎを愛でているだけなんだよ。膝に乗せてなでなでしたり、たまにキスしてみたり、」

「それでごまかしたつもりか!」

ライオンは吠えたが、肝心のうさこたんは、途中からまったく聞いていなかった。子ども二匹といっしょに、「冬になったらあったかいだろうねえ〜」と呑気な声で暖炉をのぞきこんでいた。「私のために争わないで」とまでいかなくても、せめて関心くらい欲しいものである。

「くそ……あのちびウサギめ」

ライオンはすっかり闘争意欲が失われたわけだが、ロビンにはクラウドが念を押した。

「とにかくおまえが住むことは、俺が許さない」

「そういうなよ。俺もルールは守るからさ」

「グレンみたいにおかしなルールをつくる気だろ」

まだまだクラウドとロビンの争いが続きそうだったが、レオナがそれを休憩させた。

 

「ねえ、ほんとに、あたしたちもここに住んでいいの」

レオナが神妙な顔つきで、アズラエルではなく、ほかの皆に聞いたが、

「わたしはかまわないよ」

「俺も」

「……まァ、部屋は空いてるしな」

とセルゲイ、クラウド、グレンも立て続けにうなずき、ミシェルも、ルナも冷えピタの頭を縦に振ったので、レオナの表情があかるくなった。

「嬉しいよ! あたし、あそこはちょっと寂しかったんだ。住んでる人は少ないし、ともだちはひとりだけだったし」

「じゃあ、産んだら、こっちに引っ越してくるぞ――いやァ、毎日が楽しくなりそうだな」

バーガスとレオナは、二階左側の、一番奥の部屋をもらうことにした。

「セシルも一緒か。あたし、心強いよ!」

レオナはセシルの手を取って飛び跳ねんばかりの勢いだった。おなかがだいぶ大きかったので、止められたが。

「俺もここに住みてえなあ〜……」

ミシェルの顔が毎日見れるし、ルナちゃんの手料理が食えるんだろ、とロビンがしつこくぼやくので、クラウドは、

「ミシェルを諦めたら、入れてあげるよ」

と妥協した。みんなは笑った。

 

 



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